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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十三章
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友と親友 Ⅰ

 足裏に、でこぼことした感触が伝わってくる。

 アグニッシモによる騎兵訓練の跡だ。カウヴァッロは主に重装騎兵を担当しているため、訓練の様子は秘しているのである。


 静けさは、緊張感と瓜二つ。


 季節と朝の冷たさにより引き締まる身と心は、あるいは過剰な引き締めをもたらしてしまうモノか。


「ユリアンナ様の御子の名前をエスピラ様が考えると聞いた時、レピナ様も大層羨ましそうにしておりました」


 此処で、と言おうとした時に、フィロラードが言ってきた。

 足はシニストラが立てた槍の場所で止まっている。


「レピナに対して『様』付けは、と思ったが、それが二人の形なら止めないよ。できれば、二人が砕けた様子であることが私にもわかれば嬉しいけどね」


 片目を閉じ、頬を緩める。


「話し合ってみます」

「はは。真面目だね。多分、いきなり呼んでも次の日には受け入れていると思うよ」


 笑いながら手を振り、歩き出す。

 表情は再び整えて。


 引き締め過ぎず、緩め過ぎず。

 大気の冷たさに引き締めを任せ、フィロラードとの会話により心を温める。


 決戦は、すぐそこ。

 絨毯に足を乗せ、堂と見下ろす。


(さて)

 と、エスピラは、親友の前に両の足で立った。


「とても特異な戦争だとは思わないかい?」


 よお、とでも言いたげに挙がったマルテレスの手の指が、ゆるく丸まった。

 彼の返事を待つつもりも無い。


「手紙のやり取りの数も、直接会う数も多い。そうだろう?」


 言いながら椅子を回り込むと、エスピラはどかりと座り込んだ。


「エスピラが特異なだけだって。アイネイエウスとも山小屋で会っていただろ?」

「友人だからね」

「数回会っただけで?」


「十分だよ。尤も、アイネイエウスはカルド島に赴任してからずっと私のことを調べていたらしい。もちろん、私もエリポスから帰ってくる前に調べ始めたよ。


 だから、良く知っていた。誰よりも良く知っている。

 今の私を見て、アイネイエウスは何と言うかな。反乱者と処刑の数を見て、やはりと言うか詰るのか。詰りはしないか。ハフモニと重ねられるかもしれないけどね」


 視線が自ずと落ちていく。目に映るのは自分の指。机の上に乗せ、傾いている右手。


「マシディリも、処刑者の数には思うところがあるんじゃないか?」


 マルテレスの声量は、常よりも少々落ちている。

 それでも、エスピラは変えるつもりは無い。


「似てる、と?」

「言ったら怒るだろ」

 まあな、と認めつつ、エスピラは視線をマルテレスの横に動かした。


 遠くに蠢く兵達が見える。並んでいるのは見えるが、出て来てはいない。前面に並び、ある者は旗を動かしているようにも見えた。


「でも、分かりやすく伝えるには良いかもな。アイネイエウスも、マルテレスに勝利している。軍団をまとめ上げることにも長けていたし、彼自身は後方支援係としても優秀だ。

 本当に、アイネイエウスが私の傍にいてくれれば、マシディリが二人いるようなモノだったかな。

 尤も、マシディリの方が優秀だけどね」


「いつもの親馬鹿か」

「事実だろう? マシディリは、お前に完勝している」

「アイネイエウスにも負けたよ」

「アイネイエウスは高官をほとんど討てなかった」


「ブレエビ様とラシェロ様はあの戦いで死んでるだろ?」

「エクラートンでの狼藉と言う罪があったからね。アレッシア内部での政争も関係あるが、軍団の約束事を守らず、マルテレスからの頼みも聞かず、軍事命令権保有者である私の命令も無視した。当然の末路だろう?」


 尤も、ブレエビは処刑、ラシェロは戦死に見せかけた暗殺であるが。


「ヴィンド、ネーレ、イフェメラ、ジュラメント、ジャンパオロ、ルカッチャーノ、カウヴァッロ、プラチド、アルホール、ソルプレーサ、シニストラ。私の高官は全員生きて帰ってきたよ。カルド島からはね」


