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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十四章
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新たな義弟

 執政官選挙の結果、貴族平民共にアスピデアウス派の者が当選した。


 仕方の無い結果である。ウェラテヌス派は、エスピラの死によって統一候補を上手く立てられなかったのだ。オピーマ派は、中核の離脱も相まり、もっと悲惨である。むしろ『三派』の体制は崩壊したと言って良い。


 そう考えれば、『賢人徴募策』によってウェラテヌスの庇護を受けた護民官を増やせても、マルテレスに心を寄せる民会の者がいる限り、引き分けでは無くウェラテヌスの負けかも知れないのだ。


 一方で、元老院を握ったはずのアスピデアウス派にもどうにもならないことはある。

 マシディリの軍事命令権だ。

 むしろ、これを守るために力を発揮していたがためにウェラテヌス派が選挙に負けたのもあり得る。だが、父が受けた東西に及ぶ広大な、それこそ全ての軍事行動を受け持つとも言える軍事命令権をマシディリが持ち、執政官ですらマシディリの許可が必要なのはアスピデアウスに対する首輪だろう。


 無論、アスピデアウスも無策では無い。対抗策として、マシディリを前執政官に任命しつつ職務範囲を軍事に絞ってきたのだ。


 他の権限は、執政官が決定を下す、と。



 では、軍事の範囲はどこまでか。


 その明文化に伴い、クイリッタが来季の執政官を言い負かしたが、どこまで効果があるものか。


 確実なのは、アスピデアウスからの『譲歩』を無視し、マシディリは裁判に関して新たな情報を開示したこと。そして、マフソレイオへの直接外交を始めとする各国への『ご挨拶』を開始したことだ。


 前段階として、カルド島、ディファ・マルティーマ、プラントゥムの付け根にある三角植民都市群へと足を運んでもいる。道中軍団にも顔を出した。ディファ・マルティーマでは東方諸部族の中から来ることが出来る者、あるいは代表団を選抜してもらい会談にも及んでいる。


 ある意味での線引き。

 此処までが内側、との意。


 それから、多くの旅立ちも始まる。無論、マシディリとクイリッタによるマフソレイオ訪問がその第一波だ。


 が、その前に。

 マシディリは、処女神の神殿にクーシフォスとその母ティティアを呼びよせた。


 議題は、当然。


「フィチリタ様との婚姻、です、か」


「不服ですか?」

「とんでもないことにございますっ」


 口角を持ち上げて聞けば、クーシフォスが勢い良く打ち消した。

 横ではティティアがこだわらずに頭を下げている。


「アレッシアの支配領域は広大な範囲になりました。今や、海上を上手く利用しなければ治めることは困難でしょう。同時に、これまで手に入ることの無かった遠方の名品珍品を入手しやすくなったことにもなります。


 ならば必然的に中心になってくるのは、海運。

 しかしながら、蓄財に直結する海運は元老院としては忌み嫌うところ。私腹を肥やすだけの連中の台頭も避けねばなりません。


 何を期待しての婚姻かは、もうお分かりですね。

 同時に、クーシフォス様がウェラテヌス内部でどのような立場になるかも」


「手が、震えて参ります」

 クーシフォスも頭を下げて来た。握られた手は、確かに比喩では無く小刻みに動いている。


「クーシフォスは私の戦友であり、幼い頃より年上の人として接してきました。

 しかし、フィチリタとの婚姻後は義弟として扱います。耐えられますか?」


「ドーリスの王族と同じ扱いとは、畏れ多いことにございますれば」


 チアーラの夫であるモニコースも、マシディリより年上だが義弟だ。


「ティティア様は、如何でしょうか」


 視線を、実質的にオピーマの権限を半分持っているティティアに向ける。

 夫の死後も精力的に動いている彼女は、オピーマで最も公的な場に姿を現していると言っても過言では無い。その中でのこれまでとの大きな違いは、化粧か。全くしていない訳では無いが、かなり薄くなっている。


