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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十四章
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派利派略利 Ⅱ

「知りたくないと言えば嘘になるよ」


 パラティゾが人差し指で力なく頬をかいた。

 べルティーナは何も言わない。力強い視線で、実兄を見続けている。


「オピーマ側は探りに来ていますよ」


 マシディリは、妻の視線を遮ることなく言った。

 何事も無いかのように茶をすすり、勝手に一息つく。


「コウルスが当主になることへの忌避感をどの程度抱いているかなども探りに来ていますが、ウェラテヌス派から嫁を取りたいとも言ってきています」


「言って良いのですか?」

 フォンスが口元を抑える。

 少なくとも、フォンスは全く知らなかったのだろう。そうと分かる目の大きさと声質だ。


「構いませんよ。特にチアーラはコウルスが当主になることに大反対していますから。その内、知れ渡ることになると思っています」


 オピーマの当主になる、とは、元老院議員が嫌悪している海運に携わると言うことだ。その上、大規模反乱を起こした者の尻拭いをすることにもなる。スィーパスの今後によっては風当たりも強くなり続ける貧乏くじだ。


 しかも、チアーラが嫌う、『コウルスが政争の道具として巻き込まれる』展開になることが容易に想像ついてしまうのである。

 尤も、チアーラの手元から離れる時間が長くなるのが一番嫌なのかもしれないが。


「そうなると、新たな奥さんとの子の誰かがオピーマの後継者と言うことですか?」

「に、するのかもしれませんね」


 親族の誰かからと言う可能性も十分にあり得る。


「誰にしても、批判が大きくなりそうですね」

 パラティゾが疲れたように口角を持ち上げる。


「アスピデアウスほどではありませんよ、と言うと、他人事が過ぎますかね」


 決して嫌味のつもりでは無いのですが、とマシディリは疲れた笑みに込めた。

 パラティゾにもフォンスにも責めるような色は無い。


「エスピラ様が亡くなって、誰が一番得をしたのかと言えば父上だからね。推察されてしまうだけの証拠もあるし、最高神祇官に出ようとしていると言う噂もあれば、実際に推してくる人もいるのが本当に逆風だよ。

 その最高神祇官に父上では無くて私を擁立しようと言う動きもあって、ひとまず、経験不足を理由に断らせてもらったけれど」


 パラティゾが口元を引き締めた。

 姿勢も正し、体もマシディリへとしっかり向けてくる。マシディリも、腰を押すようにして背筋を伸ばした。


「選挙日程は来年の頭、新しい執政官の仕事となったけど、どうする?

 トリンクイタ様は出馬されるみたいだけど、アスピデアウスからは私が出た方が都合が良い? それとも、父上や、他の誰か適当な候補でも問題無い感じかな?」


 雰囲気は、少し戻す。

 やわらかいモノに。中庭に面した静かなこの場所に似合うような、朗らかな空気を意識して。


「父上は、望まずとも最高神祇官になりました。全ては神がお導きになられること。私は、ただ待つだけですよ」


 ゆるゆると、マシディリは言って、お茶に口をつけた。

 何も嘘は言っていない。それに、伝わる人には十分に伝わるはずだ。


「先に、外遊かな」

 陶器を下ろさず、唇に存在を感じながら呟く。


 ユリアンナの出産もあるのだ。カナロイアに人も物資も送る予定ではある。ドーリスもモニコースについての報告も欲しているはずだ。葬式の参列についてはマフソレイオも求めているも同義であるし、父が受領していた軍事高官の地位についても話さねばならない。

 メガロバシラスとの軍事に於いては、直接見た方が良いだろう。


「東方諸部族にも、もう一度直接会っておきたいけど、今は厳しいかな?」


「パラティゾ様には、出来れば引き続きアレッシアに残っていて欲しい気持ちはあります。来春は大攻勢になりますので、少しでも後方の不安は減らしておきたいですし、状況によってはクイリッタも今回は残すかもしれません」


 さらに言えば、スペランツァまで。


 引き連れるのは大軍だ。現地だけで養うには厳しいモノがある。

 荒らすだけならまだ何とかなる可能性もあるが、その後の統治まで考えるなら豊富な穀倉地帯からの輸送が欲しいのだ。食糧だけでは無い。鉄も木も布も大量に必要になってくる。


