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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十四章
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ピエモン・フースの戦い Ⅰ

 簡易的な陣を幾つも作り、各陣に百名ほどを入れる。そうして防御を固めながら、後方の山地に繋がる場所に最大の陣を張り、八百の兵を詰めた。その守りは非常に堅く、スペンレセは攻めあぐねている。


 その報告を受け、マシディリは即座にヴィンドとヴィルフェットの部隊を急行させた。持たせた物資は三日分の食料と五日分の水と当座の武器だけ。


 遅れて、パライナ隊には五日分の食料と七日分の水を持たせて走らせる。


 一万の軍団を養うための諸々の物資は、マシディリとファリチェの二千六百の兵と手に入れた奴隷で運ぶことにした。


『オプティマと彼に従う兵は、道中でケーランとミラブルムの追撃を受け、振り解いたところにスペンレセ隊の襲来を知り、ピエモン・フースに逃げ込んだ』


 これが、各所からの報告を聞いた上でマシディリが導き出した物語である。


 そして、ピエモン・フースは逃げ込むだろうと予想していた地点だ。むしろ追い込んだまである。プラントゥムへと繋がる主要街道から外れたあの街は、守りには適しているように見えるが、援軍を期待できない籠城になってしまう街なのだ。


「第二軍団、第四軍団、北方軍団、第八軍団はプラントゥムへと追撃を行ってください。戦術に於ける最高決定者は予定通りティツィアーノ様。ただし、撤退およびプラントゥムへの侵攻の判断はクイリッタが最終決定を下すように」


「分けて良いのですか?」

 伝令達を前に、ファリチェが申し訳なさそうに聞いてくる。


「それこそが私の意思を正確に反映することに繋がりますから」

 マシディリは、ファリチェの杞憂を払しょくするためにもおだやかに応えた。


 同時に、オプティマに対しては第七軍団だけで当たると言うことにもなる。フィルノルド隊はファバキュアモスまで引き、休憩をしてから一足先にテルマディニに入って帰る準備をする予定だ。


 滞陣が長期にわたった、と言うこともある。

 同時に、ウェラテヌスの成人男性を早く本国に戻したいと言う気持ちと、トリンクイタへの警戒の意味もあった。


 五日後。

 第三軍団や第一軍団の高速機動であれば一日で終わる距離をようやく踏破し、マシディリはスペンレセと合流した。


「申し訳ございません」

「何が、でしょうか?」

 スペンレセに対する煽りでは無い。純粋な評価からだ。


 敵将はオプティマ。しかも、敗戦の中でも従い続けている二千から三千もの兵力。陣を即座に築くだけの練度もある。


 対して、スペンレセの当初の兵力は先の戦いで勝利した軍団の三千三百。兵力は互角であり、質はもしかしたら劣っているかも知れない。しかも、追撃のための野戦装備であり、攻城兵器の類は無いに等しかった。


 なるほど。並みの将が相手なら勝てたかもしれない。

 しかし、相手は絶望を知らないオプティマ・ヘルニウス。彼の前向きな姿勢は、籠城戦こそ真価を発揮する。


 誰が率いても、一週間程度では勝てない。例え、マールバラでも。イフェメラでも。マルテレスであっても。


「ピエモン・フースに追い詰め続けることができている時点で大戦果です」

 さて、と陣容を整える。


 ピエモン・フースは東からの進入路はあれど、三方を山に囲まれた街だ。特に西は、越えるのも難しい大山脈。一見逃げられそうな南も、結局は大山脈に呑み込まれる位置。逃げ場は東に陣取った第七軍団を突破するしかない街だ。


 水源に関しても、街の中を川が縦断している。ただし、何本も合流することで東側では大きな川となっているが、街の中にある限りでは物資の輸送に便利な川では無い。


 敵陣は、その街の後で流れ込む川を基準に建てられている。


 山にある大きな陣は、街に流れ込む前に合流する支流の上部だ。湧き水も近くにある。水源に困るとすれば、むしろ大軍になってしまったマシディリ側となりかねない。


「外周を作る五つの陣と、内周となる五つの陣が互いに作用し、こちらの陣攻めを困難にしております。特に冷え込んだ日の翌日は陣の前に撒かれた水が氷となり進軍を阻み、昼になると溶けて地面がぬかるみまた進軍を阻まれております」


