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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十四章
1382/1383

一歩の違い

 フィラエだと、一目でわかる死体が吊り下げられている。

 ご丁寧に指輪と短剣も傍に置かれていた。


「スィーパスの勝ち誇った面が容易に想像できますね」


 間抜けな面だ、とクイリッタが馬鹿にするように吐き捨てる。

 兄上の策略に嵌っているとも思わずに。そう、続けて。


「人心も失ったことでしょう」


 ティツィアーノも口を開いた。マシディリを挟んでクイリッタと会話をしている訳では無い。二人の仲の悪さは、最早高官どころか兵までも知っている。

 だから、二人ともマシディリに対して話しかけているのだ。


「今こそ、褒美をぶら下げてプラントゥム部族を動かす時でしょう。さすれば大した労なくスィーパスを追い詰められます。戦功第一の者を元老院議員への昇格とさせれば、争うように苛烈に戦い続けてくれるとも思いますが、如何でしょうか」


「そんなに国を売りたいか。お前は何人だ?」

 真っ先に吐き捨てたのはクイリッタ。同時に、対決の始まりを意味する。


 ティツィアーノも、冷たい目をクイリッタに向けたようだ。

 その中でも、マシディリはフィラエを眺め続ける。


「兄上?」

 クイリッタが雰囲気を変えて覗うように聞いてきた。

 ゆる、とマシディリは口を開く。


「いや。少し間違えば、私だったかも知れないと思ってね」

「兄上が? まさか」

「誰かを見せしめにして、引き締めを図っていたかもしれない、と言うことだよ」

 実際、機があればやっていた可能性は高いのだ。


「兄上はしませんよ。仮にやっていたとしても、目的が違う。

 スィーパスの馬鹿は自分の力を見せつけたいのと兄上に対して勝ち誇りたいために大事な高官を処罰した。でも、兄上なら純粋に次に勝つために見せしめを作っている。

 後先考えず自分への支持を失っただけですよ。フィラエは、冷静に状況を認識して兄上のご厚意にすがるのも手だと言っただけのはずなのに」


(寛容に)

 また一つ、しっかりと心に刻む。

 マシディリは、フィラエの死体に背を向けた。


「ティツィアーノ様」

「はい」


「私もクイリッタと同じ意見です。

 アレッシアの政治を決める場に、アレッシア人以外の意思を混ぜるなど、亡国の第一歩、末期の国のやること。完全に他国の介入を防ぐのは難しいですし、ウェラテヌスだってマフソレイオやドーリス、カナロイアと仲良くやっています。それでも、他国の者の意見がアレッシアを動かすなどあってはなりません。


 自国の者を第一に出来ない者が国の舵を取るなど。私は断じて認めませんし、推進する者はアレッシア人ではないとして過酷な刑に処すことも検討いたします。いえ。アレッシア人だとは記載しないでしょう。

 

 例えアレッシア化したとしても、歴史が浅ければ当然のことながらアレッシアのことを真に考えているとは言えません。土地の歴史、家門の歴史。それが積み重なり、本当にアレッシア人としてアレッシア人のためになる舵取りが出来るとは思いませんか」


「そのアレッシア人の血を流さないようにするための策です」


 平行線になるとは、マシディリも理解している。

 だから、これ以上は追及しない。


「父上がマルテレス様を持っていくと言っていたことを広めましょう。その上で、ヒュントに調略を仕掛けます。今なら、まだマルテレス様の名誉が助かる、ともつけておけば投降しやすいでしょう」


 イエネーオスは投降しない。

 アゲラータは苛烈な性格であり、フィラエの処刑を推し進めた可能性が高いので不可能だ。

 オグルノもどちらかと言うと好戦的な性格。加えて、彼が得意なのは野戦。


 ヒュントを失えば、スィーパスの手元にアレッシア人の有力な守備的将軍はいなくなる。


「ピオリオーネの攻略は?」

「来春行います。軍団の多くは、この地で分散冬営を。代理の全体指揮はグライオ様に執ってもらおうと思っています。その間、私やクイリッタ、ティツィアーノ様もアレッシアに一度帰り、父上の葬儀を行ってから。戻、れるかどうか、ですね」


 あいさつ回りは必要だろう。

 最高神祇官選挙もある。

 父の遺言が優先されるが、本当に跡を継げるかどうかは政争になる可能性の方が高い。


(アスピデアウスとの関係も)

 サジェッツァ・アスピデアウスがエスピラの死を願い、送り込んだ。共倒れはサジェッツァの思うつぼ。アレッシアではサジェッツァが高笑いをしたらしい。


 そんな話は、とうにマシディリの耳にも届いていた。

 問題は、本国でもその扱いなのかどうか。

 そして、その場合、べルティーナとの関係はどうなるのか、だ。


 普通に考えて、家門の当主の傍に敵対家門の娘、それも当主の娘など置いておけない。離婚せざるを得ない可能性も、良くて五分五分と言ったところか。


 思わず、ため息が出る。


 何とかしないといけない。当主としては相応しくない行動であったとしても、愛妻を手放さないように動くのは、エスピラの後継者としてはこれ以上ないほど相応しい行動だろう。


