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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十四章
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調和交渉 Ⅱ

 アルビタとレグラーレを連れアスピデアウス邸へ。門の前に着けば、エスピラの護衛もしたことがあるベネトルがパラティゾの命令で護衛となった。その上、別室での控えにはティツィアーノも同行するとの申し出がやってくる。


 流石に、マシディリは少しだけ義父に同情した。

 同時に、頭の中で「同情させる策では?」とのクイリッタの声も聞こえてくる。


 その場合、策の提案者は誰か、と言う話が重要だ。

 無論、特定などできまい。サジェッツァ、ティツィアーノ、他にも、色々。


 様々な想定を考えつつ、義父と話す前に義母に会った。と言っても、短い会話をする時間しかない。その中で簡易的な挨拶とべルティーナや子供達の様子を伝え、お土産を奴隷から渡してもらう。


 会話の中で、道中で、アスピデアウス邸がいつもと変わらないことを確認してから、サジェッツァとの会談へ。


 書斎では無い。机と椅子しかない、いつもとは違う部屋だ。無論、衝立や絨毯を用いて彩は飾られている。


 人の気配は、警戒か。

 されど、こちらも部屋の外にはアルビタがおり、隣の部屋にはレグラーレやベネトル、ティツィアーノがいる。


 呼吸は、少しだけ大きく。


「本題から入っても、よろしいでしょうか?」


 朗々と。

 サジェッツァ一人に対してではなく、しっかりと遠くまで通るような声を出した。


 サジェッツァは、構わんよ、と頷いている。

 では、とマシディリは一歩前に出た。椅子にはまだ座らない。奴隷は、温かい茶を持ってくるために退室したばかりだ。


「何故、べルティーナがアスピデアウス一の美女だと言わないのですか?」


 一瞬の間。

 サジェッツァの眉も目も垂れ下がり、顔も下にいった。口元に浮かぶ微笑は、残された男のソレだ。


「エスピラにも言われたよ」


「なら多くは言いません。

 ただ、世界で一番美しいのも、可愛いのも、可憐なのも、格好良いのも誇り高いのも。全てべルティーナです。そのべルティーナを除いてアスピデアウス一がいるなど、おかしな話ではありませんか?」


「私が言い出したことでは無い」


「否定しないのであれば同じことです。アスピデアウス一の美女はべルティーナ以外にあり得ません。何故こうも嘘を垂れ流すのか、あるいはべルティーナをアスピデアウスから排除しようとするのか。


 ウェラテヌスとの婚姻を無かったことにしたいのですか?

 それとも、アスピデアウスから離すことで私がべルティーナと離婚しないで済むようにしてくださったのですか?


 後者であれば、確かに感謝の念は抱きますが同時に憤りも覚えます。


 べルティーナは、サジェッツァ様も知っている通り非常に賢い人だ。無能ではありません。ウェラテヌスとアスピデアウスの関係の完全なる崩壊は招かず、必ず両家門が存続し続ける未来を勝ち取れる優秀な女性です。


 あまり、私の愛妻を見くびらないでいただきたい」



 サジェッツァの顔は、淡々としたいつもの真顔に戻っている。

 その重そうな口が威厳を持って開くのも、変わらない。


「では、べルティーナがアスピデアウス一の美女だと私が言えば、トトリアーノの名誉回復を認めるか?」


「事実と虚構を一緒にしないでください。べルティーナのことを認めたくないのですか? 世界で一番の佳人はべルティーナですよ? 疑いようはありません。父上がいれば、故人である母上を持ち出してくるのでしょうが、今や誰も否定できる人はいないはずです」


「では、私がエスピラを殺すつもりなど無かったと言う証言をしてくれるのか?」


「既にしていますが、今度からはクイリッタに反論された時にきっちりと言い返しましょう。私が言い返さなかったのは、べルティーナや私の子供達を気遣ったからにすぎませんから。

 ですが、今さら何を言おうとささくれだってしまったラエテルの心は取り返せないとだけ、言わせていただきます」


 マシディリは懐に手を入れた。

 室内に入ってきた奴隷に見向きもせず、短剣を取り出す。アスピデアウスの短剣だ。


 がちゃり、と言う奴隷の手元にあるであろう陶器から音がするが、構わずにサジェッツァの目の前に勢いよく、そして静かに置く。


 サジェッツァの反応は、短剣の全貌を見たことでようやく表れる。弱く、目を下げ頬の張りを失うように。



「父上にお送りした短剣も、手紙に記した手紙の意味も、『共にアレッシアを守ろう』と言うサジェッツァ様からの伝言であると私は解釈できました。励ましの手紙です。下になっても構わない、支えていくと言う意味でとらえられても構わないとの意思も見て取れました。


