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そして、動き出す

「穿ち過ぎじゃないか?」


 マルテレスが非難めいた色で目を細めた。

 サジェッツァは変わらない。


「それがエリポスの高級娼婦のやり方だ」


 エスピラの目の前に置かれたコップは、エスピラの要望通りに酒量が少なめになっている。


「影響力を持ったところで、ヘステイラがアレッシアの足を引っ張るわけじゃないだろ。エスピラもそう思うよな」


 同意を求められはしたが。


「私はヘステイラを知っている訳では無いからな。マルテレスには悪いが、何も言えないよ」

「あの女がアレッシアで生まれ、アレッシアで育ったのなら何も文句は言わない。だが、あの女はエリポスで生まれ、マフソレイオで育ち、マフソレイオで知識を得た者だ。アレッシア語の習得もまだの者がアレッシアの者の死を望むのは非常に腹が立つ」


 最後の最後だけ怒りと言う感情を露わにして。


 サジェッツァが思いっきり酒を煽った。


「とはいえ、アレッシアに連れてくることを後押ししたのも私だ。マルテレスは信じていれば良い。私だけが穿った見方で警戒を続けておく。それだけの話だ」

「普通はそう言うこと言わないんじゃねえの?」


 皮肉や恨み節ではなく、笑いながらマルテレスが言った。


(そう言う器用さがサジェッツァにあればグエッラに奪われることも無かったはずだけどな)


 奪われた、と言うより半分になった、が正しい所ではあるが。


「アレッシアにはアレッシアの文化がある。エリポスの良い所を取り入れるのは良いが、護民官以上を狙えるのだからそのことを忘れるな。と言いたかっただけだ」


 ああ、とマルテレスが顔を歪めた。


「それで我慢していたのか? お前なら護民官のいちゃもんを突破する術の一つや二つはあっただろ?」


「見極めるためだ」

「見極め?」


「メガロバシラスが牙の無い獅子だと思い込んでいる者か、メガロバシラスは伏しているだけの獅子と思っている者か。誰が、どちらなのか」


 マルテレスの目がエスピラに来る。

 このために地図を描いた板を盆の代わりにしたのか、と思いながら、エスピラは指をさした。


「今のアレッシアにとって、何をされるのが一番つらいと思う?」


 指を置くのは右側。半島を中心とした地図でも、僅かにエリポス圏内も入っているのが見える場所。エリポス圏に意識が行くような位置。


「…………遠くを攻められること、か? でも、今のマールバラに攻城能力は低いはずだろ? 街を落とすふりをして誘い出されるのが嫌ということか?」


 マルテレスの目がインツィーアのあるあたりに移動した。


「食糧庫のインツィーアを落とされれば困るが、インツィーアの攻略はグエッラ様が許さないさ。怪物とも言えるマールバラとは言え、流石にアレッシアの副官として兵を統率できた人物に背を向けられるほど余裕は無い、と信じたいな」


 それができるからこそ半島内にわざわざ入ってきた可能性もあるが。


「随分とあいまいだな」


 マルテレスが笑う。


「グエッラ様が軍事命令権保有者として指揮を執る会戦は今回が初めてになるだろうからな。フィガロット様がグエッラ様の下に着いたが、あまり軍事的によろしいとは言えない。平民が中心となった軍団で貴族が中心の騎兵がどこまでやる気を出してくれるのか。まあ、グエッラ様なら丸め込むかもな」


 エスピラの左側の口角がだけが上がってしまう。首はやや右に倒れ。

 マルテレスがエスピラの肩を組むようにしてエスピラの姿勢を正してくれた。


「ボストゥウミ様もアモレ様も経験は豊富な訳だし。って、慰めて良いのかは分からないけどな」

「教育方針の違いを痛感したよ。軍団長補佐以上でサジェッツァの軍に居るのはサジェッツァと私とクヌート様とコルドーニ様。建国五門の三名に一番アレッシアで力を持っていたセルクラウスと来たもんだ」


 クヌートはタルキウス。カルド島で騎兵隊長を務めていたスーペル・タルキウスの従兄である。


「まあまあ。話を戻そうぜ。エスピラは、というかサジェッツァも? 何がアレッシアにとって一番厄介だと思っているんだ?」


「ディティキを攻められることだ」


 エスピラより先にサジェッツァが地図を指さした。


「海の向こうだろ?」

「海の向こうだからだ」


 返事をしたサジェッツァが少し紅い頬のまま続ける。



「アレッシアから容易に援軍は送れない。それでも見捨ててしまえば踏みとどまっていた半島内の諸都市ですら裏切りかねなくなる。それに、メガロバシラスには最高峰の攻城兵器と栄光の密集隊形ファランクスを司る重装歩兵、大王の記録があるからな。ディティキを落とすことは造作もなく、メガロバシラスが力を示せばエリポス諸国が割れてもおかしくは無い。そうなれば口やかましい奴らは厄介だ。