 スペンレセが地図を持ち出し、説明してくれた。


「二重の円による防御、と言うよりは波打つ防御線、星を二つ重ねた形、と想像した方が実態に近いと思います」


 ヴィルフェットが補足する。

 スペンレセも頷き、実際に近場の陣を棒で指した。


「敵の士気も非常に高く、増強後の一息を見て取ったのか夜襲も行ってきました。それも、一度や二度ではありません。読まれていると分かっていてもその日の内に数度繰り返すなど、まるで数に余裕があるかのように動いてきています」


「実際に多いと言うことは?」


「ピエモン・フース近郊だけではなく、道中の住民にも聞いて割り出しておりますので、大きく外れることは無いと思います」

「何より、数に勝っていればオプティマ様は野戦を試みると愚考いたしました」


 主軸となって話をするスペンレセと、補足のヴィルフェット。

 この形で数日間進めてきたのだろう。


「敵の防御陣地に特別なものは?」


「ありません。地面を掘り、出て来た土を盛り、柵や棘を刺した簡易的な陣地です。放っておけば守りを固めてくるのが厄介ですが、地下に道があるような動きでも無く、ただ石は豊富にあるようでした」


「山から運んできているようです」


「なるほど」

 後程観察をしますが、と前置きをして。


「八つの陣を同時に攻めます。

 ファリチェ様、ヴィエレ、ヴィルフェット、スペンレセ、ポタティエ、パライナの各高官の他に、ピラストロ、ヒブリット、コパガ、ユンバも部隊指揮官とします。


 ファリチェ様の部隊の内、二個大隊をユンバに。

 ヴィエレ、ヴィルフェットが各一個大隊を出し、ピラストロが指揮。

 スペンレセ隊から二個大隊をコパガに。

 ポタティエ、パライナ隊から一個大隊ずつを出し、ヒブリットが指揮を。


 攻めない二つの陣については、私と一千の兵で睨みを利かせます。騎兵は、都度、追加するか、あるいは敵がピエモン・フースを空にするようであれば、一気に突撃させましょうか」


 単純な数の暴力。

 各部隊はほぼ八百の兵を率いることになるのだ。対して、籠っているのは百から百五十と聞く。しかも、連携的な防御で凌いできた者達だ。


 連携できないほどの飽和攻撃を加えれば、どうなるのか。

 しかも、万全とは言えないが今回は攻城兵器も持ってきている。


 翌日、前夜の三度の夜襲を簡単に弾いた第七軍団は、一気に展開を始めた。食事をかき込み、幾つかは持って移動して、到着地で残りをかき込む。体には油を塗り、体調を整え、武器の点検を行い。


 夜襲に対しては、数の利点で守り切ってきた。これほど分けた部隊では、個別に夜は越せない。

 やるなら、一気に。太陽がある内に決めるしかない。


 そうやって兵に覚悟を決めさせると、マシディリは全軍に攻撃の号令をかけた。


 最初に突破したのは、ヴィエレ隊。三時間の攻防を得て、敵陣を乗っ取ったのである。

 ヴィエレは第七軍団一番の武闘派であり、第一軍団従軍経験も豊富な猛将だ。予期出来た結果であり、一番に突破するであろうからこそ、一番移動せずにすむ陣を狙ってもらった。


 次の突破は、隣接する陣を攻撃していたポタティエ隊。そこから北、山に向けての陣であるヒブリット隊も陣を落とすことに成功する。そこまで行けば、今回の最北の目標である陣を担当していたパライナ隊に、ヒブリット隊も合流した。


 一方で南側も次々と落とす。

 ポタティエ隊によって北側で隣接する陣が落ちれば、ヴィエレ隊は全力で南隣のスペンレセ隊の支援。ポタティエ隊も合流し、三隊二千四百で力押しした後は、コパガ、ユンバ、ファリチェと援護を続けていく。


 無論、敵も無策では無い。玉砕が至高とも考えてはいないのだ。


 途中で、北の陣で言えばパライナ隊の攻略あたりから。南で言えばユンバ隊の攻撃目標あたりから撤退が始まった。兵が残っているのは、最北、山の中に築かれた八百が籠る陣地と、そこへと繋がる道を確保するような二つの陣地、即ちマシディリが睨んでいた陣地のみ。


「数百の兵はずっと籠っていましたから、ピエモン・フースはこれまで以上に硬い陣地になっていると思います」


「兵の疲労も大きいですからね」

 言って、目を細める。


「二日間攻撃は停止します。ですが、音や光による威嚇は続けてください」

 マシディリはそう命じ、東の陣をスペンレセ、北東をヴィルフェット、南西を自身が直接監督する形でピエモン・フースを囲った。

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