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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十四章
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その後の世界

 実は、目を開けて起き上がるのではないか。


 冗談が下手な父上のことだからやりかねない、などとありもしないことを考え、そしてありもしないことは起こりえず。


 マシディリは、多くの兵が集まる父の傍を離れた。

 いや、もしかしたら、実は天幕に既に。そんな、ありもしない妄想も首をもたげる。


 エスピラ・ウェラテヌスは死亡した。

 それこそが現実であるが、マシディリは既にペリースを紫からいつもの緋色に戻している。


「マシディリ様が到着されました」


 入り口にいた兵が中に声をかけ、全高官を集めるために作られた天幕が開く。

 数名の欠席はあるが、六個軍団の高官達だ。三十名を超える男達が集まっており、フィロラードら特別に出席を認められた者もいる。


 マシディリがその者達の顔を見回す前に、クイリッタが動いた。


 中央。これからマシディリが歩く道の端に出てきて、片膝を着く。頭も下げていた。この行動に口を丸くぽかんと開けたのは、横に並んだままの目の周りが腫れたアグニッシモ。


「僭越ながらこの場をお借りし、申し上げたいことがございます」

 朗々とした声は、多くの者の背中を叩いて伸ばすはっきりとした声。


「私、クイリッタ・ウェラテヌスは今、この時より正式にウェラテヌスの後継者候補から外れたいと願っております。

 これまでは父上がおり、父上との間で約束を結んでおりましたが、公になることはございませんでした。しかし、もう父上はおりません。そうであるならば、父上の跡を継ぐ兄上と再度この約定を取り交わし、家では兄弟であっても他の場では明確に主従関係とも言える関係を強固にしておきたいと願っております」


 ウェラテヌス内部のこと。

 この場で言うようなことでは無い、と言う意味で、フィルノルドらは眉を顰めたのだろうか。


「もとよりこの軍団はマシディリ様に軍事命令権が移った。我らが従うのは当然のことでは?」


 冷たい発言はティツィアーノ。この言葉が欲しかったのだろう、と言うクイリッタへの不遜な態度も見て取れた。


 しかし、いつもはいがみ合うクイリッタはティツィアーノに対しては反応を示さない。

 代わりに、全体に向けて言葉を発する。



「父上の死は、神託によって予見されていたことでした。


『既に火種を失った。見失った。大事な火種だったのに。数多の炎の中に見失った。

 されど火種は微笑んだ。太陽のもたらした影をも照らす、愛しい炎の僅かに先で。消えてった』


 兄上を炎とする神託をもたらした巫女の言葉です。そして、父上と言う火種を失ったのはマルテレス。兄上の到着を待ったかのように、父上は命を散らしました。


 ならば、兄上が太陽をも超えるのは自明の理。


 父上は東方の植民都市にイペロス・タラッティアと言う朝焼けの名を付けました。太陽は東から昇るからです。ですが、その以前に兄上が西に作ったのはグランディ・ロッホ。偉大な赤。父上も意識した名前。こちらも太陽を意識した植民都市。夕焼け、と言う話もありますが、昇る前に何が沈むと言うのでしょうか。


 太陽は東からしか昇れませんが、兄上の威光は西からも昇る、まさに太陽を超える象徴。現に、兄上は東方遠征を成功させました。ならば、次は西、この地の番。


 これほどまでに神託が当たると言うのなら、兄上の威光は昼夜も地域も問わないと言うこと。兄上以外に適任はおりません。法で定めているのならなおさら。


 今更、兄上が軍事命令権を手にすることに異論はないと思いますが、念のため、言葉に起こさせていただきました」



 不快な言葉だ。

 多くの高官がそう思ったことだろう。


 隠し事もそうであるし、マシディリの命令に従わないと思われていることもそうである。例え事実であっても、嫌な気持ちになることに変わりはなく、事実無根なら憤るのも当然の言葉だ。