 何より、マシディリがそうしたいと願っている。

 べルティーナ・アスピデアウス・ウェテリと共に人生を歩み続けたいと。


「マシディリ様っ!」

 珍しく、レグラーレが足音を立て、息を荒げた状態でやってきた。


 何事ですか、とおだやかに訊ねる。心臓は、少しうるさくなった。手汗もじんわりと滲んでいる。


「元老院から、帰還命令がでました」

「は?」

 マシディリの言葉を代弁するようにクイリッタが言う。


「軍事命令権保有者は兄上だ。父上の権限を、全て兄上が、副官が引き継ぐことに元老院は同意したし、その証拠もある。神殿だって、いや、裏切ったのか? 神殿が?」


「表だった反対があれば、既にマシディリ様の耳に入れております」

 即ち、基本はマシディリが軍事命令権保有者だと認められていると言うこと。

 そして、反対する者もわずかながらおり、勝算ないし放免になるだけの後ろ盾は持っている。


「詳しくは、使者が来ております」

「現場を知らない者が何を言うか」


 クイリッタの放言は、止まらない。


「兄上でなければ、元老院の身勝手な帰還命令で軍団が崩壊し、そこら中にアレッシア人の血だまりが出来ていた可能性だってあるんだぞ? 数多の池が、全て血に染まることだってあり得た。兄上の召還? まずはお前らが来い!」


「クイリッタ」


 名を呼び、なだめる。

 弟も口は閉ざしてくれた。不満の表情は変えずに、使者が待つと言う場所へ。


 既に高官は揃っていた。スペランツァとフィルノルドも呼ばれたのか、軍事命令権保有者であるマシディリの命令無しでこの場に来ている。


(さて)

 よろしくない展開だ。


「私は、舐められているのかな、スペランツァ」

 弟には申し訳ないが、開口一番マシディリは威圧した。


 スペランツァがすぐに頭を下げる。他の高官の冷たい視線は、全てフィルノルドに注がれた。


「私の頭越しに配置転換の命令はできないはず。違いますか?」


 そして、使者へ。

 使者はぶるりと身を震わせ、ただひたすらに頭を下げて来た。


 両名を解任します。軍団も解散。彼らの帰国を以て、元老院からの帰還命令に応えた形に致しましょう。この手打ちで、どうですか? 


 そんな言葉も、頭に浮かんだ。

 堪えられたのは、フィラエの死体を先に見ていたから。


「アレッシアを私物化して、神々と元老院に認められたはずの軍事命令権を犯したのはどこの誰ですか?」


「し、私物化とは、畏れ多い、ことにごじゃいます」


 噛み噛みになりながらも、使者が粘土板を持ち上げる。

 随分と場に不慣れな人選だ。舐めているのか、危険な場だと理解しながら高官を引き抜こうとしているのか。


「エスピラ様ほどの英雄の遺体が、戦場に置かれたままなことに全アレッシア人が心を痛めております。そのため、帰国するように、と、サジェッツァ様は心を配られておりました」


 殺しておいてよく言うよ、とアグニッシモが吐き捨てる。

 びくり、とまた使者が肩を震わせた。


「アグニッシモ」

「でもっ」

「アグニッシモ」

 ぐ、と弟は黙ってくれた。


「遺言を発表するためにも、子供達は全員帰国するようにと言う配慮にもなっております」


(配慮)

 果たして。


「呼び出して一網打尽にする気か?」


 メクウリオが、使者の肩に手を置いた。

 使者の体が跳ねる。半泣きだ。とてもじゃないが、選ばれた理由が分からない。


「とんでもないことにございます。あくまでも、サジェッツァ様からの配慮。心遣いであれば。


 甥のヴィルフェット様、戦友の第一軍団の皆々様、弟子であるティツィアーノ様にも同様に帰還命令が出ております。ただ偏に、速やかに弔い、今後に備え、関係者の心を安んじられるのが吉と思われてのこと。マシディリ様のことですから、アレッシアのためにと戦い続けることを選択すると思われての命令と言う形だと言っておりました。たまには、父子としての感情を行動の原理にして良いのではないかと、心配されているのです。


 本当に、そのようなつもりは、無い、と、わたしはしんじております」



 最後はか細い声で消え入るように使者が言い切った。


 幾ら叩いても何も出てこない。

 そう思わせるには、十分な使者だ。


「承知いたしました」

「兄上!」

 マシディリの言葉に、真っ先に反対したのはアグニッシモ。


「兄上の性格を知っているからこんな手を使って来たんですよ。サジェッツァのくそ野郎は、いつもこうだ! 父上が必死に戦って来たのに、追放しやがって。あの頃から腐った性根は何も変わっちゃいない!」


「私の岳父だ」


 目を閉じ、言う。

 ぐぎぎぎ、とアグニッシモが本当に口にした。何度も地団駄を踏んだのも聞こえてくる。


「それよりも、緘口令を破った愚か者がいるのでは無いですか。なあ、ティツィアーノ。何でサジェッツァが知っていて、使者も父上が死んだと疑っていないんだろうな」


 そして、クイリッタの冷たい声。


「人の手紙を盗み見るのが趣味か。そうやって私の岳父を嵌めたのか、クイリッタ」


 肯定も否定もせず。

 ただ、誰の手紙から伝わったのかだけは、十分に理解できた。

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