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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十四章
1398/1590

姉上ですから

 到着日に開かれたのは、歓迎の式典だ。

 国家の代表では無い。だが、国家の代表のような歓迎を受け、マシディリとクイリッタは両陛下の近くに座る。


 そこでの話の多くは、イェステスによる思い出話だった。


 本当にイェステスがエスピラを慕っていたと分かる語りようであり、マシディリも知らなかった父が多く存在する。クイリッタは先を急がせるような仕草を何度かしたが、マシディリはそれらをひとまず脇に置き、イェステスと楽しく話し続けた。


 無論、式典やその後の宴会の途中で態度を崩したのはクイリッタだけでは無い。いや、クイリッタは崩さなかった方だろう。


 マフソレイオの宮廷人の中から、途中で帰る者も居たのだ。むしろ帰らなかったのは一般民衆。彼らは最後まで宴を楽しみ、イェステスも彼らに対して親しく振舞っている。


「イェステス陛下は、随分と民衆に慕われていますね、『姉上』」


 クイリッタが眉を顰めたのを視界に入れつつ、あえて呼ぶ。

 ズィミナソフィアは口元を緩めた笑み。まさに上手な笑顔だ。


「ええ。何よりの取柄ですから」

「国王陛下は、在位三十二年ですか」

「そうね」

「女王陛下はもうじき二十九年」

「あら。呼び方はそちらで良いの?」

「姉上とお呼びしても?」


 言葉による返事は無い。あるのは、眉を上げる動作だけ。


 随分と長い治世だ。そして、ズィミナソフィア四世の治世は、父の出世の時期とほぼ重なってくる。対外的な活動としては、最初はズィミナソフィア四世が力を貸す形で。その後は、アレッシアもとい父の威光をズィミナソフィア四世が使うことも増えて。


 そして、マシディリを品定めしているのはズィミナソフィアだけでは無い。


 イェステスも、エスピラと比べてくるはずだ。マシディリから見た父は卑怯な手ももちろん使うが、イェステスにとって兄同然と言うことは信頼されていたことに違いは無い。


 下手な駆け引きは、イェステスが抱いてくれたウェラテヌスへの信頼を落としかねない行為になる。かと言って、簡単に望みを出し、譲歩できる範囲を示せばズィミナソフィア四世はそれ以上を望みかねないのだ。


(難しい)


 そう思いながら、二日目。

 マシディリは、廷臣に配る予定で持って来ていた物を、一部、有力な商人に見せびらかした。


 売りはしない。半ば、暇つぶしと思えるように、両陛下に対してお出しする順番をどうすれば良いか迷っていると匂わせて会話を重ねたのである。


 そして、持ってきた珍品は主にフラシ南方やハフモニの物。

 いわば、耳ざとい商人であれば情報は得ているが、マフソレイオ内では絶対数の少ない物と第二次ハフモニ戦争以降流入量が減った物達だ。


「両陛下には幼い時より良くしていただいておりますから」

 他の誰でも無く、両陛下に対しての好印象を抱いていることも下々に印象付けて。


 そうして、会談までの時間を使い切ると、マシディリは近衛兵の出迎えを受けてマフソレイオの宮廷に参内した。


(長い会談になりますね)


 マフソレイオとの会談が一日で終わったことは、ほとんど無い。


 その中でも早めに終わったのは、ズィミナソフィア三世の治世下ではタイリーが出た時でありエスピラが行った時であり、ズィミナソフィア四世に変わってからはエスピラ以外との交渉はほぼ受け付けていなかった。


