決死の短時間
会戦に踏み切っても良いと言う占いの結果が出たのは準備ができてほどなくしてからだった。
それから再度エスピラが演説を行い、サジェッツァが一言述べ、作戦行動に素早く移る。
まずはエスピラらが出陣。ハフモニの見張り部隊に対する囮となりつつ、見張り部隊への急襲を支援しながら一意マールバラの方へ。
エスピラが集団を見つけた時、どうやら既にアレッシアの軍団はハフモニの軍団に包囲されているようであった。死体も見えるが、アレッシアの軍団は窮屈そうにしている。外は崩れかけ、中はぐちゃぐちゃ。混乱しているように見えた。
(神よ)
エスピラは左手の革手袋に口づけを落としてから、剣を抜いた。
「アレッシアを包囲するためにはハフモニは前面を厚くしなければならない。つまり、今から我らが突撃する側面及び背面は非常に薄く、そして機を待つために精神もすり減らしていた部隊だ。マールバラの思い通りに行かなかった以上非常に脆い。臆するな。我らの敵ではない。父祖に、我らの勇猛なる姿を見せつけよ!」
そうして、まずは軽装歩兵に投槍を指示した。
こちらを認識した一部のハフモニ騎兵がやってくるも、降り注ぐ槍と軽装歩兵故の素早い動きで勢いが減じる。そこへ、アレッシア騎兵の突撃。
質で言えばアレッシア騎兵はハフモニの騎兵に大きく劣る。それは相手がフラシ騎兵で無くとも、プラントゥムの騎兵であっても同じこと。
現に、アレッシアの騎兵は襲われだした軽装歩兵を救出した次の瞬間には押され始めてしまっている。
「さあ、今こそアレッシアの血肉になる時だ!」
だが、それでも良かったのだ。
足を止めさえすれば。騎兵の一番の利点を潰すことが出来れば。アレッシアの重装歩兵が騎兵に突撃すると言う形を作ることが出来れば。
アレッシアの重装歩兵は最強だと、アレッシア人の誰もが信じているのだから。
足並みの乱れたハフモニ騎兵に鉄槌となってアレッシア重装歩兵が激突する。
補助としてつけられていたハフモニ重装歩兵を難なく踏みつぶし、騎兵の攻撃を盾で弾いて一気に道を切り開いた。
「間隔を維持しろ。間合いを保て!」
エスピラは怒号を飛ばしつつ、青いオーラの展開を指示する。
破壊の赤、治療の白は許さない。今は精神安定の青のみ。打ち消しかねない他のオーラの使用は禁止しているのだ。
そうして、槌を盾に変えた時、グエッラの軍団から一人、また一人と逃げ出すように慌てふためいてこちらに入ってきた。
エスピラはその存在を認識しつつも何も言わない。自軍団のみに持ち場を守るように指示し、決して防壁を崩さぬように激励する。
カルド島で金床として活躍した面子も居るのだ。その時に比べれば敵の質は良くても数は少ない。慣れない味方や恐慌状態に陥っているグエッラの軍団からの兵と言う不安要素もあるが、そこは青のオーラの面目躍如である。奥に行くにつれ、逃げるにつれ、徐々にオーラが効力を発揮し、その混乱を鎮め、脱走者を兵へと戻していくのだ。
エスピラは持っていた盾で騎兵の槍を押し返すと、後ろを見やった。
赤のオーラが打ちあがっている。一回、二回、三回。三回上がると時間が空いた。
「グライオ」
近くに居たグライオに自身の持ち場を任せつつ、再び空を確認。
間が空いて、再び三回赤のオーラが打ちあがった。
「持ち場を堅守しろ!」
エスピラが怒鳴った直後、近くの兵が崩れ落ちる。首から血。音は大きく。
エスピラは持っていた剣を穴から入ろうとした騎兵に投げつけた。剣は馬に刺さり、馬が騎兵を振り落とす。暴れ馬を緊急の穴埋めとした後、近くに居た兵が馬を殺して障害とし、別のアレッシア兵が落ちたハフモニ兵を殺した。
エスピラは倒れた兵に近づく。
息はある。が、長くはない。
「すまない」
エスピラは言うと、兵の腰から剣を抜き取り投げた剣の代わりとした。
そして、弾丸のように迫る一団を、アレッシア軍団の歩兵第二列を迎える。
「圧し潰せ!」
クヌートの咆哮と共に、アレッシアの新手がハフモニの騎兵を踏みつぶした。
開けていた隙間から、通路としていた場所から、防壁としていた兵たちの外側から。
整然と並んだアレッシア重装歩兵がハフモニ兵を蹂躙していく。
剣戟は一瞬。停滞は無く。
第二列の突撃からややもすると、ハフモニ側の笛が吹かれ始めた。
エスピラの耳にも多少の大きさの変化はあるものの常に聞こえている。それから、撤退。
「追撃に転じる必要は無い」
エスピラは声を張り上げて伝えつつ、伝令として比較的元気な者を走らせた。
波のように引いていくハフモニ兵を状況確認の兵を飛ばしながら見守る。
