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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十四章
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派利派略

「相婿かぁ」

 少し語尾を伸ばし、楽な格好に着替えたパラティゾがマシディリの隣に腰を下ろした。


 先程まで、法廷で争っていた仲である。マシディリは告発する側として。パラティゾは弁護人として。


 次善の策だ。

 マシディリは強硬姿勢を崩さず、罪状を積み上げる。

 対して、被告人のためにパラティゾが弁護に入るのだ。


 二人でやり取りを続け、遂にはマシディリが「罰は重すぎたかもしれない」として元老院議員としての失職と罰金まで罪を下げる。そこで満足せず、パラティゾが復帰の道を模索して、マシディリが復帰を閉ざすモノではないとの文言を認めるのだ。


 ただし、減らした四つの議席は、消えてなくなる。代わりに誰かが座ることは無い。

 即ち、オピーマ派が座っていた椅子に座ろうとしている者をどかすのか、それとも元々議員だった四人が蹴落とされて別の者が椅子に座るのか。判断は、サジェッツァら後ろ盾の面々が下す。誰を、取るのかを。そして、マシディリはあくまでもオピーマ派の席にはオピーマ派の者が座るのが筋では無いかと提言を続けた。


 無論、実力は大事だからこそ、第三軍団の六人の推挙もしながら。


 今日の被告人がこの条件を呑むかは五分五分。まだ戦うかも知れない。

 だが、他の三人はきっと、この条件を呑むだろう。

 それだけの醜態を白日の下に晒されたのだ。


 今日の被告人は、罰を受ける方がまだ良いと考えるのも普通であるほどの情報が民衆に知れ渡ったのである。同じ目に合うぐらいなら、売国奴と一部から思われながら辞職し、さっさと罰金を支払った方が名誉を守れてしまうことが証明されてしまったのだ。


「グライオ様にも嫁がせられず、アビィティロ様もウェラテヌスの娘を嫁にはもらえなかった。でも、アビィティロ様はアスピデアウスを介してマシディリ様と繋がることができる。アスピデアウスも、今後何があっても完全に蔑ろにされることは無い。

 何より、べルティーナがマシディリ様に嫁いでいる意味が増えることになる、か。

 愛されているね、べルティーナ」


「兄上」

 正座をし、背筋を伸ばしたままのべルティーナは、体勢そのものの音色。

 パラティゾの隣に座ったフォンスが、やわらかく笑った。


「大丈夫ですよ、マシディリ様。あれほど愛されるのは、女冥利に尽きると言うものですから」

「処女神の巫女であったフォンス様に言われると心強いですね」


 重婚が認められているのは、処女神の巫女の務めを果たした者の特権。

 即ち、恋愛の延長線上で生きていくことが認められている唯一の貴族出身者でもあるのだ。


「だからって。もう。私が今日一日、どれだけ恥ずかしかったか」

 べルティーナが頬を膨らませながら斜め上を向く。頬は赤みがかっているが、言えばすぐに噛みつかれてしまうだろう。


 故に、きっと今日だけではすみませんよ、とは、三人とも思っただろうが誰も口にはしなかった。

 ただ視線を交わすだけ


『べルティーナ・アスピデアウス・ウェテリからウェテリの尊称が外れることは無い』


 それが、マシディリとサジェッツァの会談におけるほぼ唯一の成果だとは、既にアレッシア中が知っているようなモノなのだ。


「今日の裁判でマシディリ様がエスピラ様の方針を継ぐのは再度明確に出来たからね。でも、エスピラ様よりも三派の融和に心を砕いているのも見てとれたと思うし、優先順位も分かってくれたと思うよ」


「ええ。べルティーナさんへの愛の告白も、その一環だと言う風説に収まるのではないでしょうか」


 義兄夫妻が口々に助け舟を出してくれる。

 それでも赤ら顔で愛妻に睨まれたのは、愛妻も婦人方の話題に上るのが今日だけでは無いと分かっているからだ。


 でしたら、とフォンスが両手を合わせる。


「べルティーナさんも言ってしまうのは如何でしょうか。

 私の夫はアレッシアで一番聡明で、勇気に溢れていて、私を愛してくださると」


 良い考えでしょう、と顔を輝かせているのは非常に魅力的だが、どこか違う。


 ただ、完全なる善意からの提案だ。故に、べルティーナも返答に窮したまま笑みで固まっている。


「実際、スィーパスはどういう国を作るかを言えていないように思えるよ。集まってきた人たちを迎え入れているだけ。賊と、私達からすれば罪人を。


 対してマシディリ様はエスピラ様の跡を継ぐとエスピラ様の路線を行くのだと行動で示しつつ、世代交代を進める方針も明示して行き先を定めている。仇討ちを即座に決断する果断さも、自身の利益だけを求めない施しも、敵対者に対する寛容性も一線を越えた際の苛烈さも打ち出したと言えるし。


