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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十四章
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当主マシディリ・ウェラテヌス Ⅱ

 マシディリに攻撃してきた騎兵に投げられた槍が当たり、落ちる。その者を冷静に処理しながら、マシディリは一歩マルテレスに近づいた。マルテレスの前にもう一人の騎兵が下馬して立ちふさがる。


 両軍からは、どんどんと騎兵が近づいてきた。

 速度はどちらもある。

 しかし、より多くの者が勢いよく来ているのはアレッシア軍だ。


 仇討ちの怒りに燃えたアグニッシモと、父親が軍事命令権保有者を害してしまったからこそより一層の働きを求められているクーシフォス。そして、一定の士気を維持したままの仕事人集団であるカウヴァッロ。


 対してマルテレスは血気盛んな者を後ろへの襲撃に回し、マルテレスとの知己を前に残していた。だからこそ、マルテレスの戦意喪失に釣られるところもある。釣られる者達が中核だからこそ、他の者も二の足を踏む。よって数が増えない。


「逃げるのか! マルテレス・オピーマ!」


 まだ背を向けていないマルテレスに対し、マシディリは叫んだ。脇腹に鈍痛が走るが、気にしていられない。


「父の仇であり、アレッシア最強を名乗るのなら、私から逃げることは許さない!」


 下馬した護衛は、既に地面に沈んでいる。

 父譲りとはっきり誰の目にも明らかなオーラ量は、一騎討ちを一方的な展開へと変えていた。


「かかってこい!」


 叫び、顔が歪む。

 瞬間に剣が突き出されてきた。下がり、弾く。二撃目でようやく破壊できた。一方で、マルテレスも死体から武器を回収し構えなおしている。


「っ」


 脇腹、短剣を刺した痕に伸びかける手を、意思で封じる。


 マルテレスも小さく首を横に振りながら、でも何も言わなかった。絵にかいたような沈痛な面持ちである。それでも剣を構え、こちらが打ち込める範囲を限定しながら膝をやわらかくしていた。


 横で、騎兵同士の激突が始まる。

 罵詈雑言と共に両軍の乱闘が始まった。


「父上と親友だと言うのなら、親友の息子による仇討ちに協力するべきではありませんか!」


 乱戦に紛れるマルテレスに対し叫ぶ。

 いや。隠すまい。味方の士気を上げ、敵の士気を下げるために良く通る声を轟かせた。


「マルテレス・オピーマァ!」


 歯肉をむき出しにし、口内が削れんばかりの咆哮を。

 代わりに削れたのは、応急処置をしてもらった腹であった。

 痛みと共に、生暖かいモノが流れ出る。


(こんな、時にっ!)

 これが無ければ追撃を仕掛けられたモノを。


「マシディリ様?」


 フィロラードがすぐに駆け付け、アルビタもマシディリの前に出る。いつの間にやらレグラーレがマシディリの背中を固めた。

 戦局は、完全にこちらが優勢。


「馬鹿なことをしました」

 肩を借りたい気持ちを押さえ、ぐ、と力の抜ける足にさらなる力を籠める。


「腹を刺さなければ、追撃してマルテレス様の首を挙げることも出来たでしょうに」


 下唇を噛みしめるのは、口惜しさと痛みへの対策。

 ぐ、と仁王立ちで、相手を追い立て始めた味方を見守る。


「父上の思し召しでしょう」


 ついには、歩兵も追いつくだけの時間があったようだ。

 クイリッタがフィロラードの肩を叩き、マシディリへの治療を訴えている。慌てた様子でフィロラードがマシディリの腹に手を当てた。


「父上の?」


 フィロラードに感謝を告げ、弟に尋ねる。

 やけに落ち着いているように見えるのが頼もしくも有り、腹立たしくもある。


「腹を刺したことは誰もが驚き、そして誰もが父上の行動を思い出したことでしょう。同時に実感もしたはずです。父上の後継者は兄上しかいない、と」


 自分で刺したんですか、とフィロラードが若干引いたような声を出した。

 不敬、とアルビタが呟く。良く分かっていないフィロラードが尻を抑えることは無かったが、代わりにレグラーレにアルビタが小突かれていた。


「そして、父上はもしもの時の策を幾つか残しております。その中には、今、怒りに任せて攻め滅ぼさない方が良い策もございました」


 マシディリの眉間の皺が深くなる。

 あの時に言っても聞かないと思いましたので、とクイリッタが白々しく言った。


 確かに、その通りではある。

 でも、釈然としないのも致し方が無い。


「兄上。父上は生き残るつもりだったからこそ、兄上には言わなかったのです。死ぬつもりなら兄上に託しておりました。そのことを踏まえたうえで、良きところで撤退を。父上も、何時までもこのような状態にしておくわけにはいきません」


 目を動かす。行き先は、当然シニストラに抱きかかえられている父だ。


 財も人も実績も無かった状態のウェラテヌスを、今やアレッシアで一番の家門まで押し上げた傑物。その遺骸が、戦場の中央で風に吹かれている。僅かにペリースに守られるだけで、どうしようもなく放置されているのだ。


「ウェラテヌスか」

 肩が、一気に重くなる。


「アレッシアも、です。兄上」


 気も遠くなりそうだ。


 父が死んだとなれば、どうなるのか。


 間違いなく動乱が訪れる。父がいるからこそ黙っていた者、従っていた者も多い。父が増やした被庇護者に関しても、少しでも家門に戻そうとする者だっているかもしれない。反乱も相次ぐだろう。そうなれば、マルテレスも息を吹き返す。


 大事な、ことは。


(べルティーナ)

 常に背筋を伸ばしている愛妻を思い浮かべる。

 今、最も傍にいてほしい人だ。でも、いない。


「最低でもマルテレス・オピーマを討ち取ってからのアレッシアへの帰還にしないと、か。クイリッタ。ある程度で良いけど、父上が元老院に送る予定だった手紙はあるかい?」


「ございます。エリポス諸国家に対しても」

「一部の手紙には私の署名も追加するから、用意しておいて。父が死んだことは否定しないけど、いる時と変わらない命令を下していこうか」


「緘口令まで敷いた方がよろしいかと」

「そう、しておこう」


 頭が回らない。

 すぐに利点と欠点の計算ができないが、父の死を隠した方が良いのは事実。


「元々陣地攻略の準備はできておらず、後方も気掛かりです。敵軍を前面から追い払ったのちは、隘路まで追撃しなくて結構。すぐに軍団を引き返し、陣の防備を固めるよう願います」


「かしこまりました」


 もう、光の打ち上げを遠慮せずとも良い。

 マシディリの言葉は光となってすぐに全軍に伝わっていく。


 怒りに満ちた兵団が簡単に止まることは無かったが、指示は指示だ。敵の抵抗も激しく成れば、自ずと足も止まっていく。


「アグニッシモ隊は後方の支援に。メクウリオ様の第二軍団もそちらに回ってください」


 そして、怒り狂う軍団には新たな餌を。


(第一軍団、か)

 扱いが難しいのは、父直属の軍団。誇りがあり、実績も多く、最精鋭と言う矜持もある。

 故に、マシディリの命令に素直に従うかどうか。


 彼らだけでは無い。

 今回は従ったメクウリオも、父に見出された者。フィルノルドも父と同僚執政官であったことを誇っている。ジャンパオロも建国五門の当主だ。


 緊急の事態故に軍令に従ったのは、彼らの理性。

 しかしながら、事が落ち着けばどうなっていくのかは分からない。


(杞憂だとは思いますが)


 マシディリは、陰鬱な溜息を吐かずにはいられなかった。

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