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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十四章
1372/1590

統率会議 Ⅰ

 最初の採決は、当然エスピラ死後の軍事命令権保有者を誰とするかの話。幾つかの意見を交換した後に、全高官一人一人からの宣誓を以て、予定通りマシディリが軍事命令権保有者代理として軍団を指揮することになった。


 あとは、元老院と神殿に伺いを送り、正式に認可してもらうだけ。


 この大任を、マシディリはフィルムに任せた。第二次ハフモニ戦争に於けるエリポス遠征中からマルハイマナとの交渉を一手に担ってきた男だ。実績としても申し分なく、信頼も於ける。最初の接触先はアルモニア。その後、パラティゾにも伝え、最後にサジェッツァに話を通してから元老院にかける。


 これらは、完全にエスピラの死を認める行動だ。


 一方で神殿にはエスピラ直筆の手紙を用いて、マシディリを認めるように、そして新たな占いも行うようにと命令書を送る。


 最高神祇官はエスピラだ。

 エスピラからの手紙であれば、違和感は無いだろう。選挙で決まる以上、エスピラの後は誰かは決まっていない。ならば、神殿が命令書に従うのも自然なこと。


 一方で、違法行為とも詰られかねない危険な橋である。特にマシディリは、父の筆跡を真似して命令書を増やそうと画策しているのだから。


「軍事命令権には東方に関する権限も付与されています。父と私の名で、宗教会議への欠席の返事をしておきましょう。それから、メガロバシラスにエキュス様を派遣し、トーハ族の動きの監視と進捗の確認と言う名目でエリポスの監視を強めようとも思います」


 エキュス・テレンティウス。

 インツィーアで大敗した執政官その人であり、大敗後のアレッシアを支えた将軍であるヌンツィオ・テレンティウスの息子である。妻はトリチェ・ナンクルス・テレンティエリ。べルティーナの友人だ。


 エスピラであれば容易に命令を下せる位置にいる人物であり、裏からマシディリが手を回すことも可能な、丁度良い位置にいる人物である。


「マフソレイオにも今後の食料提供の見通しを尋ねる使者を出しましょう」


(ラクダ騎兵の数も聞いておきますか)

 そう考え、手元に小さく書き留める。


「カナロイア、ドーリス、ジャンドゥール、アフロポリネイオは放置ですか?」

 質問者はフィルノルド。


「カナロイアは後程、ユリアンナへの個人的な手紙を送ります。出産祝いもありますので、あまり関わりすぎるのは良くないでしょう。ドーリスもモニコースについて書いた手紙を後程。ジャンドゥールに対しては、グライオ様に動いてもらうつもりです」


 元老院からも再三あらゆる官職への就任要請がありながら、ほとんど受け付けず、父からの命令のみに従ってきたような男だ。そのグライオが動くのであれば、父の死に対しても疑心暗鬼になる部分も出てくるだろう。


「アフロポリネイオは、いつも通りマフソレイオ伝手に探りを入れます」


「あまりマフソレイオに頼りすぎるのも不味いのではありませんか?」

 クイリッタが言う。


 異母姉だから。

 例えそう言っても、クイリッタは納得しないとは、先の行動が証明している。


「父上なら頼ったからね。今は父上と同じような行動をとるのを優先するよ」


 嘘はつかない。

 それでも、父が本当に死んだのかどうかを疑わせ、各種勢力の動きを鈍らせる必要はある。


 故に、第三軍団も呼び寄せない。クイリッタを始めとする者達も第三軍団の招集をするようにとほのめかすように勧めてきたが、マシディリが拒絶した。


「ハフモニにいるビユーディ様にも、冬営に関するあれこれを伝えると言う名目で確認の使者を送ります」


 フィルノルド、ティツィアーノらアスピデアウス派の高官に反応は無い。

 やり過ぎを懸念するのは、スペランツァか。


「春には、フラシに圧力を加え、プラントゥム西端に橋頭保を築く。その方針で動いているのだとマルテレス様に認識させておきましょう。これまでと、変わらない戦略を取ってくると感じさせれば問題ありません。