 喪に服している証か、する間も無いほど忙しいのか、化粧にかかる財すら抑えたいのか。あるいは、他の理由か。全てか。


「ウェラテヌス派の女性が勇息の嫁になればとは思っておりましたが、フィチリタ様とは望外の喜びであり、適切な言葉を見失ってしまっております」


 慇懃に、頭を下げた状態でティティアが言った。

 マシディリは、上位者の態度そのもので目を細める。


「ウェラテヌス派の女性、に違いはありませんからね」


 言葉も軽く。

 ティティアは、は、とまず重く受け止めて。


「フィチリタ様は太陽のような明るさを持つ方であり、兄弟に慕われている方と聞いております。新しい私の子供達にとっても、理想の義姉になること間違いなしでしょう。

 また、ウェラテヌスの血を引く方々は慎ましやかな身体をお持ちの方ばかりですが、メルア様は多くの子を産んだ方。後継ぎも問題無いと考えております」


「必ずウェラテヌスの血を引く者を後継者にしなければならない訳ではありませんよ?」


「血筋も立派な能力にございます。一定以上の力があれば、必ずや。そして、エスピラ様とマシディリ様、弟妹の方々を見ていれば能力があるのは明白。あとは、私共が提供する環境であれば、必ず、フィチリタ様の子をオピーマの後継者に据えるとお約束いたします」


「それが、フィチリタへの圧にならないのであれば」


 今日一番声を低くした。

 顔から表情も排し、はっきりと告げるが唇の動きは最低限に抑える。


 正直なところ、後継ぎはオピーマで最も優秀な者が継げば良いとマシディリは思っているのだ。その判断基準に血筋を加えるのならそれでも良い。


 ただし、子を求められての圧は、マシディリも経験しているつもりだ。


 アレッシア最強の父親二人が守っても感じてしまうのだから、いないのであればどうなるか。夫ですらそうなら、産む側である妻はどれほどの圧を感じてしまっていたのか。


 ならばせめて、兄である自分が守らねばと言う思いもある。


「そう言えば、これらを持参金として用意いたしました」


 レグラーレから粘土板を受け取り、机の上に乗せ、押して二人の前に出す。


 失礼いたします、と言って、クーシフォスが粘土板の向きをひっくり返した。そのまま、母と二人、目が動く。


 マシディリは、茶に口を付けた。

 最近は茶を飲んでばかりである。その中でも、神殿の茶は一番口当たりがなめらかだ。香りも少し強い。口当たりも相まって、口内に残り続ける風味がある。


(高い茶ですね)


 裏にあるのは、献金だろう。

 最高神祇官候補者たちの戦いはもう始まっている。でも、勝ち目は十分にあるのだ。


「これは……っ」


 クーシフォスの震えた声が聞こえた。

 隣にいるティティアも目を大きくしている。


「オピーマがアレッシアに変換したモノの内、取り返せる分だけを取り返しました。それから、これらとは別に父上がフィチリタの結婚のために用意していた財もあります」


 懐からパピルス紙を取り出す。

 相対する二人の瞬きは、ほとんど無い。


「動く財の量で言えば、比較対象になるのは私とべルティーナの婚姻ぐらい。それほどの規模の婚姻になります。


 尤も、オピーマとの婚姻だから示したのは先の粘土板のみ。


 こちらは、父上がフィチリタのために残したモノ。

 あまり気負わず、臨んでくださればと思います」


 クーシフォスはおろか、ティティアも開いた口がふさがっていない。

 その様子を見ながら、マシディリは深く腰掛けた状態を維持し続けた。



「父上はフィチリタの晴れ姿を見たいと望んでいました。ですので、攻めて弟妹達も全員参加させたいと願っています。


 挙行は秋。春の大攻勢が終わった後。その頃ならユリアンナもカナロイアを離れられるようになりますし、父上が依頼していたフィチリタのための衣服も装飾も全て揃います。


 それで、よろしいですね」


「はっ」

「ありがとうございます」


 二人がより深く頭を下げる。

 にこりと笑いながら、マシディリは尻の位置を前にした。


 逆効果になる者も居る。でも、クーシフォスには必要な、士気の上がる言葉のはずだと信じて。


「軍団での扱いは変わりません。クーシフォス。私は、貴方の覚悟と兵に覚悟を決めさせる能力を高く買っています。

 騎兵は、アグニッシモとウルティムスに加え、カウヴァッロも競争に加わりました。どうか、貴方の力で以て今以上の信頼を勝ち取らんことを」


 無論、ティティアにも聞かせる言葉だ。


「はっ!

 大乱を巻き起こした首謀者の子であり、浅学非才のこの身なれど、マシディリ様の義弟であると胸を張って言えるよう精進いたします!」


「私の大事な妹の夫です」

 とん、と指を机に置き、立ち上がる。


「詳しい話は、チアーラとフィチリタも把握しています。私は、これからマフソレイオに向かわねばなりませんので、すぐに詰めたい話があればいつでもウェラテヌス邸にお越しください」

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