探り合い Ⅰ
「エスピラ様を思い出すな」
奴隷が引き、五門全ての付き人も完全に下がった後でルカッチャーノが言う。
「いない時も誰もがエスピラ様を気に掛けていた。どのようなことを企図されているのか、どのようなことをお望みなのか。特に四足と呼ばれた方々の動きから何かが見えるのではと思っていた者が多かったのも知っている」
責められているのは分かっている。
(『いない時』ですか)
しかし、マシディリはルカッチャーノが『追放中』と言わなかったことの方が気になった。
「意図など明白でしょう。『全てはアレッシアのために』。ラドイストの反乱を早期に鎮め、プラントゥム再制圧の準備を進める。そのためにはアレッシアに帰り無駄なことに忙殺されるよりはカルド島で軍事に専念した方が良かった。
サジェッツァ様が望まれた形だと愚考いたしましたが、如何でしょうか」
五門会議最年少のヴィルフェットがマシディリの代わりに反論する。
棘が強すぎるのは、若さゆえか。あるいは、母であるカリヨの強さが入っているからか。
「エスピラの遺言は、全てをマシディリに、だ」
サジェッツァが一番にドライフルーツを茶に落とす。
声と同じく、淡々と、一定の調子で陶器の中に乾燥果実が消えていった。
次いでドライフルーツを受け取るのは、次に年長のジャンパオロ。少々周りを見渡してから、果実を手に取った。やや控えめな量だ。
「それが答えでよろしいですか?」
ヴィルフェットが問い詰める。
「濁すのは良くない」
しっかりと言い切るのは、ジャンパオロからドライフルーツの皿を受け取ったルカッチャーノ。
「マシディリ様に強大な権限が渡るのを嫌い、内政に干渉できるだけの権限を奪ったのが事実だ。それも、エスピラ様が用意されていた悉くを無視する形で、さも軍事命令権を与えるのが恩だとでも言うように、な。
だが、それがサジェッツァ様の意思だとは思えない。
エスピラ様とサジェッツァ様の仲だけではなく、マルテレス様も直接見て来たからこそ、私にはマルテレス様を使ってエスピラ様を暗殺しようとしたとは考えられないな」
ず、とルカッチャーノがドライフルーツを手に掴んだまま皿をマシディリに回してきた。
マシディリは皿を掴み、そのままヴィルフェットを見ずヴィルフェットに向ける。
「濁しているのはルカッチャーノ様であると愚考いたします。
素直に、最高神祇官選挙に出るつもりがあるのかどうかを聞けば良いではありませんか」
皿に力がかかる。
ヴィルフェットがドライフルーツを手に取ったようだ。
少し待ってから、マシディリは再び自身の手元に皿を置く。すぐには手を入れない。
「父上のおっしゃった『全て』の範囲に、公的な権限は含まれないと言うのが元老院の見方ですので」
マシディリは、特に誰を見るでもなく静かに告げた。
回りくどい、とルカッチャーノが言う。
「サジェッツァ様が気にしているのは周囲からの見え方の問題だ。当主就任早々、悪評がついて回ればエスピラ様も浮かばれまい。故に、常通りに軍事命令権に絞っただけのこと。常通りと雖も史上類を見ない強大な権限に相違ない。
永世元老院議員についても、三十二や三十三では前例が無さすぎる。エスピラ様でさえ最後の最後まで手に入れられなかった権限だ。
いや、むしろ権限としては最高神祇官の方が重要な役職。その最高神祇官も、エスピラ様の三十七ですら若すぎると強烈な反対意見もあったのは記憶に新しいはず。
三十三の年で手に入れようとすれば、世襲も含めてもっと大きな批判にも晒されよう。
アスピデアウス派による妨害工作を黙認するのは、サジェッツァ様の義父としての思いやりだと思いましたが、違いましたか?」
マシディリは、一つ、ドライフルーツを手に取った。
少し眺め、茶に入れる前に口に含む。
「和解を呑むのであれば最高神祇官選挙を応援するとは既に伝えてある」
