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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十四章
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当主マシディリ・ウェラテヌス Ⅰ

 死に体のマルテレスが放った力任せの一撃。

 それは、まさに幸運の一撃としか言いようがなかった。


「は?」


 上がっていた息も、上下するのを抑えられていなかった肩も、完全に止まる。


 技巧も何もあったものじゃない適当な一撃が、何故、父の首に当たるのか。それも、何故、動脈を切ることができるのか。


 数秒の、間。

 それはこちらの陣が無言になっている時間。

 父も理解が追いついていないのか、動きが無い。


 そして、崩れ落ちる。



「マぁアルぅ、テレスぅウウウ!」


 マシディリは柵を掴むと、蹴り破るように咆哮を上げた。


「あああ!」


 野生の獣染みた咆哮を上げながらも、理性では理解していた。

 こんなことを叫ぶ権利は無い、と。

 何人の人を殺してきたのか。死ねと命じて来たのか。処刑してきたのか。


「ぅうぅうヴう」


 だからと言って父の死を受け入れなければならない理由にはならないことも。


 柵を、もう一叩き。

 マシディリは短剣を抜き放つと、誰にも止められる間もなくすぐさま腹に突き刺した。


 痛い。

 一気に熱がこみあげてくる。

 同時に、余計な熱が排出されていくような気もした。


「マシディリ様!」

 叫ぶ兵に、まずは手のひらを。決して焦らず、常通りの速度を意識して。


「治療を頼みます。応急処置で構いません」


 声も、普段通りに。

 周囲の兵のざわめきは、収まったか。いや、種類が変わっただけだ。エスピラの死に対する衝撃から、マシディリの行動へ。


「兄上」


「今から全ての軍団は私の指揮下に入ります。全軍、攻撃準備を。アグニッシモ、クーシフォス、カウヴァッロ様の全騎兵は合図とともに真っ先に攻撃に入るように。

 副官代理はクイリッタ。我が最愛なる弟しかあり得ないよ」


「かしこまりました」

 クイリッタが膝を曲げ、頭を下げる。

 その間にも治療は進み、痛みは残るが止血は完了した。


「門を開けてください」


 一瞬戸惑ったのは、門の前に陣取っていた兵。

 困惑の表情はそのままに、動きが止まったのはその一瞬だけで門を開けだす。


「しかし、エスピラ様の行動は一騎討ちを示すモノでした」


 慌てた声の主はスクトゥムだ。

 彼が言わずとも、他の者も心には思っていただろう。


「あれが、アレッシア人の一騎討ちの作法ですか?」

 郎、と声を張る。


「その昔、ウェラテヌスの父祖である大コウルスが一騎討ちに臨んだ際は、手紙のやり取りも行い、日時を定めて行っていました。今回は違います。あれは、北方諸部族の作法。分かりやすいから戦場で用いただけで、アレッシア人同士の戦いで用いるべき作法ではありません」


