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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十三章
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空に浮かぼうと、井戸に映ろうと Ⅰ

「どういう意味だ、エスピラ」

「こちらが聞きたいよ」


 馬の嘶きはマルテレスの耳にも届いているはずである。

 ただ、マルテレスはこのようなことをする男じゃないことはエスピラも良く知っていた。今回の反応も、マルテレスが持ちうる情報量を考えれば不思議では無い。


(マシディリなら、オーラをこちらから打ち上げることは無い)


 それも加味すれば、後方にいる敵はフラシ騎兵が主軸。あるいは罪人側を雇ったか。仮に、アレッシア側が罪人と断定したノトゴマの残党を受け入れたのなら、外交的にもやりようは幾らでもある。


「騎兵は増えたか、マルテレス」


 持ちこたえられないことは無いが、マシディリの性格だ。この奇襲に対して、最前線で鼓舞しながら戦う可能性は非常に高い。騎兵で防御陣地を攻略するためにも投げ槍などを多めに用意し、指揮官級の人間を集中的に狙って混乱を生じさせる策もあり得るだろう。


 愛息の勇敢さだけが、ただただ心配だ。


「俺は、こんな策を認可した覚えは無い」

(だろうな)


 自軍のざわめきが、離れた此処からも把握できる。

 エスピラですら気づくのだ。後方の異変に気付かないはずが無い。


(アグニッシモへの挑発が本命か)


 自軍の一角、最も行動が見られた右翼騎兵を見ながら思う。


 交渉、しかもこちらの善意にすがる行動を見せておきながら、悪意で返してきたのだ。マルテレスの幼い子供達の受け入れと言うのも、マルテレスの子供達と愛人を殺したアグニッシモが一番意識してしまう事柄であったのは間違いない。


 即ち、アグニッシモを狙ったような策。

 欲しているのはエスピラの命では無い。

 アグニッシモの心を乱し、暴走を誘い、討ち取る。

 マシディリは後方に拘束あるいは後方で討ち取る策があるのか。


(ティツィアーノの言う通りかもな)


 アグニッシモを討ち取れば、マシディリはこれまでのような作戦は立てられない。


 マシディリまで討ち取られれば、完全に軍団は瓦解する。マルテレスとオプティマ両名を同時に敵に回して持ちこたえられる可能性は一気に下がってしまうのだ。


「エスピラ。会談は一旦中止だ。確認を取ろう。互いに。今なら止められる。だろ?」


 自軍右翼には、既に紅い一団が見て取れた。その前にも多くの者がいる。

 一方で敵陣もにわかに動き始め、長物が多く天を突き始めていた。どちらかと言えば視覚効果か。より、アグニッシモを煽るための。


 エスピラは、紫色のペリースを翻してマルテレスに背を向けると、旗まで歩いて行った。


「お前の、子供を殺した側が言う言葉では無いかもしれない」

 ぐ、と旗の柄を掴む。


「だが、私は私とメルアの子供達を脅かす者に容赦はしない」


(約束は守るよ、メルア)

 碌な死に方はしないだろう。でも、構わない。


『子供達を守って』

 その言葉を胸に、旗を抜く。


 何よりも目立つはずだ。旗とペリースがエスピラを何倍も大きくし、中央の目立つ位置と言うのも必然的に注目を集める。


 その舞台上で、エスピラは旗を回した。頭上で。ぐるりと。

 それから、大きな動作で右手を後方にやる。自軍に対し、横に倒した旗を向けた形だ。


 マルテレスが、下唇を噛む。顎は引かれ、目はエスピラに向いているが、うつむき気味。


「本気か?」


「指揮官同士の一騎討ち。まあ、親友同士の戦いなら、らしい、と言えるとは思わないか?」


 ぽい、と旗を捨てる。

 腕に少々残る疲労は大きな不利益だ。

 ただし、微塵も顔に出さず、顎を動かす。会見場の右横へと誘う動きだ。

 マルテレスも無言のまま、横に出た。左手が剣の鞘を押さえ、右手が柄の直上にある。


「シニストラ」

 小声で、長年の戦友に声をかける。


「はい」

「手出しは無用だ」


「……承知いたしました」

「それから、あくまでもこのやり方は北方諸部族式の一騎討ちの合図だと言うことを忘れないでくれ」


 左目のみを閉じ、すぐに前を抜ける。


 普通にやれば勝てない。


 エスピラは、恐らくマルテレスも彼我の実力差ははっきりとわかっていた。この勝負は圧倒的にマルテレス有利な戦いである。鎧を着ていればなおさらだ。エスピラはいつも軽装鎧であるが、もっと言えば無い方が強みが活きる。エスピラの一騎討ちにとって、鎧は重石だ。