 それから、そちらにその気があるのなら、幼子を受け入れる用意がある、とも伝えましょうか」


「はぁっ?」

 と、勢い良く立ち上がったのはアグニッシモ。

 全員と言っても差し支えないほどの視線が、アグニッシモに向けられた。


「兄上! あいつらは、父上を騙して殺した奴等だ! きっと、次も兄上を騙して殺そうとしてくるに決まってる!」


「アグニッシモ」

 やさしく、言い聞かせるように。


 駄目だ駄目だ駄目だ、とアグニッシモが我が儘な子供のように両手を動かした。


「兄上。それは駄目だ。考え直してくれ。兄上、まで、なにかあったら」


 ぐずり、とアグニッシモの言葉が途切れる。鼻をすすり、目元も拭った。


 年齢不相応な幼さは、しかし、ある意味ではアグニッシモを助ける性質でもある。

 この様子を見て、アグニッシモがマシディリに対して叛意があると思う者はいないのだ。芽すら無い。持ちかけたところで、殺されるのが落ち。


 クイリッタが過剰な礼を示してウェラテヌスの団結を示そうとしたのなら、アグニッシモは過ぎるほどの感情の発露で示すことになっている。


「私も再度の交渉には反対だ」

 言葉の無くなったアグニッシモの代わりに入ってきたのは、フィルノルド。


「交渉を持つことは講和を目指しているとも捉えられかねない。今は、弱腰と思われかねない行動は避けねばならない時だ。徹底的に対決の姿勢を、それこそ、冬場の戦闘も辞さない構えを見せる方が得策だと思うが」


「冬場の戦闘こそ兵の心を離す愚策かと」

 ソルプレーサが淡々と言う。


 視線は、フィルノルドには向いていなかった。隣にいるプラチドとアルホールも無言。少し居心地が悪そうに唇を巻き込むように口を閉ざしている。


「本当に冬に戦う必要は無い。気構えだ。言うならば、明日にでも突撃を敢行し、攻撃の意思を示すのが良いと思うが、如何かな」

「隘路の突破は危険が伴います。余計に士気を下げるだけかと」


「君には聞いていない」

「失礼いたしました。私も、マシディリ様に対して意見を述べているつもりでおりました」


 ソルプレーサの顔色は一つも変わらず、フィルノルドも鼻から息を吐きだすだけ。


「私が敵なら、エスピラ様の死で揺らぐ軍団を見逃す真似はしない。実際に、今の軍団は一番弱まっている状態だ。幾ら防御陣地があるとはいえ、受け身でいることは良くない。

 先制攻撃こそ最大の防御になると思うが、マシディリ様は如何お考えか?」


 フィルノルドに他意は無いのは、これまでの付き合いから何となくわかる。

 だが、あまりよろしくない言葉だとマシディリは思った。

 故に、のんたりと向けた目を、これまたゆっくりと戻していく。


「決定の前に、兄上に共有しておきたいことがございます」


 怜、と張られた声はクイリッタのモノ。

 マシディリは、これまた目だけ動かした。


「これを言うと兄上やアグニッシモに怒られ、軍団の士気にも関わるから内緒だと言われていたのですが、会談前に残された父上からの伝言がございます」


「ぢぢうえの?」

 涙に濡れただみ声は、もちろんアグニッシモの声だ。


「私に何かあった時は、マルテレスは連れて行くと。父上がお隠れになってから一週間以内には父上の下へ連れ去ると仰せでした」


 そんな神のような、とスペランツァが呟いた。

 他の数名が「神」と言う言葉に反応を示す。

 父を思えば良くない兆候だ。それでも、今は軍団のために利用するしかない。


「如何にエスピラ様と雖も」

「メクウリオ」

 フィルノルドの言葉に重なることを厭わず、マシディリは声を張った。


「西の森を燃やす手筈を。実行は三日後に願います」

「かしこまりました」


「遅いのでは?」

 ミラブルムの発言だが、ケーランの様子も見るにタルキウス自体の意見はフィルノルドと一致しているのだろう。


「マルテレス様は動きません。父上が身罷られた以上、マルテレス様について最も詳しいのは私です。だからこそ、断言いたします。マルテレス様は動きません。動けません」


 はっきりと、告げる。


「それでも防御陣地だけに頼る防備では、不安が残ると思うがな」


 フィルノルドも、はっきりと言い切ってきた。

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