 では、今回はどうなるのか。

 少なくとも、一日二日で終わらせてはくれないと見た方が良いはずである。


「お忙しい中、お時間を作っていただきありがとうございます」


 まずは、慇懃な声音で礼を。

 明るい表情と共に動作で応えてくれたのは、当然イェステスだ。


「いえいえ。私も、一刻でも早くお会いしたかったですから」

 それどころか、椅子を立ちわざわざ出迎えてくれている。


「旅の疲れは、取れましたか?」

「昨日の素晴らしい歓迎で、既に吹き飛んでしまいました」


 イェステスが、目を左右に動かした。


「マフソレイオの食事が口に合わなかったり、しましたか?」

「何故ですか?」

「昨日、あまり食べておられない様子でしたので」


 笑み、一つ。

 素早く貼り付ける。


「精神の疲れは吹き飛びましたが、体の疲れは寝ないと取れないとも言いますから」

「昨日は、ゆっくり?」

「ええ」


 良かった、とイェステスが胸をなでおろす。


「少し、思ってしまったのです。兄上が訪れた際も、余は放置していたのか、と」

「状況によっては、お待ちいただいていたでしょう?」

「気分が違うのです」


 ズィミナソフィア四世に苦笑を返しつつ、イェステスが「さあ」とマシディリの手を取って椅子まで導いてくれた。クイリッタは、一人で椅子まで行って座っている。


「思えば兄上は」

 そこから、再びの思い出話。


 今回は特に最後について、あれで別れとなって良かったのかと言う後悔の念をたくさん聞くことになる。

 昨日のは、酔っていて言葉が進んでいた訳ではなさそうだ。


(誠実にあらねば、ですね)

 この王の名誉を守り切るのも、マシディリにとって大事なことだ。


「クイリッタ様が放置されてばかりよ」

「ああっ。申し訳ございません」

「お気になさらず」


 笑顔の多い会話だが、本当の表情をしているのはイェステスだけ。

 三人を見ているマシディリには、そうとしか思えない。


「大きな不幸がありましたので中々言う機会がありませんでしたが、クイリッタ様も事実上のカッサリアの当主に就任したそうで。心より、祝いの気持ちをお伝えしたいと思っております」


 ズィミナソフィア四世が袖から取り出したのは、小さな箱。


 指の先まで洗練された動きで机の上に置かれ、すす、と姿を見せながらクイリッタの前までやってくる。手の離れ方も、艶やかさそのものだ。いわば、大人の色気である。日常の動作一つで骨抜きに出来てしまいそうな、傾国の動きだ。


 ただし、誰でもその動作が似合うかと言えば疑問が浮かび、例えばべルティーナには似合わないだろう。むしろユリアンナの方が使いこなせそうだ。


「上質な乳香です。どのような女性でも喜ぶこと請け合いですよ」


 どなたにお渡しするのかは分かりませんが。

 言ってもいないそんな言葉が、聞こえてきたような気がした。


「あいにく、女性からの贈り物を他の女性に贈るような無粋なことは致しませんので、ご期待には沿えないかと思います」


 クイリッタが慇懃に言う。

 ズィミナソフィア四世が口元に手を当て、上品に笑った。

 マシディリは、困ったような笑みをイェステスに向ける。イェステスが浮つきかけた腰を落ち着かせた。


「あら。そう。女性としてではなく、マフソレイオの為政者として送ったつもりなのだけど、お気に召さなかったかしら?」


「であれば、お返しいたします。

『全てをマシディリに』

 その遺言を、知らぬ陛下では無いでしょう。マフソレイオとして接するのであれば、全てはまず兄上を優先していただかないと困ります」


「そうね」

 ちりん、と鈴が鳴る。

 ズィミナソフィア四世が三本の指先でつまんで揺らした音色だ。


 すぐにやってきたのは、黄金の首輪と腕輪をした女中。手に持っているのは、先ほどより一回り大きな箱だ。


「こちらは、マシディリ様に。奥方の好みと会うかは分かりませんが、あの方なら私と会う前に焚いてからくるでしょうね」


 そして、使用人がマシディリの前に箱を置いた。

 開けたのは、ズィミナソフィア。入っていたのは言葉通り乳香。それも、クイリッタに贈った物よりも量が多い。


「お気遣い感謝いたします。それから、少量で良いので購入してもよろしいでしょうか?

 ソルディアンナは化粧や香にあまり興味を示さないのですが、ユリアンナが八つの時は既に父上に強請っていましたので、念のために用意してあげたいのです」


 ソルディアンナは、香木よりも土と太陽の匂いが好きな娘だ。

 恐らく、べルティーナの影響だろう。ミミズをわしづかみしなくなったことに成長を感じるのは、少し、複雑な気持であったが。


「あら。それで良いのなら、こちらからお贈りさせていただきます。兄上も、ラエテル様とリクレス様に対して何か用意されては?」


 言われたイェステスが、少し身を乗り出してくる。口の行き先はマシディリの耳元だ。


「マシディリ様のご子息が何がお好みか、後で教えてください」

 必ず用意して見せます、とイェステスが力強く朗らかに笑う。


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