 ふっ、と息を吐きだす。

 冷たい空気が今は丁度良い。白くなった息が透明に消えていくのも、悪くない。


「カルド島では私が合流したように、ケラサーノ後にはオプティマが合流した。

 でも、無意味だ。

 ケラサーノで五人もの高官を失った。しかも、副官と騎兵隊長と目される二人を含んでいる。兵の損耗率も七割五分。精鋭歩兵すら失った七割五分に入っているのだから、大敗も良いところじゃないか」


「あれは、酷かったな」

 マルテレスが笑うことのできていない苦笑をした。歪で硬い表情で、肩を無理に揺らしている。


「だがな、エスピラ。オプティマは無意味じゃない。その後の戦いで優勢に事を進めたのは俺らだ」



「結局後退して行ったことを、優勢とは呼ばない。


 さらに言わせてもらうなら、マシディリが撃滅を主目的として戦ったのはケラサーノまでだよ。以降は、本隊到着のための整備が主目的さ。港を手に入れ、拡張し、道も整備する。


 私がそう命令しているからね。

 嘘だと思うなら、命令書も持って来よう。


 それを思えば、マシディリは完全に命令をこなしたよ。現に三倍近くに膨れ上がったアレッシア軍団は誰も飢えていない。


 で、だ。


 マルテレス。君は、戦場で優勢に進めていたとしても結局後退を強いられ、しかも相手に目的を達されている訳だが。


 これは、勝ちか?


 ああ。マルテレスは確かに戦場で勝っているかも知れない。戦場ならば優勢だろう。皆がお前を恐れている。

 でも、押され続けた。マシディリの目的遂行を止めることは出来ていない。


 マルテレス。お前が選択肢を持つ立場なら、どちらを使いたい?


 私は当然マシディリだ。戦場で勝っていても全体で負けていれば指揮官として疑問符が残る。戦場での勝利のみを取り出し勝利だと主張されれば、軍団長としても使いづらい。


 勝利は大事だ。負けよりはよほど良い。士気も上がる。

 でも、優先順位の方が大事だ。

 今のマルテレスの勝ちは、結局自軍を窮地に追い込み続けている。


 勝つためなら家族はプラントゥムに置いておいたままの方が良い。家族を守るならばアレッシアを裏切ってはいけなかった。冬営を考えるなら、アグサールとマルセイ・アトラシアを最終防衛線として守り抜き、後背地を確保する方が脱走兵は減ったはず。


 もう終わりだ、マルテレス。

 お前に勝ち目は無い」



 マルテレスが下唇を噛んだ。

 しかし、一瞬。

 次の瞬間には力強い視線がエスピラを捉えてくる。


「かもな。

 でも、俺の戦意を削ぐのは決戦に備えてじゃないのか? 


 カルド島でも敵軍団を弱らせて、アイネイエウスが決戦せざるを得ない状況に持っていっていただろ? 今も同じだ。例え冬になっていようとも、決戦論は根強い。分かりやすく雌雄を決しよう、エスピラ。その方が、すっきりする」


「断る」

 エスピラも、はっきりと言い切った。

 上体の位置も一歩も引かず、足も閉じない。やや開いたまま、前傾にもならずに正中線をしっかりと見せ続ける。


「アイネイエウスは略奪をさせないように心を配っていた。マルテレスと同じように逃れてきた者達を受け入れながら、ね。アイネイエウスは、本国の者達や軍団の内部からは嫌われてはいたが、慕っている現地民も居た。それも、少しずつ増えていた。


 私にも決戦する必要があっただけだよ。半島にはマールバラもいる。アイネイエウスが纏めなければ、各地に点在するハフモニ軍を一つずつ潰さねばならなくなるのも分かり切っていた。

 そうなると、本当に時間が無い。ディファ・マルティ―マも攻撃を受けていたしね。


 一方でアイネイエウスもこのままでは冬が越せなかった。カルド島にいるハフモニ軍が軍団として纏まらなければ勝つこともできない。アイネイエウスとしても決戦しか道が無かったんだ。


 だから、戦った。

 そして、私達らしく戦った。


 マルテレスの誘いに乗るのは、私らしい戦いでは無い」



 少々相手を威圧する堂々たる雰囲気から、少し谷を作り。

 エスピラは上体をマルテレスの方へと寄せた。表情も少しばかりやわらげる。


「それに、だ。マルテレス」

 囁くように。悪戯な笑みで。


「会戦ではアイネイエウスよりもマルテレスの方が強い」


 だろ、といつもの調子で言いながら、エスピラは上体を戻していった。

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