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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十四章
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ピエモン・フースの戦い Ⅱ

「やー、まじやばでーす」

 ぶべえ、とさじを投げるように両手を挙げたのはコパガ。


「宴会でしたね。大宴会です。流石に歌はそれほど歌っていませんが、談笑の声は聞こえてきていました。あれです。昨夜殺しに来ていた者達です」

 ユンバも、敵の士気が高いことを伝えてくる。


 ふうむ、とマシディリは口に右手を当て、左手を体の前にくっつけた。ぱちり、と薪が爆ぜる。緊張感を持った第七軍団も、寒いと言った者から訓練に参加し、意気軒昂な様を見せつけていた。


 アルビタが、「レグラーレがいない意味が、分かった」とぼそりと言う。不敬ではありませんよ、とマシディリは半笑いで告げておいた。


(普通に戦っては被害が大きくなりすぎますね)

 攻め寄せた際、城内から投げつけられた破片を手に取る。多分、瓶の破片だ。壊れたのか壊したのかは分からないが、先を尖らせてから投げつけてきている。


 かと言って、山中にある陣の攻略も難航した。

 残り二つの陣の内一つを落としたが、山中の陣と最後の一つの陣は健在だ。二つ合わせて千ほど兵はいる様で、地形も上手く使われて攻めきれずにいる。


 陽も、かなり短い。

 夜になれば敵からの襲撃があると思えば、攻撃に使える時間もそう多くは無い上に数で勝っているのに、その数を十全に使えていないのだ。


(流石ですね)


 楽しいのだろうか。

 多分、楽しいのだろう。

 マシディリも、少しばかり楽しい。圧倒的に喪失感と寂寥が勝り、冬のような心であるからこそ温かくないだけで、オプティマとの戦いは楽しいことに分類されるものだ。


(どうしましょうかね)

 越冬。

 これが、現実的か。


 ならば、距離を取る必要がある。朝の大地は、踏みしめればぱきりぱきりと音が鳴ることもあるのだ。もう時間は無い。


「マシディリ様。クイリッタ様より伝令が来ております」


 走った様子もなく兵がやってくる。後ろにいる兵は、裾が汚れ、髪はさっき整えたようになっていたが、息の上りは少なくみえた。


 頷き、発言を促す。


「合図の狼煙が上がりましたので、全軍を一時撤退させませた。他に異常はありません。

 敵方はピオリオーネにヒュントとオグルノを詰め、多くの旗と松明を立てており、四千程の人員を動員しております。ですが、無理矢理徴兵した者が半分を占め、残りの半分も負傷兵が五割、まともに動ける者は三割ほど。

 積極論も軍団内では渦巻いております」


「ピオリオーネの外には?」


 ピオリオーネは山脈を跨いでプラントゥム側の付け根に当たる都市だ。


 その昔、マールバラに攻め込ませて第二次ハフモニ戦争へと持っていった都市でもあり、イフェメラの父であるペッレグリーノがプラントゥムの拠点とした都市でもある。

 当然、海からも近く、グライオの襲撃対象ともなっていた。


「イエネーオス、スィーパスが歩兵二千、騎兵五千ほどで備えています。他にも、プラントゥム全土に徴兵令を発し、兵を集めているとの情報も、レグラーレ様から聞いております」


「五千とな!」

 ポタティエの大声に、思わずほぼ全員が耳を抑えた。マシディリもつい顔をしかめてしまう。


「まさかとは思いますが、ノトゴマの残党や三男陣営の残党を加えた、と言う訳ではありませんよね」


「そのまさかです」


 ため息、一つ。

 イエネーオスの実力はルカンダニエに比肩するとマシディリは評価していた。エスピラも同様だっただろう。


 でも、仮にイエネーオスが東方遠征に参加していても第三軍団には編成しなかったのは確かだ。


「元老院に使者を。アレッシアに敵対した犯罪者を受け入れたイエネーオス、スィーパス、ヘステイラに対して、譲歩無き詰問を願いましょう。

 それから、レグラーレにもうひと仕事を頼みます。誰の人徳で集まった騎兵かを明らかにして来てください」


「伝えて参ります」

 伝令が下がる。

 マシディリは厚手の布を持っていくようにと伝えた。

 作戦方針も決定する。


「各陣のやり取りだけでなく、クイリッタとティツィアーノ様にも無意味に伝令を送りましょう。ジャンパオロ様にも、北方軍団をエステエンスまで引く準備を進めるように、と。その際、一部隊のみを先行させ、次に物資輸送、兵力は後からするように命令いたします」


