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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十四章
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手筈通りに

「お久しぶりです、フィラエ様」

 食事を片手に、マシディリは声をかけた。


 当のフィラエは、食事に手をつけていない。黙ったまま、盛り付けを見守っているだけだ。

 尤も、盛り付けも工夫している訳では無い。戦場の食事と同じ。もてなす、と言うよりも、これから大勝負に出るから兵に配ったような食事だ。


「何も話すことは無い」

 背筋を伸ばし、膝に手を置いたままのフィラエがはっきりと言った。


 髪は少しばかりの油が見え、袖も裾も汚れている。鎧の汚れもそのままだ。

 対してマシディリは、簡易的に水浴びをし、衣服も着替え、きっちりと整えてから来ている。


「尋問しようと言う訳ではありませんよ」


 おだやかに笑い、対面に座る。

 フィラエの目は、ならこれは何だ、と言わんばかりに目の前の蜂蜜掛けの肉に向けられていた。


「貴方がたの馬を使ったと言う訳でもありません。ただ、美味しいモノを食べて、腹を満たせば少しはこちらの話も聞いてくださるかと思い、食欲をそそるようにしただけです」


 毒を疑われているのなら、私がまず食べましょうか、とマシディリは言った。ただし、手は自らの食事である麦粥をかき混ぜ、食べる準備を進めている。

 ただし、この粥も肉入りだ。乾燥させたザクロもマシディリの食事についている。


「一応、捕虜なので違う食事と言う配慮はしています」

「これは配慮では無い」

「そうですね。私の気持ちです」


 ただ穏やかに。

 そして、マシディリは普通に食事を摂り始めた。フィラエの眉間が怪訝そうに動く。


 その様子を見て、マシディリはあえて一秒ほど固まった後、表情をやわらかくした。

「言ったでしょう。尋問では無い、と」


「アゲラータも捕まったと聞いている」

「はい。居ますよ」


「何故一緒に呼ばない」

「アゲラータ様は気性の荒い方。昨日の今日で話しても、曲解してしか考えてもらえないと思ってのことです。後で話すつもりですよ」


 同じく武闘派の者を同行させるか、手合わせしてもらってから、と言ったことも考えていますが、ともゆるりと付け加える。

 フィラエからの言葉は無い。


「和平の話です」


 さらり、と雑談ついでのように告げる。

 無論、フィラエの顔には大きな反応があった。


「父上の葬儀も行わなければなりませんし、スィーパス様の幼い弟妹もアレッシアに連れて帰り、しっかりと安心させなければなりません。引継ぎも多くあります。正直言って、此処で戦い続ける利点が薄くなってきているのです」


 フィラエは無言だ。

 吹っ掛けるのか、スィーパス側として望ましい展開だと認めるのか、思案しているのだろう。


 ぐるり、と麦粥をもう一周かき混ぜる。


「六万の軍団を冬季も養うことに問題はありません。父上が手配してくださっていましたから。マルテレス様を失い、インテケルン様もおらず、兵も散ったスィーパス様に勝つのも難しい話ではありません。むしろ、此処までで一番難易度が低いとも言えるでしょう。


 ですが、時間はかかります。

 その間に、どれだけの弟妹が亡くなるでしょうか。


 スィーパス様の怒りは御尤もですが、こちらからしてみればアスフォス様の死は、彼らの暴言を止めなかったスィーパス様にも責があります。テラーレ様に関しては完全にヘステイラ様が殺したものであり、スィーパス様が作戦遂行のために殺したと確証を得ています。


 そして、その作戦で父上が亡くなりました。マルテレス様も亡くなりました。


 スィーパス様が殺したのです。

 スィーパス様が殺したも同然です。


 誰が、そんな者に着いて行きますか? 誰が命を懸けたいと思いますか?


 弟の死に憤っているくせに、その弟を復讐のためと言って殺すような輩に。あまつさえ、その弟の死さえ敵になすりつけ、戦意高揚を図る冷血漢に。


 これは譲歩です。


 今であれば、プラントゥムの一行政官としてスィーパス様を取り立てましょう。元老院からも人を送ることになりますが、中心はスィーパス様となり、オピーマの財産凍結も解除されます。マルテレス様を反乱者として葬ることも致しません。


 マルテレス様は、私の師匠であり、父の親友であり、個人的にも好ましいと感じているアレッシアの英雄ですから。


 助けたいのです。せめて、マルテレス様は。

 そのためにはスィーパス様の協力が不可欠なのは、言うまでもありませんよね。


 父上の葬式のためと言うのもそう。ウェラテヌスのためも否定しません。

 ですが、マルテレス様を思っての譲歩であることもご理解ください。


 マルテレス様を助けられるのは、スィーパス様だけ。スィーパス様の行動がマルテレス様を救うのです。


 どうか、そのことをスィーパス様にお伝えください」



 麦粥に潰した木の棒を差したまま、マシディリは情感たっぷりに伝えた。

 捉えるべきところではしっかりとフィラエの目を捉え、圧をかけたくないところでは視線を外し。


 その後の会話でも、少しずつ軍団の情報を混ぜ込む。

 少々の弱点と、それ以上にこちらの準備が整っていることを理解できるようにして。


 会談を終える頃には、フィラエも食事に手を付けていた。


 約束通り、アゲラータとも会談を持とうとする。

 が、こちらは少々適当だ。呼び出しはするが、縄はつけたまま。その状態で会っても「殺せ」や「話すことは無い!」の強硬姿勢が変わることは無い。


 マシディリも適当な交渉だけで終えた。

 そして、翌日からフィラエ隊以外のアレッシア人捕虜の食事も兵と同じものに変える。ただし、配給係に一つの芝居を頼んだ。


 即ち、アゲラータ隊に対しては少々嫌な顔をするように、と。


 その後も、アゲラータと心をほぐそうとしない交渉を続ける。フィラエとは客人待遇で何度か会話の場を持った。会談の際にアゲラータに出す食事は捕虜にしては良いが量は少なく。フィラエは量は普通で質は客人に対してのものを。


「スペンレセ様からの伝令です!」

 十分に餌を撒き終わった段階で、兵が飛び込んでくる。


「オプティマ様をピエモン・フースにて捕捉いたしました! 敵は現在、二千から三千の兵で立てこもっている状態です」


 ピエモン・フース。

 プラントゥムに続く主街道から西に逸れた街だ。無論、プラントゥムは西側であるのだが、山の傍なのである。


(死に場所ですかね)


「第七軍団の残りを連れて私が向かいます。攻撃は止めませんが、決して功を焦らないように」

「かしこまりました」


 少しの休息と蜂蜜、水を与え、兵を送り返す。


「捕虜の解放に入りましょうか」


 まずは、アゲラータを呼び出し、「殺せ」と叫ばせてから、こちらに殺すつもりは無いのだと解放する。鎧も武器も没収するが、短剣と盾は持たせた。他の捕虜も次々と解放する。持ち物は、少しだけ変えて行って。

 フィラエに関しては、鎧だけは取ったが後は全部好きなようにさせた。


「スィーパスとイエネーオスは?」

「既にプラントゥムに入ったものと思われます」

「上々ですね」


 レグラーレ、と唇を動かさずに呼ぶ。


「手筈通りに」


 父を殺した者を、マシディリが許すはずも無い。

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