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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十四章
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家門 Ⅱ

(五人か)


 クーシフォスは、良き兄だったのだろう。


 三歳と聞いている弟と妹が、泥だらけのクーシフォスの服の裾を掴み、隠れるようにしてマシディリを伺っている。母親に抱かれている幼子は、まだ一歳。あとは、六歳と八歳の幼子。


 苦し気に眉を寄せたクーシフォスが、前に出てくる。震えるように唇が開いた。


「マシディリ様」

「スイマスとテラーレはどちらですか?」


 事も無げに、見えないクーシフォスの九歳の弟と四歳の弟の所在を聞く。

 クーシフォスの「二人は」と言う切り出しと同時に、幼子を抱く女性が首を横に振った。目には、光るものが見える。


(そう言えば、テラーレの母親でもありましたね)

 と、言うことは。


「既に、亡くなりました」

「あの女に殺されたんです!」


 沈痛な声の後に、金切り声が上がった。赤子の泣き声も、追ってくる。


「あの人を動かすために。さっきまであんなに元気だったのに!」


 さっき? とクーシフォスに視線を送る。

 クーシフォスは下唇を噛みしめて、首を横に振っていた。


「温かい食事と毛布を」


 おだやかに、されど力強く言う。

 女性も口を閉ざした。涙は零れ落ちているが、感情に任せて動く人間では無さそうである。


 尤も、感情に任せて動く人間なら、生きてはいられないか。


「クーシフォス様、二、三個質問があります」

「はい」

 呼び寄せながら、声量も落とした。


「テラーレの死因は?」

「ヘステイラによる毒殺との主張ばかり耳にしています。何でも、父上の愛人達が死ぬための毒をヘステイラがすんなり取り出したから間違いない、とか」


「スイマスは?」

「落馬です。テルマディニから逃げる際に、馬が暴れて」

「そうですか」


 目を、閉じる。

 殺そうとしていた相手だ。でも、痛ましくない訳では無い。


「マシディリ様、出来れば、全員、助けていただきたいのですが、大丈夫でしょうか?」


「降伏勧告を出した記憶はありますが、殺せと命じた記憶はありませんよ」

「ありがとうございます」


「それから、しばらくはクーシフォス様が面倒を見て、心をほぐしてやってください。あと、母親の追加も忘れずに」

「かしこまりました」


 クーシフォスが頭を下げる。

 そのクーシフォスを追い抜き、マシディリは三歳の幼子二人に手を伸ばした。びくり、と肩が動くものの、それ以上は無い。


「良い兄を持ちましたね。皆さんの命が助かったのは、クーシフォス様のおかげです。必ず、クーシフォス様が守ってくださいますから。間違ってもクーシフォス様を悲しませるような真似はしないようにしてください」


 いつもよりゆっくりと言って、馴染ませるようにもう一度頭を撫でる。


 それから、威圧的にペリースを翻した。

 すぐに兵が寄ってくる。


「ティツィアーノ様から伝令です。オプティマが強行突破いたしました。ですが、ルーゼル川の橋は全て落としてありますので、今日中に捕捉いたします。今は、ケーラン様とミラブルム様が追撃に向かいました」


(流石ですね)

 表情は、変えないが。


「スペンレセ」

「はい」


「ポタティエ隊の他にヒブリット、ユンバ、コパガを付けます。追撃に加わってください。先にルーゼル川を越え、プラントゥムへと向かう街道へ入らせない形でお願いします。

 本来であれば、アビィティロに頼むような役割ですが、よろしいですね?」


「必ずや。私達でも為せることを証明いたします」

「父上の加護のあらんことを」

「はっ!」


 言って、送り出す。

 同時に、ティツィアーノ隊とフィルノルド隊への指示も追加し、伝令を送り返した。


「アゲラータを捕縛いたしました!」

 戦況報告は、次々と。


「メルカトルと思わしき惨殺体を発見いたしましたので、確認をお願いいたします」

 この期に及んで敵が内部抗争を行っている証も出てくる。


(そうなると、テラーレの死の意味合いも変わってくるかもしれませんが)