「クイリッタ」


 少し、低い声を。

 申し訳ございません、とクイリッタが再び頭を下げる。


「ですが、先に申しておかねばならないのです。この場にのうのうと座る愚弟ですら兄上の足を引っ張ったことがあることを、父上は懸念しておりました」


 マシディリは、視界の隅でスペランツァを確認した。

 父の死後と言うこともあるのか、少々頬を膨らませ、目も剣呑にしている。



「兄上と父上は似ております。


 二人とも基本的な戦略は相手を弱らせることを主軸としておりますが、性格は積極攻撃向きの、前に出やすいモノ。一方で防御陣地等、守りの戦いを得意としており、そのことに自覚も持っておられる様子。防衛拠点の失陥もほとんどありませんでした。


 兄上はマルテレスに物資管理で認められたのが最初の出世であり、父上もお爺様から若くして副官を任せられるなど後方支援で認められたのが大権の始まりです。


 そして、前に出過ぎた父上はその欠点をマールバラに突かれて窮地に陥ったこともありました。兄上も自ら殿を務めるなど良く戦場に出てきております。愚弟の懸念はそこに基づくモノでしょうし、愚弟に同調する者らの意見は愚弟の意見を下地にしております。


 なら、私の言うことは一つ。


 今の父上の戦法は、全ての経験に基づいた先にある。

 兄上が前に出ることを危惧し、非難しているのなら、その先にある父上の戦法を継承してもらうことで矯正が可能である、と」



 クイリッタの声は、少しずつ大きくなっている。

 今も、息を大きく吸った。



「そして、父上とは違います。兄上も、我々も。


 超攻撃的な札として、父上はイフェメラを持っていました。兄上にはアグニッシモがいます。

 万能薬はグライオであり、兄上の万能薬はアビィティロ。

 ヴィンド様が担うべきであり父上の欠点でもあった役割には、ヴィルフェットや我ら兄弟、業腹ですがティツィアーノもいる。

 アルモニア様の役割はファリチェやパラティゾ様。後方支援だけならばもっと多くの者が分割して担っている。


 声を、大にして言いましょう。


 継承はする。

 でも、真似は必要ない。


 兄上は父上を超えていく。そのための手伝いを我らがするべきであり、邪魔する者はこのクイリッタ・ウェラテヌスが全力で以て排除する、と。


 父上の死による動揺だとか、分割だとか、政治だとか。くだらないことはどうでも良い。


 ただ感謝しろ。

 兄上と言う最高の指導者が頂点に立った瞬間に立ち会えたことに。


 今から始まるのはアレッシア史上類を見ない繫栄だ。過去のどんな帝国もどれほど偉大な大王も成し遂げられなかったことが、今、まさに達成される。


 そのこと、良く兵に言い聞かせ、規律の維持のために兄上が愚策を打たざるを得ない状況にならぬように努め、兄上に従うのが我々のすべきことだとは思いませんか?」



(強いな)

 正直、そう、思った。


 軍団の動揺は計り知れない。それは高官達も同じだ。多かれ少なかれ、父の影響を受けた者達しかいないのである。


 その中で、完全にクイリッタは全員の感情をそこらに転がっている俗物的なモノに戻した。

 それも、明確にしないことで、ともすれば軍権以後の忠誠も求めた言葉であるとも出来るようにして。


(ただ)

 雰囲気は、少々よろしくない。


 クイリッタが主導権を握り続けるようにも見える構図も、今後を考えると良くないことだ。クイリッタ自身も望んでいないだろう。


 マシディリは、ペリースの下で、ぐ、と人差し指の第二関節を親指で押してから口を開いた。


「クイリッタ」

「はい」


「決意は嬉しいけど、言葉は分断を不適当なものだから謹慎ね」

「兄上の命令ならば」

「冗談だよ」


 常通りに笑えているだろうか。

 そう考えながら、口角を軽く上げる。


 そのまま、堂々と、クイリッタを見ずに中央を歩き、昨日まで父がいた場所に立つ。


「さて」


 意識するのは、本隊を引き連れて到着した直後の、表向きの父の様子。

 威風堂々では収まり切らない、勝利を確信させる安心感。誰もが従いたくなる、言うことを聞いておけば間違いないと思わせる堂々たる様。


 物真似は、嫌いじゃない。

 父の真似ならば得意だ。


「軍議を始めましょうか」


 マシディリは、言葉遣いだけ自分の物に戻し、全高官に目を配った。

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