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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十三章
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もっと傲慢に

 既に十分寒い中でも、一層冷えたのは良く分かった。

 理由は簡単。


「自分の命にそこまでの価値があるとは、大層な自信だな」

 との、クイリッタの言葉によって。


 肩を寄せ、震える女性に対してエスピラも何も動こうとは思わない。マシディリが僅かに、されど女性にもわかるように眉をしかめただけだ。


 ただ、流石はマルテレスの愛人の中から伝令を任された女と言うべきだろう。目ざとく仲間になってくれそうな者を見つけると、子供達だけでも助けて欲しいと再びの訴えを始めた。


 本日も晴天。

 空は高く、鳥は少ない。虫の声も聞こえることは無く、枯草の類も多い時季だ。薪には苦労しないが、ティツィアーノによる池造りは少々難航していると聞いている。


 さて、とエスピラは目を女性に戻した。

 フィルノルド、ティツィアーノ、ジャンパオロ、メクウリオと各軍団長も揃っている。他の高官がいないのは、集めれば多すぎるためだ。


「幼い子供達だけでも良いのです」

 まだ若い女が頭を下げる。


「子供達を助けたい気持ちは良く分かりました」

 マシディリもおだやかな姿勢を崩していない。


 レグラーレが音もなくマシディリに布を渡し、マシディリがその布を手に女性に近づいた。壊れ物を扱うように女性に布をかけている。年齢で言えば、マルテレスよりも圧倒的にマシディリの方が女性と近いはずだ。あるいは、マシディリよりも下か。


「ですが、貴方が命を散らす場所は此処ではありません。貴方は、マルテレス様に着いて行くと誓ったはず。でしたら、芯を通し本懐を遂げるべきでしょう」


「はい。私も、マルテレス様の御傍で最期を迎えられるのであれば悔いはございません。されど、子供達は、子供達だけは助けたいのです。私の子は、まだ年端も行かぬ幼子です。親兄弟は既にエスピラ様によって成敗された跡であるならば、家門を継ぐのもあの子でなくてはならないのです。そうしないと、父祖から受け継いできた一切が消え、きえて、きえ」


 後は、言葉にならず嗚咽に変わり果てていく。


 本心か、演技か。

 多分、どちらかに割り切れるようなモノでは無い。


「恨みを隠したまま忠臣として振舞い、王を裏切った将の話もございます。アレッシアのために一人の男の子を残し、全員が討ち死にしたアスピデアウスのような事例もございます。

 クーシフォスがいれば、十分ではありませんか?」


 クイリッタはさらに冷たい声を。


「何も幼子まで殺す必要はなかろう」

 女性の援護はマシディリでは無くフィルノルドが。

「トトリアーノの娘を養子にしたサジェッツァ様の例もある。ものはやりようだ。そうは思いませんか?」


 エスピラは口を閉じたまま無機質な目でフィルノルドを見ると、ゆっくりと手紙へ視線を動かした。


 求められていることは幼子の助命。もとい、エスピラに預けたいと言う嘆願だ。その上で幼子たちは全員自分の正妻と養子縁組が出来るように取り計らって欲しいと書かれている。


(造作もない)