 エステエンスは、鍛えられたアレッシア軍ならばピエモン・フースから一日の距離である。これは、物資を運ぶ通常行軍での話だ。当然、敵が散発的に出す斥候が掴める情報でもある。


「力押しですか?」

 ファリチェが聞いてくる。

 マシディリは、首を横に振った。


「いえ。オプティマ様の思考を利用いたします」

「今、お聞きしても大丈夫ですか?」

「問題ありませんよ」


 マシディリは棒を手に取り、ファリチェが謹製の立体地図に手を伸ばした。


「オプティマ様の軍団には物資が足りていない可能性が非常に高いです。一番嫌なのは、兵糧攻めにあうことでしょう。そして、その可能性は低いと見積もっていたはずです。


 オプティマ様自身が私との戦いを望んでいたことは私も知っておりますし、父上の葬式も行わねばなりませんから。普通なら、短期決戦を行い、アレッシアに帰って葬式を執り行わないといけません。父上がお爺様死後の対応で後れを取ったことを知っていれば、なおさらです。


 ですが、軍団を増強する動きと新たな物資集積地の作成は明らかに冬を攻囲戦のまま過ごす意思。二万の大軍となれば、さしものオプティマ様でも勝ち目は非常に薄くなりますし、オプティマ様の望んでいた戦いとは言えないでしょう。


 ならば、やるしかない。

 敵の繰り返す夜襲でこちらの睡眠時間は削られていますが、同時に慣れも出てきております。


 そこを突く。

 今度は全力の兵数で、一点突破を図り、あるいはそのまま撤退する。あるいは勝利を手に満足して死ぬ。


 そうですね。プラントゥム方面にまだまだ軍団がいることもそれとなく流しておきましょうか」


「引きずり出したところを叩く、と」

「はい」


 作戦自体は単純。

 あとは、どうするか。


「明日、全高官を集めましょう。その場で大隊編成を変更いたします。

 それから、基本方針はエステエンスとの補給路の制作、とでも流布しておいてください。道を整備し、土を掘り、一層厳しさを増す寒さに備えます、と」


 エステエンスの拡張もしないといけませんね、とマシディリはこぼした。


 この動きは、ピエモン・フースに籠るオプティマからも見えるモノ。各陣の兵力を減らし、代わりに防備を増すようにしたのも、マシディリが移動したのも、移動先の東の陣に兵が一時的多く集まっているのもわかるはずだ。何より、ヴィルフェット隊は北東の陣から南西の陣に大移動を果たしている。


 斥候と、夜襲を行うオプティマが気づかないのは無理があるのだ。


 同時に、マシディリ達も音と光によって毎日攻撃を仕掛けるような仕草を変わらずに繰り返す。人を減らした北東の陣と南西の陣でも変わらぬだけ音を立て光を打ち上げた。


 いつもと変わらぬ光景。

 その中で、互いに手を整えていく。


「マシディリ様。山地の砦から六百人、道中の砦から七十から八十人ずつの移動が確認できました」


 もう一点。

 軍事だけでなく、住民の調略も。


 現地住民にとってみれば、オプティマ達は急に訪れた大食いの怪物なのだ。略奪等はほとんど行われていないため協力者を作るのに少々時間はかかったが、冬を越すための食事が空になる不安があるところにマシディリ達が食料提供を呼びかければ話は別。


「南西の陣を打ち破り、逃げるつもりだと言う密告もございました」


 そして、オプティマも住民の心が離れて行っていることには気が付いているだろう。


「南西を打ち破っても将来の芽はありません。陽動でしょう」


 近々なら役立つ。つまり、イエネーオスなら取るかもしれないが、オプティマならば別。もし取られても、やりようは幾らでもある。


「南西の陣は人を減らし、退却用意を。積極的な交戦はしないで構いません。いざと言う時は食糧を含む物資を燃やすように」


 さて、と一息。

 決着の時は、近い。

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