どうやら幾人か、血気にはやり屈辱に感じたグエッラの軍団の者が追撃して行ってしまったらしいことがエスピラの耳にも届いたが、今更助けに行っても遅いだろう。大丈夫ならば、彼らは多大な戦果を挙げるはずだ。
「ご無事でしたか。いえ、ご無事なのは分かっていたのですが」
鎧を血に染めた状態のシニストラがやってきた。
「そっちもな」
エスピラがシニストラの肩を叩く。
「隊は放っておいて良いのか?」
「ひとまずは上の者に怪我人がいないか確認してくると言ってありますので」
「そうか」
兵が一人やってきたので、エスピラはシニストラに右の掌を向けた。
そのまま兵の報告を聞き、どこに収容するか、どう扱うかを伝えてから送り出す。
それからシニストラに向けていた右手を下げた。
「お忙しいですか?」
「否定すれば嘘になるが、白のオーラ使いはもっと忙しくなるぞ。今は怪我の状況を見ながらの治療で制限しているが、それにしても数が多いからな」
もちろん、死者の数も。
「どうなりそうですか?」
「どうなるかな。グエッラ様の方は軍団長補佐が三名、筆頭だったアモレ様も含めて四名が亡くなったらしいからな。敗北と言う評価を免れることは出来ないだろうが」
高官たちの再編に足る人材はまだ幾らでもいる。元老院議員を引っ張って来て補給することもできる。軍団内にも経験者は居るのでどうにかなるだろう。これは、他の国ではあり得ないアレッシア特有の長所だ。
しかし、失った兵は帰ってこない。これはどこの国でも変わらず、特に国民皆兵であるアレッシアにとっては他のところにも影響が大きくなりやすい欠点だ。
それに、今回に限れば失った数が多すぎればグエッラ単独の軍団は解散に追い込まれるかもしれないのだ。
エスピラとしては、解散した後にまた一つの軍団として形成され、意思の統一が図れなくなるのはかなり痛いと思っている。
もちろん、兵を失ったこと自体も痛いと思ってもいるのだ。
「こんな短時間の戦闘で敗北とは。少し、受け入れがたいですね」
シニストラがグエッラの兵を見ながら言う。
一応感情を隠そうとはしているらしいが、少々いつもより眼光が強く見えた。
「言うな。有利な立場に居たのに軍団の主導権争いに負けたのは私の方だ。その私に勝ったグエッラ様を簡単にいなしたのがマールバラ。素直に認めるしかあるまいよ」
息を吐いて、エスピラは足を止めてこちらを見ていた兵に手招きをした。
やってきたのは報告である。三から四個大隊を率いている、軍団長補佐以上の高官からの被害報告。サジェッツァの下にも行き、パラティゾが紙にまとめているが副官であるエスピラにも素早く連絡を、と言う事であろう。
とりまとめ、計算し、分析する。
理解できたことはサジェッツァの軍団の死者は二十人程度であると言うこと。一方でグエッラの軍団は千を超えている恐れがある。そして、ハフモニは多く見積もっても三百にも届かない。馬こそ三桁を超える数が生死問わず置いて行かれているものの、被害が大きくなる前に逃げられてしまっていると言うことだ。
「シニストラ。どう思う?」
エスピラは結論が出てはいるがアレッシアのこれからを担っていく若い軍団長補佐に投げかけた。
その期待の若手は、一瞬だけ肩を強張らせる。
「あー、会戦派も大人しくせざるを得なくなった、とか、ですか?」
「何故そう思った?」
「大敗と言っても差支えが無い内容だと思いましたので」
「そうだな」
言って、エスピラは周囲を見回した。
人の並みから、誰か高官、ほぼ間違いなくサジェッツァが近づいてきていることが読み取れる。
「付け加えるなら、置いていかれた馬や馬の死体が多く転がっていることも理由になる。ハフモニ軍は形としてはグエッラ様の軍団を騎兵などを用いて背後から包囲したからな。その奇襲のような兵が多く死んでいると言う証拠は、即ちハフモニに打撃を与えたのは長く戦っていたグエッラ様ではなくサジェッツァだ、と言うことになる」
「それは、エスピラ様の成果にもなるのではありませんか?」
「なるだろうが、作戦を立案し、主導したのはサジェッツァだ。私は従っただけに過ぎない」
シニストラがエスピラの後ろに移動した。サジェッツァの存在をシニストラも認めたのだろう。同時に、サジェッツァがパラティゾやシニストラに近い歳であろう青年を連れていることも分かった。
シニストラとパラティゾらがほぼ同じタイミングで頭を下げ、それからエスピラもサジェッツァに頭を下げる。
「やはり、マールバラは大王以上かも知れないな」
顔を上げたエスピラに、サジェッツァが開口一番そう言った。