 ですが、弱っていた父上には、死を命じられたように思えてしまったのが事実です。


 そして、例え勘違いだとしても、サジェッツァ・アスピデアウスともあろう人がその程度のことを想定できなかったと信じられるのか、と言われてしまえば、私には言い返す言葉など何もありません。


 貴方がアレッシアの第一人者を争う立場にいて、長らくアレッシアの陰然たる権力者であったのなら、勘違いは起こさせてはいけなかった。ましてや公的に暗殺の命令を下せる立場であることを自認していないなど、あってはならないことでした。


 以上のことから、私が義父上を庇うことによって『べルティーナにそそのかされた』と言われかねないと判断していますし、そうである以上は私からの訂正が与える期待の程度をご了承いただければ幸いです」


 サジェッツァが短剣に手を触れる。

 未だに筋肉質であると見える、立派な手だ。しかし、皺も当然増えている。余っている皮も、増えているはずだ。


「この短剣は、エスピラに贈った物だ」


「カナロイアの剣とは意味合いが異なります。お返しする以外、私に取れる手段が無いのはご理解いただけるはず。当然、子供達に継がせる気も毛頭ありません」


 はっきりと言い切る。

 サジェッツァとの間に壁を落とすように。取り合わないと、誰が聞いても分かるように。


「エスピラは、さぞ私を恨んでいるだろうな」


 サジェッツァの目は、再び短剣へ。

 マシディリは椅子を引いた。

 音は立てないが、あえて言うなら「どかり」と音を立てて深く腰を掛ける。



「父上は恨み言を口に致しませんでしたが、サジェッツァ様を恨んでいると思われても仕方の無い行動をしていたとは思っています。少なくとも、明言は致しませんでしたから。


 ただ、私は父上の行動はサジェッツァ様を思ってのモノであると知っています。サジェッツァ様に余計な批判がいかないように、サジェッツァ様が暗殺を企んだと思わせないように。


 父上は、最期までサジェッツァ様のことを親友だと信じていました。

 その程度のことも勘違いされるようでは、今回、凡百の方々が勘違いするのも致し方の無いことでしょう」


 家主よりも先にドライフルーツを掴み、茶に落とす。

 種類は選ばない。手に入った物から落とすだけ。茶の滴を飛ばさずに、陶器にドライフルーツを収めていく。


「私に、呑んで欲しい用件は何だ」


 マシディリは最後の一つを入れ終えると、ドライフルーツの入った皿をサジェッツァの方に押し出した。


「べルティーナがアスピデアウスで一番の美女であると言うことの改めての宣言と、離婚はありえないとする誓文。これは、絶対条件です」


 大真面目だ。

 きちんと吞んでくださいね、と言わんばかりに、大きく言って茶を口にする。


「それで良いのか?」

 サジェッツァが眉間に皺を寄せた。


「自分の益のみを考える我欲はべルティーナに関することになります。そのために、や、両家門のことを考えて、となる条件は他にもありますが、最初に提案するべきは我欲でしょう」


「そこまで娘を思ってくれることは、親としては嬉しい限りだが、保証はできないな」


「離婚はありえないとの話を頂くまでは、残り続けても構いませんよ?」


 サジェッツァがマシディリを見たままドライフルーツに手を伸ばす。つまむ際は、マシディリから皿に目が動いた。種類を選んでいる様子は無い。指先でつまみ、少しずつ落としていっている。


「べルティーナは私の娘だ。即ち、アスピデアウスの者である。

 我が子ながら聡明で、アレッシア一の賢人と言っても構わない、かわいい娘だ。

 だが、一番美しいと言う評価は、べルティーナではない」


 リリアント、とサジェッツァが養女の名を呼ぶ。

 動いた気配は、衝立の裏から。


 なるほど。最初にマシディリが感じた気配は、リリアントが隠れていたかららしい。


「誰が一番美しいかは、マシディリの目で確かめると良い」


 サジェッツァの言葉と共に女性が頭を下げ、挨拶をする。


 茶色の髪は非常に滑らかで、一本一本が美しい。肌は色白で、ただし日焼けすると赤くしかならないと言う白さでは無い白さだ。日に焼けた肌も似合いそうである。

 頭を上げ、髪を避ける仕草は楚々としたそれ。顔立ちはすらりとしており、目鼻立ちははっきりとしている。


(なるほど)


 ほっそりとも言えるが程良い肉付きの体に、大きい尻。

 人気が出るのもうなずける女性が、そこに居た。

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