 追及は、後。


「フィラエを捕縛いたしました!」

 ふんす、と鼻を鳴らしているのは、メクウリオ隊に同行したフィロラードである。

 二人目の高官ですか、とマシディリが呟けば、ぐ、と下顎に力が入ったようだ。


「いえ。最高の結果ですよ」


 そう言って、褒める。

 素直に喜ぶあたりはアグニッシモに少々似ているが、十歳差だ。フィロラードのは当然の反応とも言えるだろう。

 無論、アグニッシモの反応もマシディリにとっては好ましいのだが。


「フィロラードがフィラエを捕らえた、と言うのも良いですね。まさに父上のお導きです」


 レグラーレ、と名を呼べば、すぐにレグラーレが現れた。

 同時に、少し遠くにいたピラストロも手で呼び寄せる。


「捕虜を部隊事に分けられるか確認をお願いします。最低でもフィラエ隊を仕分けることができれば問題ありません」


 レグラーレには、自部隊の高官への確認を任せ、ピラストロには捕虜との会話から探るようにと頼む。


 ピラストロは、百人隊長向きの性格だ。捕虜から自然に情報を引き出せる可能性は非常に高い。その上、探っていると思われても高官では無いのだから情報が下りてきていないと考えさせることもできる。


「確認が取れてから、直接捕虜と話をします。それまでは、メルカトルの確認や褒賞配布で忙しいとしておきましょうか」


「え? でも、あまり豪華には残っていませんでしたよ」


 フィロラードが口にする。

 マシディリは、右の人差し指を伸ばし、唇に当てた。


「私にもしもがあった時、私に貸した財が返ってくると思えますか?」


 フィロラードが目と口を丸くし、それから顎を引いて頷いた。


 そう。配るには十分な量がある。それに、グライオから捕虜になっていた者達を奪い返したとの報告も入っていた。


 なるほど。私兵では無いかと批判する者には、当然サルトゥーラも入ってくるだろう。いや、エスピラを追放するにあたり、罪状に連ねた以上マシディリは批判しないと言うことは許されない。


 その一貫姿勢を褒める者もいるが、感情で考える者はそうは思わない。

 助けてもらった恩を忘れ、批判をするけしからん人物。しかも、父を失って悲しみに暮れている者に対しての攻撃。


 どちらでも構わない。

 どのように転んでも、得になるように動くことは出来ている。


 それに、大事なのはあとからやってくる本国からの批判では無く、今、目の前の軍団を纏めること。


 マシディリは、その日の内に戦果の確認を行うと、褒美の受け渡しも開始した。夜には、ファリチェとの会談の場も持つ。部隊の交換も行い、懐かしの面々との会談も済ませた。ずっと守り続けてくれているモニコースにも手紙を送り、謝意を物資で伝える。


 実際、忙しかったのだ。


「フィラエ隊の判別が終わりました」

 と、朝にレグラーレが来た時には、まだ起きていたほどに。


「肉と蜂蜜を使ったちゃんとした食事を、フィラエの分も用意してください。フィラエ隊も別所に。そこで、自軍兵と同じ食事を与えるように。他の者はまだ捕虜の扱いで構いません」


 それでも、すぐに応対はする。

 次の策を実行に移すために。


「それと、朗報が一つございます」


 レグラーレが声量を落とす。

 マシディリも手を止め、レグラーレに近づいた。レグラーレも膝をするようにして近づいてくる。


「マルテレス様の遺体を回収しました」

 目は、大きく。

 すぐに思考が回転する。眠気などは、まったくない。


「誰が?」

 囁くように、返した。


「ヴィルフェット様が主軸となり、ヴィエレ隊、パライナ隊と協力の上での戦果です。

 マルテレス様の遺体を運んでいたのは、ヘステイラ。オグルノとヒュントが守将のようでした。イエネーオスはスィーパスとその家族を守るようにして撤退。追撃部隊の被害も増えているとの報告があります」


「良い情報ですね」


 次の、スィーパス体制下に於ける力関係の想像がしやすい結果だ。

 何よりも、マルテレスの遺体を手に入れたのが大きい。


「遺体の防腐処理を。それから、クーシフォス様を喪主として、まずはこの場で簡易的な葬儀と協力部族への出席を求めましょう。アレッシアに帰れば、アレッシアでの葬儀を行ってもらいます。その準備もオピーマにさせるように」


 葬儀を主催した者が後継者である。

 それは、古来より続く認識の一つだ。


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