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やるべきことを為すだけ

 エスピラは一つ息を吐いた。


 こうなっては何を言っても変わることは無いだろう。エスピラ自身が、否、ウェラテヌス一門としてその発言をした者が居れば、その場で意見を翻すことは無いだろう。


 そしてその場、つまりこの場で意見を翻すことが無ければ確実に出陣に繋がるのだ。


「かしこまりました」


 エスピラは気合を入れるように短く息を吐きだすと、そう力強くサジェッツァに返した。

 それから、サジェッツァの右前に立つようにして高官たちに向き直る。



「マールバラの襲来により、アレッシアは大きな危機を迎えている。百年前の大王襲来以来の危機である。その時のアレッシアは勝てず、ひたすらに勝てず。会戦に勝利できたのはただの一度のみ。されどアレッシアには、我らが父祖にはその一度で十分だった。


 何故勝てたのか。

 皆に語るまでも無いが、たとえ敗北しても大打撃を与え続けたからだ。


 大王の軍勢は海を越えた遠征軍。補給は無く、半島内の都市を味方につけるしか無かった軍勢だ。それでも思うように失った兵を補給できず、益の無い勝利を重ねるしか無かった。


 そして、益の無い勝利に貶めたのはアレッシアの団結力のためである。


 決して諦めず、否、諦めの雰囲気が漂った時もそれを蹴散らした者が居た。そうして徹底抗戦を掲げ、講和を良しとせず、その力を、その意思を周辺諸国に示し続けたからだ。


 その後のアレッシアは語る必要もあるまい。

 半島を統一し、海に漕ぎ出しハフモニを一度打ち破った。


 同じことだ。


 確かに今会戦に臨んでも勝てる見込みは少ないかも知れない。だが、大打撃を与えることは出来る。その意思を、その歴史を思い起こさせるには十分だ。


 戦象に対して無力だったアレッシアは戦いを重ねるにつれて戦象を苦手としなくなった。マールバラの包囲殲滅作戦に対していいようにやられている我らも、今は知識がある。


 今一度、アレッシアの威光を示そうではないか。権力闘争に明け暮れ、自身の立場を浴することしか考えていない本国の連中に、目の前の軍団に、今一度アレッシアが何たるかを示そうではないか。


 幸いなことに我が軍団の頭はこの戦いに見返りを求めていない。ただアレッシアのためと言う正しき義心のみによってことを起こそうとしている。その心意気を正義の女神が見捨てるだろうか。気にも留めないだろうか。


 否。そんなことは無い。


 ならば我らにできることは、正義の女神が戦の神を連れてきてくれるこの好機を見逃さないこと。ただそれのみ。


 アレッシアに勝利を。


 今の勝利ではない。将来の、対ハフモニにおいての絶対的な勝利を。今、この会戦で手繰り寄せようではないか」



 郎、とエスピラは演説を述べ切った。


 正義の女神ユーティフィティアはサジェッツァが信奉する神である。戦の神は死して尚影響力を残すタイリーが信奉していた神でもあり、好機を逃すべきではないと言うのはエスピラの信奉する運命の女神の教えなのだ。


 演説を考えていたわけでは無い。が、言うべきことは言いきった。


 シニストラが真っ先に動き出し、それから複数人から雄叫びのような返事が響き渡る。


 その威勢は、この場には居ない兵にも伝わっていっただろう。


 ただし、全員を動かせたわけでは無く、高官の中にもコルドーニを始め煮え切っていない顔をしている者も居る。


 そう言う者のために、サジェッツァではなくエスピラが演説を行ったのだが。

 どうやら、シニストラらの反応が良すぎたらしい。


(サジェッツァの口が上手くは無いのは周知の事実だから、と言うのもあるだろうがな)


 だから代わりにエスピラが行っただけだ、と。


 大分弱まってはいるが、カルド島の成果は今でもエスピラを輝かせる衣になっているのだから。


「エスピラ様」


 温度差の出来つつある空気の中で縫うような声を出したのはアルモニア。


 言うべきはサジェッツァなのだが、エスピラをあえて呼んだのは他の者も意見をしやすくするためだろうか。


「軍団の上のお二人の決意が固まっているのならば私たち兵は従いましょう。建国五門のお二人はまさにアレッシアの貴族。国と同じ血が流れております。そのお二人の下で戦えることは光栄に思っておりますが、私などの平民はやはり急激な方針転換に戸惑いも多く、それはさらに下の兵も同じことでしょう。

 戦うなとは言いません。

 ですが、せめて占いの結果を待ってもらってもよろしいでしょうか」


 なるほど。占いで吉と出れば、誰もが納得するだろう。

 アレッシア人ならば、当たり前だ。


「それでよろしいでしょうか」


 エスピラはサジェッツァを見た。

 表情は変わっていない。いつも通りの能面。


「占い師と神官を呼べ。すぐにでも占いを始める」

「かしこまりました」


 返事をして、エスピラは控えていた奴隷に目を向けた。

 奴隷が天幕を出ていく。


「他には何か」

「父上の遺言を破ることに繋がるのではないか?」


 コルドーニがすぐさま反応した。


「確かに。二年は戦うなと言う言葉は破ることになります。ですが、タイリー様の真意を思えば破ることにはならないかと。むしろ、此処で傍観することによってサジェッツァ様やサジェッツァ様の意図を理解してくれた若き兵を失う方がタイリー様の御遺志に背くことになります」


 エスピラがそう言えば、コルドーニはそれ以上の反論を重ねることは無かった。


「他には?」


 コルドーニが頭を下げる。続いて盛り上がっていなかった者達も各々小さく頭を下げてきた。


 その様子を認めると、エスピラは再びサジェッツァへと顔を向ける。


「サジェッツァ様。一番強硬に反対したのは私です。その責を取り、先陣でも別動隊を抑える役目でも。厳しい場所を是非とも受け持ちたく思います」


「歩兵第一列を任せる。見事に突撃し、包囲が完成していればそれを打ち破れ」


 サジェッツァの言葉に、エスピラは恭しく頭を垂れた。


 それから、順次受け持つ場所が発表されていく。


 敵別動隊へはあくまでも少数部隊で抑えることが優先。機先を制するように少数部隊で襲撃をした後は隘路や騎兵の使いにくい地形を選んで待ち受ける。あくまで防衛。攻めたてはしない。


 これには経験豊富な兵を中心に選ばれた。三つの部隊の総指揮は軍団長でもあるコルドーニ・セルクラウスが現場指揮として受け持つ。


 逆に、突撃部隊、マールバラの軍勢と真っ先に交戦することになる部隊は歩兵第一列の例に違わず若い部隊が中心となった。エスピラやシニストラが率いるカルド島からの兵も居るが、そう言う部隊はエスピラやシニストラなど指揮官側の人間が若い。


 第二列の指揮は軍団長補佐筆頭の二人。クヌートとスクレッツィオ。


 第三列及び総指揮は軍事命令権保有者であるサジェッツァ。


 淡々と決めていき、指名された者が返事や細かい質問を重ねる。納得すれば次の者。


 そうして全ての者の役割が決まればサジェッツァが会議が始まってから初めて立ち上がった。目線の高さが全員と同じになる。


「最後に、吉兆が出次第行動に移る。いつでも出陣できるように準備を進めろ」


 言い終わるとサジェッツァが左手で自身の短剣を握った。エスピラもそれに倣い、いくつもの衣擦れの音が重なる。


 サジェッツァの目が全員を映し、ゆっくりと口が開いた。


「アレッシアに栄光を」

「祖国に永遠の繁栄を」


 全員の声が一つに重なった。


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