「準備は今のところ順調だけど」

 パラティゾの語尾が沈む。

 マシディリは、まず首肯した。


「ええ。それに、選挙で浪費した財をどこから賄おうとするかもわかったものではありませんから」


 執政官は金儲けをしてはいけない。

 それが決まりだ。アレッシアの舵取りをしようとする者が、自身の懐を蓄えることに走ってはいけないのである。


 でも、第二次フラシ戦争中、私腹を肥やした元老院議員がいた。今もいる。


 パラティゾが唇を巻き込み、小さく頷くと戻した。直後、子供の泣き声が聞こえてくる。


「失礼しますね」

 フォンスが言って、立ち上がる。


 乳母はいるが、子供の泣き声を聞いて放って置けるわけではない。パラティゾとべルティーナの視線があったようだ。少しして、パラティゾも「申し訳ありません」と言って、奥へと消えていった。


 見送った後で疲れのままに、ごろん、と転がる。

 頭に伝わるやわらかさが心地好い。


(どうしましょうかね)


 目を閉じ、息を吐く。


 静かだ。いや、パラティゾの子供達の声は聞こえているのだが、街のにぎやかさからも少しだけ離れた場所である。庭も、派手では無く落ち着いたモノであり、冬の静けさが庭の特徴をさらに引き立たせていた。岩と石による彩は無味な物であるはずだが、美しさと目の楽しさを誇る色がある。それは、目を閉じていてもありありと思い浮かべられるほど印象的なモノなのだ。


 ぽん、と頭の上にべルティーナの手が乗っかってきた。

 あやすように、何度か頭を撫でられる。家でこうしていると、子供達の誰かがマシディリの前にやってくるのだが、今日はいない。故に、マシディリが一方的に享受し続ける形になる。


「マシディリさんは、何がしたいの?」


 静かながらも芯のある声。

 マシディリは、目を開いた。体勢は変えない。


「最高神祇官になりたいのなら、エリポスに行けば良いわ。でも、長くアレッシアの朋友であり、アレッシアの食糧を握っているのはマフソレイオ。アレッシアのためを思うのなら、悩むことなく最初の外遊先はマフソレイオになるはずではなくて?」


「マフソレイオか」


 小さく呟く。視線は庭に。


 過去に何度かこの体勢で愛妻の表情を覗おうとしたことがあったが、常に背筋を正している愛妻の顔は双丘に阻まれあまり見えないのだ。


「オピーマとの婚姻についても、マシディリさんのことですから。フィチリタさんを思って二の足を踏んでいるのでしょう?


 でも、言葉は返ってくるものよ。あなた、『フィチリタさんではウェラテヌスとオピーマの仲を取り持てないと言っているようなモノだ』と言われて反論できる? フィチリタさんだけでは無くて、セアデラさんに対しても一人では立ち直れないと言っているようなものよ。


 はっきりなさい。

 家に残しておきたいのか、嫁いで欲しいのか。

 時間をかけて良いことは無いわ」


 外遊先に関しても、同じことを言っているのだろう。

 時間もそうだが、これまでのマフソレイオの恩とどれだけそれに応えられたのかを考えても。


「連れて行きたいなあ」

 妻の膝に左手を置く。


「ユリアンナさんとの約束が先よ」

「ですね。ユリアンナを頼みます」


 それから、と考える。

 どこに、誰を送るか。


「あくまでもウェラテヌスとしての挨拶です。今は、均一に送るだけでよろしいのでは? ただ、メガロバシラスはやや正式な訴えですから、幾人か、集団として派遣してもよろしいかも知れませんね」


「ラエテルとセアデラを送ると、怒るかい?」

「私が? 心外ね。良い経験だとは思うけど」


「じゃあ、ドーリスとジャンドゥールには二人を派遣して、すぐに帰ってきてもらおう。

 メガロバシラスには、アビィティロとアグニッシモを送るよ」


 アレッシアにいるアビィティロが外に出ると言うことは、最高神祇官選挙に対してマシディリが消極的であると見せるにも良いかもしれない。


「リリアントとの婚姻は良いの?」

「アビィティロがいなくて困るのは向こうだよ。私は、相婿が認められるまで攻撃を止めるつもりは無いからね」


 愛妻からのため息が一つ。


「私のためかしら?」


 呆れたような声も降って来た。


「そう言ったら、怒るかい?」

「マシディリさんは、私が放したくないだけだよ、と返してくるのでしょう?」

「良くお分かりで」

「あなたの妻だもの」


 昔は「子供達の前ではいちゃつかない」と言っていたのにね、とマシディリがこぼす。

 きゅ、と耳にべルティーナの手が置かれた。その上に、べルティーナの手が下ろされたのだろう。少し大きな音が鳴る。


「相変わらず仲良しね」


 そんな義姉の声がやってくれば、べルティーナが顔を赤くしながらもやけに平静を装った声で「ええ」と返していた。


「アレッシアで一番聡明で、勇気に溢れていて、私を愛している夫ですもの」

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