 うん。べルティーナが言っても皆納得してくれるよ」


「うーん。でも、べルティーナさんは人を褒める時に他人を下げるような方ではありませんよ?」

「そうだね。ごめん」


 義兄夫妻のやり取りでそれとなく話が流れ、口は自然と進み始める。


 他愛のない雑談だ。何のことは無い。


 ただ、パラティゾの別邸に居る時のフォンスは、良く笑う。物が少ないからこそ広く見える家は、ともすれば寂しさにも変わりかねないが、今はおだやかな静けさにも思えた。家族をあたたかく見守る家である。そこには、フォンスの笑い声が響き、子供達の声が駆け回るのだろう。


「後継者と言えば、ティティア様がクーシフォス様の前妻との子をすべて廃嫡にしたそうですね」


 ティティアは、マルテレスの妻だ。

 クーシフォスの帰還後、本人の申し出で改名を行っている。


「まあ、その前妻が今はスィーパスの妻ですからね。付け入る隙を与えないための決断でしょう」


 文字通り血を流し身を切る決断だ。


 何故スィーパスを殺してこなかった、と言う話だって、マシディリは話していないのにアグニッシモも知っている。なお、慰めるためかクーシフォスを呑みに誘ったアグニッシモであったが、帰ってくるなり「クーシフォスはすごいな」と逆に励まされたようであった。


「アスピデアウス派の中でも、様々な風説が流れているよ。ウェラテヌスとの手切れになるのでは無いか、とか、小コウルスをオピーマの当主に据えるのでは無いか、とかね。


 一番有力視されているのは、距離の見直しかな。


 マルテレス様の遺言の内、帰ってこなかった子供達への分配分と等量を国庫に戻しているからね。でも、おかげでクーシフォス様の名声は高まっている。実力で第三軍団に食い込もうとしているのも大きいね」


 アレッシアへの忠誠心をアレッシア中に喧伝したようなものだ。

 しかも、母親が強烈な個性を放つことでクーシフォスへの同情も誘い、反乱者から後継指名を受けた形であってもクーシフォスへの非難は少ないのである。


「クーシフォスは人望もありますから。一個軍団規模の別動隊ならば誰よりも苛烈な集団として率いることができると思っていますよ」


「それは、来春の?」

「ええ。状況によっては、平野部の主力として西北西へと駆け抜けてもらおうかとも考えています」


(まぐさ)が怖いなあ」

 パラティゾが苦笑する。


「フラシから調達できれば良いのですが。攻勢前にはマフソレイオにもいかねばなりませんので、その時にもらえないかと交渉してきます」


 フラシから調達と言っているが、グライオによる制圧からの徴発が正確なところだ。


 マフソレイオへの訪問も、順番はまだ決まっていない。宗教会議の残滓に参加するなら後になるし、エリポス諸都市も連絡を寄こしてきているのだ。メガロバシラスも、防衛に関する重要な話があると訴えてきている。


 つまるところ、クーシフォスを主軸に据えられるほどの騎兵部隊の運用は難しいかもしれない。


「タルキウスが蓄えていると言う話があるから、少し探ってみるよ」

「ありがとうございます」


「でも、これでタルキウスも離れてオピーマとの繋がりも希薄になって、エスピラ様に個人的に忠誠を誓っていた人達まで一部離れると、結構厳しくはない?」


 何となく、マシディリは自分よりも愛妻が口を開くだろうと思った。

 そして、その直感が正しいことがすぐに証明される。


「兄上は、そこまでしてウェラテヌスの対オピーマ戦略を知りたいのですか?」


 たじたじな笑みを浮かべたのは、パラティゾその人であった。

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