サジェッツァが言う。
四人の追放裁判についてだ。
内、三人とは既に元老院議員としての権限のはく奪と財産の没収で決着している。最後の一人は、遂に息子と娘に関しても裁判を起こし、各方面に泣きつきながらも見放されかけているとは聞いていた。
マシディリがクイリッタに引き継いだのも大きいだろう。
長弟は、マフソレイオについてきている間も「練習」と称して義兄であるティベルディードに徹底的に追い込むようにと指示を出していたのだ。
「私を候補者として推薦するのであれば和解についても検討すると申しただけで、その後の話をされましても何の交渉にもなりません、とお伝えいたしました」
ルカッチャーノに静かに告げ、マシディリは再びドライフルーツを手に取った。今度は、一般的な量だ。それを一つずつ、小さな音のみで、茶に落としていく。
「タルキウスはマシディリ様を推薦する。是非とも出ていただきたい。
思ったよりも長い期間最高神祇官の地位が空白で、溜まっている祭事も多いと聞いている。行われている祭事についても、やはりエスピラ様の蓄えた知識を求めてウェラテヌスに意見を求める神官が多いともな。
ならば、そのままマシディリ様に担当してもらった方が円滑に進むと言うモノだ。アスピデアウスも賛成しているのなら、問題はあるまい」
(今日は随分と話しますね)
一粒ずつ、僅かに間隔を広げながらドライフルーツを落とす。
今日は、では無く、建国五門会議では、なのかも知れない。いや、それは無いか、とマシディリは判断しなおした。
この会議の主導者は、父の生前は父だったのだから。
「マシディリ様が乗り気にならない場合でも、建国五門で共通の候補を立てるつもりですか?」
ジャンパオロが、挨拶を除けば今日初めての発言をする。
目は、サジェッツァやルカッチャーノだけではなく、ヴィルフェットにも伺いを立てるように向けられた。
「この場だからこそ本音で言うが、トリンクイタ・ディアクロスでは都合が悪かろう?」
ルカッチャーノがはっきりと言い切る。
否定の言葉は、誰からも発せられなかった。
「行事の取り仕切り、運営には向いているからと応援している者達もいると聞いております」
ようやく発せられたジャンパオロの言葉も、ルカッチャーノに同意するモノ。
「ナレティクスも、一応はそのような祭事は得意とする家門ですし、祭儀の雛型を作ったのもナレティクスの父祖です。必要とあれば、私も、立候補を考えてはいます」
ただし、続いた言葉はルカッチャーノの想定を大きく超える言葉だっただろう。
サジェッツァも、ジャンパオロに対して目を長く止めている。まつげもいつもより上だ。
ルカッチャーノの右手が机の下なのも、サジェッツァの両手が下にあるままなのも、都合が悪い発言だからだろうか。
無論、マシディリは聞いている。
内密の話、と言われたが、念のためヴィルフェットにも耳打ちをしておいた。
「ジャンパオロ様もエスピラ様の弟子の一人。戦場では勇猛であり、ナレティクスの当主として古代の祭事にも通じているのであれば、今の様式の見直しにも最適な人材であるとも、僭越ながら評価させていただきました」
そして、マシディリは耳打ちをしておいて良かった、と心から思った。
ヴィルフェットの発言は、マシディリもといマシディリの支持者にとって望ましい形に持っていくにも、ジャンパオロからのヴィルフェット自身への評価にも大きな影響を与えるものである。
ニベヌレスとしても、ウェラテヌスの完全な言いなり、子分では無いと示すことのできる発言だ。
(さて)
ドライフルーツを落とし終え、残っている物にも手を入れる。少しだけ弾き、容れる物を選んで。選ぶふりでも良かったが、距離が距離のため本当に選ぶ。
少し、安い果実を。
新婚当初の父と母が、客人をもてなすのに出した時に主力であったと聞いている果実を。