 勝ち目があるとすれば、そこ。

 そのこともマルテレスも知っていること。


 赤のオーラ使いの得意剣術は大上段から放つ渾身の一撃。防御をオーラで破壊するか、出来ずとも敵の武装ごと敵の頭をかち割る必殺の一撃だ。


 同時に、その前にも一つ、多くの者が練習する技がある。

 それは、白のオーラ使いなどが得意とする紙一重で避けることを前提とした突進を防ぐ抜剣術。抜きながら放つ斬り上げ。下から斜めに上がってくる攻撃を防ぐことは、振り下ろす攻撃を防ぐよりも難しい。


(神よ。私に、力を。友を斬る覚悟を)

 革手袋に口づけを落としてから、エスピラは剣を抜いた。


 カクラティスから贈られたウーツ鋼の剣では無い。普通の剣だ。心拍数の上昇を戻すために、ゆっくりと呼吸をする。腹を膨らませ、薄めて。目はしっかりとマルテレスを睨みつつ、剣は『見え方』を意識してゆるりと返した。刀身が陽光を反射しただろう。


 体の動きでは呼吸は深く。口では浅く。指先一つ一つに意識を向けながら、マルテレスの観察も忘れない。吐く呼吸を長く、吸うのを半分以下の時間で。


 ゆるり、と伸ばしていた右手を引き寄せた。

 左手も緩く添える。

 左足を前に、剣を斜め、平面となる部分をマルテレスに多く見せ、体を隠す。


 マルテレスの顎が上がる。

 一瞬で剣が放たれた。足は動いていない。


(まず、一つ)


 此処からは、ほぼほぼ間違いなく大上段。

 マルテレスも無言のまま、腕を上に持っていった。僅かな金属音と衣擦れの音が届く。風はほとんど無い。


 完全に真上と言うよりも、右側で、剣が上がる。


 柄頭の太い剣だ。柄もやや内ぞりのマルテレス仕様。振り下ろす一撃に特化した仕様。


 悪いことでは無い。

 特に乱戦時は、縦の一撃と言うのは味方の邪魔をしないで済むのだ。


 同時に、マルテレスは師匠でもある。マルテレスが普段通りの大上段からの一撃を披露することで弟子たちの迷いを捨てさせることができるのだ。


 振り下ろすだけで良い。

 それに、全精力を傾けろ。

 まずはそれから。敵の出方も大事だが、自分を貫けた者が生き残れる、と。


(知っているよ)


 全部。


 親友だから。


 息を吐き切ると、エスピラは体勢を整えた。

 マルテレスの剣が特製なら、エスピラの剣も特製品だ。

 材料費に糸目は付けず、丈夫さは変わらないが少しでも軽い素材を。そう選んでおきながら、刀身はやや短く。


 膝をやわらかくしたまま、エスピラは不動を貫いた。

 マルテレスも動かない。剣もそのまま。


 マルテレスが必勝を期すなら、この時点で剣にオーラを纏わせるのが普通だ。総量で上回れば、赤のオーラほど戦闘に向いた色も無い。黒であればより多くの量を必要とされるが、僅かでも上回れば敵の武器に損害を与えられる。そこに、マルテレス程の剛撃を加えれば武器の崩壊も近いのだ。


 エスピラは、僅かに剣を動かした。

 マルテレスの目だけが微量の反応を示す。


 身長も、マルテレスが上。体重もマルテレスの方がある。腕の長さもマルテレス。足も同じ。

 かと言ってマルテレスは愚鈍な訳では無く、野性的な感性とそれに従って動かせるだけの肉体も保っている。


 恐ろしい相手だ。

 エスピラがこれまで戦ってきた者達の中で、一番個人武勇に優れていると言っても過言では無い。


 それでも。

「許せ」

 エスピラは、小さな隙を生み出した。


 無論、誘い。分かっていながらマルテレスも乗る。


 しっかりあったはずの距離が既に無く、マルテレスの間合いでありエスピラの剣が届かない距離。エスピラも射程に入れるべくすぐに足を動かす。赤い光が一気に輝いた。空まで立ち昇る、見せも含めた一撃。


 一刀剛撃。

 エスピラが僅かに剣から逸れる位置に移動しても構うことなく振り下ろされた破壊の剣。光に触れるだけで全てを壊す圧倒的な量を誇る一撃。


 誰もが、次の景色を理解した。

 瞬間、誰もが視力を失った。


 破壊のオーラを一瞬でかき消す緑の光。


 エスピラは、振り下ろし切らないつもりで放ったマルテレスの剣戟を利用し、剣を下げるとそのままマルテレスの首に狙いを付けた。

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