 受け容れる。

 エスピラの方針は定まっているが、問題はこれを慣例にしてはいけないと言うところ。


 イフェメラに着いて行った兵団に対するマシディリの寛大な措置はマシディリの人気を高めたが、マルテレスの反乱が大規模化した要因の一つでもあろう。


 此処でまた温厚な態度を見せれば、次に辛い目にあうのは誰か。友か師匠か弟子か。それを殺さざるを得なくなるのはマシディリだ。



「君と話しても進展は無い」

 冷たく重く、そして昏く告げる。


 女の肩が跳ねた。かけられた布を強く握り締めたのか、布の皺は増え指先は余計に白くなっている。細かく震えてもいた。


「他の使者を介しても同じだ。

 故に、気持ちが本当かどうか、一つ測ろうと思う。


 中央までマルテレスが一人で来い。私はシニストラを連れて行く。こちらは二人。そちらは一人。その状態でもやってこられたのなら、交渉に応じよう。


 何、手紙にも書いてあるだろう? マルテレス自らが話しに来る用意があると。

 応えてやろうと言うのだ。その話を持ち帰り、私を疑うなり信じるなり、好きにしろ。


 言っておくが、私はその場でマルテレスを殺さないとは言っていないからな」



 手首から先を鋭く振り、追い払うように退出を指示する。

 やってきた兵が女の両脇を抱えるようにして、さっさと連れ去っていった。


「寛容な裁定を」

 とはフィルノルドの頼み。


 クイリッタはその場では何も言わずに冷たい視線を向けている。ティツィアーノはそんなクイリッタからフィルノルドの背を守るようにして陣に戻っていった。


「アグニッシモ様かフィロラード様か、あるいはもう一人誰か護衛を連れて行った方が良いのでは無いでしょうか?」

 エスピラの身を案じたのはジャンパオロ。

 臨戦態勢を整えます、と戦闘準備を押し進めるのはメクウリオだ。


 そうしてどんどんと人が去っていけば、残ったのはエスピラとマシディリ、シニストラだけになる。


「場所を移そうか。この寒さは、少しきついからね」

 そう笑い、小屋へ。

 中に入るのはやはり三人だけ。アルビタとレグラーレが小屋の外で見張りを買って出ている。


「お前ならどうする?」

 火を起こし、水を温めながらりんご酒を取り出した。

 暖炉の傍にマシディリも近づいてくる。まだまだ衣服に着いている冷気が、ひんやりとまたエスピラを冷やしてきた。


「父上が前例を作ることを問題視しているのならば、雪解けの時季を条件に引き渡しを受け入れるのがよろしいかと思います。その時に温かい食事とやわらかな寝床を手配してあげれば、多少は幼子たちの心も安らぐでしょう。その上で、アレッシアに帰った時に多くの批判を浴びる。助けるのはクーシフォス。そのように揺さぶることで反乱の芽を育ちにくくしていくのがよろしいのでは無いでしょうか」


「冬の間、多少なりとも向こうの物資を削るためにも、かい?」

「はい」


 助けることは大前提なのはマシディリの変わらぬやさしさであり甘さだと見るか。

 よりこちらの利益と結び付けられるようになったと喜ぶべきか。


「マルテレスは、遺言に書いたことも伝えて来たよ」


 手紙を取り出し、されど見せずにまたしまう。

 マシディリも手を伸ばしたり読みに来たりはしなかった。


「後継者はクーシフォスだとさ。他の兄弟、それこそアスフォスやプノパリアにも分け与えてはいたけれど、いない分は全てクーシフォスの管理下に置くとしているそうだ。

 そこを考えれば、幼子たちも死ぬのが一番じゃないかい?」


「父上にとっては親友が、私にとっては師匠が助けを求めに来ているのです。応えようともせず、むしろ見殺しにすることが最善だと私は言いたくありません」


「マシディリらしいねえ。全く、誰の背を見ていたのだか」

「間違いなく父上と母上の背を見ていました」


「そんな良い人に見えるかい?」

「私にとっては尊敬できる良い父であり愛情深い良い母です。何より、お二人の悪いところであれば真似しようとしないと思えるのも、父上と母上が育ててくださったおかげではありませんか?」


「父親冥利に尽きるねえ」

 ふう、と息を吐きだす。


 部屋は、しっかりと温まってきた。火も大きい。

 エスピラは、鉄の棒を手にすると、つん、と暖炉の中の薪をつつき、組まれた薪を崩した。


「もう少し傲慢になれ、マシディリ。

 メルアには踏みつけていくと言ったそうだが、私には背負おうとしているように見えるよ。

 メルアの言う通りだ。背負い続ければ登れなくなる。背負うモノが増えればいつかは潰れてしまう。

 もっと傲岸に、土台として踏みつけてしまえ。

 マシディリはそれぐらいが丁度良い」


「相手が艱難辛苦を味わうのを承知で雪解け時季を提案したのです。十分に、踏みつけているかと」


「戦争を決断した時点で多くの者が苦しむことになる。その決断は、幾本もの剣に突き刺された者に、今さら針を一本足すようなモノだよ」


「苦痛が増えたことに変わりはありません」


 それもそうだ、とエスピラはこぼしながらも、曖昧な笑みをマシディリに返した。

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