 それだけじゃない。メガロバシラス優位と見ればマルハイマナも協力しかねない。マルハイマナがハフモニにつけばマフソレイオが挟み撃ちの形になる。マフソレイオがハフモニ経由でマルハイマナと講和してしまえばアレッシアは終わりだ。


 そこまでひっ迫していると、兵力に余裕が無いと何故分からない。

 会戦は行うべきではない。行ったとしても、兵力は極力少なく維持し続ける必要がある。少なくとも、私は私が守り抜いたこの二万の兵をそのまま任期が切れるまで守り抜く責務があるのだ」



(そう言えば前から飲んでいたな)

 と、エスピラは改めて思った。


 マルテレスら、いわばサジェッツァに対しての監視の名目もあってやってきた補給部隊と昼間にあって、飲んで。飲んでいるからこそ新たに副官に指名されたエスピラは顔を出さずにコルドーニと共に軍団の維持に努めていたのだ。


「他国への侵略こそ減ったが、メガロバシラスは北方民族とは戦っている。一大国家を築き、今もマフソレイオとマルハイマナと言う大国として名残がある歴史上まれにみる軍事国家と同じ国だった超大国の、その名を使い続けている国だ。今もエリポスの盟主として君臨し、ハフモニやマルハイマナまで警戒している国ならば今も強大な力を有しているとみるべきだろう」


 サジェッツァの愚痴のような言葉を受け、ちょっと追い込まれればすぐこれか、とマルテレスが肩をすくめた。


 順調に積み上げてきたここ数年が、たった一年の敗北続きでこうも情勢を反転させられている。あまりの変わりように、という話だ。


「馬鹿々々しい。問題は目の前にあるものだけじゃない。自分の利益を考えている場合では無い。そんなことも分からない者ばかりなのか。兵の被害が大きく成れば勝っても意味が無い。大王の侵略で、そのことを一番良く分かっているのはアレッシアでは無かったのか」


 酔ってんな、とマルテレスがエスピラに目で訴えてきた。

 独裁官任命の経緯からして酷いモノだからな、とエスピラも目で返す。


 無言で会話した結果の二人の結論は、しばらくは吐き出させてやろう。一段落してから、水を飲ませようか、と言うモノ。


「特にナレティクス。建国五門だろう? 長く生きてきた一門だろう? ならばせめて息子の一人はこちらにやるとかすれば良いモノを。酒と性で頭が朦朧としてきたか」


 いや、それは今の私だな。とサジェッツァが小さく吐き捨てて折角混ぜ合わせた酒を一気に飲み干した。ベッドの下に手を伸ばして、新たに山羊の膀胱を取り出してコップに中身を空けた。色と匂いから、エスピラはそれがウェラテヌスの酒造でできた物だと分かる。ちょっと高級な、大変な友へのプレゼント。


 それを一気飲みはせずに、ちび、ちび、と口に付けて愚痴を吐き続けているのを見て、エスピラはマルテレスと「まだ大丈夫そうだ」と目で会話した。


(アグリコーラの恨みもあるかもな)

 と漫然と考えつつ、エスピラはだからこそ自身がフィガロットの下について動きを警戒していたのに、と心の中で溜息を吐いた。


 もう少し、多くの出来事に対処できるようにならねばならぬ、と。


 グエッラにとっては簡単に目を逸らすことができた自分は本当に若輩者だ、と。


「報告がございます」

 とアルモニアの声が聞こえたのはサジェッツァがマルテレスにも新しい酒を注いだ時だった。


「入れ」


 ぶっきらぼうなサジェッツァの声の後、天幕が開く。

 入ってきたのはアルモニアと百人隊長の一人、それから奴隷が二人。


 開いた瞬間に見えた外はまだ暗く、僅かに空に黄色がまざっていた。


「グエッラ様の軍団が陣を引き払い布陣を始めました」

「後数日もすれば雪が降ったものを……!」


 眉間に皺を寄せて重々しく吐き出したサジェッツァをマルテレスに任せ、エスピラはアルモニアに詳しい話を聞き始めるとともに奴隷に命じてソルプレーサを連れてこさせたのだった。


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