 そうして、陣の外へ。

 出た直後に、レグラーレがマシディリを追い抜いた。片膝を着き、布を掲げる。


 紫色のペリース。

 父の、予備。


 マシディリはペリースを受け取ると、歩きながら大きく広げた。両陣営からはっきりと見えるように羽織る。


「マシディリ様」

「フィロラードは待機。何かあるまでは此処で。あれば、すぐに来てください」


 言って、道中の槍を抜く。

 アルビタはそこからの中間地点で離れてもらった。


 敵陣からも二騎、途中まで出てくる。止まるのは、マルテレスと共に数多の戦場をかけて来た武者だからか。


 彼らに対し、マシディリは特段の反応を見せずに歩き続けた。

 敵の騎馬も、馬をなだめるようにその場で回りながらマシディリに視線を向け続けてきている。


 勝ち目と、礼儀。

 それを思えば、今のマシディリの行動は軽率に過ぎるかもしれない。


 でも、必要な行動だ。

 即座の仇討ち。その意思表示と、周りが止めたと言う事実。これらが揃ってウェラテヌスは威信を落とさずに本格的に戦いの継続へと駒を進めることができる。


「マシディリ」


 父の死体を抱きしめたままのマルテレスが、声をこぼした。


 恨みはある。

 恩もある。

 同情だって抱いている。


 それでも、全ての感情を排してマシディリは冷たく師匠を見下ろした。

 槍を回転させ、斜め前に突き刺す。


「父上を返していただきます」

 剣を抜き、赤のオーラを纏わせた。


「待ってくれ。エスピラは、俺の親友なんだ」

 無言で、一歩。

 父を抱いたまま、マルテレスが剣を前に出した。あちらの剣も赤く光る。


「児戯」

 冷たい一言は、自身への克己。

 エスピラの剣は軌道上にあったマルテレスの剣を破壊すると、そのまま右腕を切りつけた。


 どかり、と地面を蹴る音がする。

 二騎が既に動き出していた。


「待て!」

 マルテレスが後ろに叫ぶ。

 騎兵は、急には止まれなかった。


 それでも主の意思を汲み、大回りをする形で速度を落としながらやや後退する。

 その間にマシディリは槍を掴み、地面から抜くとマルテレスの傍に投げ落とした。


「どうぞ。次の武器を」


 マルテレスの眉間に皺が寄る。

 口元は苦し気に歪んでいった。


「マシディリ。俺に戦う意思はもう無い」

「私にはあります」


「エスピラの前だぞ! 親友と息子が殺し合うのを、エスピラが見たいと思うのか?」

「ではご自害を」


「マシディリっ」

「御尤もな言葉ではありますが、間違っても父上を殺した者に言われたくはありませんでした」


 剣を構える。

 待て、とマルテレスが右手を伸ばした。

 ゆっくりと、父の体を下ろしていく。


「エスピラの最期の言葉は、「メルア」だった。風のような声だったけど、俺にはそう聞こえたよ」


「父上らしいと言うべきでしょうか。それとも、母上らしいと言うべきでしょうかね」


 一歩ずつ、こちらを向きながらも慎重に下がっていくマルテレスに対し、マシディリも心の中では慎重になることを意識しながら堂々と父の亡骸に近づいた。


 微笑んでいる。

 本当に、母が迎えに来たような顔だ。


「ちちうえ」


 熱くなる目頭は、おもいっきり目を閉じ留めて。

 まだ少し温かい父を抱き寄せると、マシディリはすぐに下がった。


「シニストラ様。父上を、頼みます」


 後方支援はアルモニア。情報はソルプレーサ。難局にはグライオ。

 父はあらゆる者に対して絶大な信頼を寄せていたが、その中でも一番信頼していたのはシニストラだろうと、マシディリは思っている。


「は」

 シニストラが、父の亡骸を抱き寄せるように受け取った。

 ぐ、と口が閉じられ、ゆるゆると開かれる。


「エスピラ様は、先の一騎討ちの合図はあくまでも北方諸部族式の合図であると仰せでした」

「かしこまりました」


 静かに言うと、マシディリは父の傷を父のペリースで隠した。

 自身の剣を仕舞い、零れ落ちていたウーツ鋼の剣を握る。


「マルテレス様」

 怒気を、闘気に。


「貴方が武器を手にするたびに、一つずつ。全てを破壊し、圧倒的な力の差を示させていただきます。マルテレス様が父上との一騎討ちの後だと言うのなら、私も、マルテレス様の無道の策によって後方から此処まで駆けてきたと言っておきましょう」


「マシディリ」

「約束を破ったのはそちらからですよ」


 先の、父の戦い方とは違い大雑把な動きで近づく。

 マルテレスが槍を構えた。こちらも先ほどよりも力が無く、先すら力なく揺れている。その槍を、マシディリは遠慮なく破壊した。


 追撃の一撃。

 マルテレスは下がって避けるが、腰が引けたようにも見えたはず。


 更なる追撃は、一気に加速しての蹴り。本気で蹴とばした。


「次の武器を」

「貴様!」


 騎兵の一人が、突撃してくる。もう一人はマルテレスの回収に。


 攻撃手段は槍。衝突の瞬間に手を放すのが普通だ。だからこそ、冷静に見ることができる上に自由に動ける状況では合わせるのはそこまで難しいことでは無い。


 そして、乱入を黙っていないのはこちらも同じ。


 マシディリによって槍が破壊されると同時に、マシディリに集中しすぎていた騎兵に対して石が投げ込まれた。騎兵では無く、馬の顔面に当たり、馬が大きく反応する。


「マシディリ様!」


 フィロラードによる追撃は、完全な合図。

 両陣から、獰猛な獣が解き放たれた。

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