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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十三章
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迷い Ⅱ

「師匠があまり出産に立ち会えなかったのは理解しております。それゆえ、孫の出産に想いがあるのではとも推察しておりますが、邪推も産むこともお忘れなく」


「意外と立ち会ってはいるよ」

 マシディリ、チアーラ、レピナ、セアデラ。

 八度の機会九人中四度四人。


「皆、あんなに小さかったのになあ」


 視線が、自然とティツィアーノから外れる。


 皆が立派に育った。子供を持っている者もユリアンナを含めれば六人になる。残念なのは上の子供達の成長の様子を見守り続けることができなかったことだ。嬉しいのは、立派になった子供達がウェラテヌスどころかアレッシアも支えていると言うこと。


「被害が出ることは承知しておりますが、戦闘でマルテレス・オピーマを破ることに意味があることも忘れないでください。それから、イフェメラのような悲劇を生まないためにも、撃破はマシディリ様がいる状態で行うのが最善だとも進言いたします」


 ティツィアーノの言葉に引き戻される。


「イフェメラの悲劇か」

 左手の革手袋の上から、イフェメラの指輪に触れた。


 弱ったマルテレスは、なるほど、軍団を弱体化させられ続けたマールバラと重なるのかもしれない。現状でも脅威であることに変わりは無いが、名が実力より先行している形だ。


「ジュラメントの大馬鹿者は、アレッシアの敵として立ち塞がることが多かったな。本当にカリヨを振り向かせる気があったのか謎だよ、本当に」


 こぼしながら、言う。


 一番苦労したのは、間違いなくイフェメラとカリヨの娘であるルーチェだ。父親と遊びに行けた時に無邪気に喜んでいたのに、今では従兄妹間でも大きな差を感じているだろう。こういう時こそリングアに支えて欲しいが、当のリングアは愛人が五人もいる。


 作るなとは言わない。

 ウェラテヌスの一門は愛人が少なすぎる。これは寛容性が無い証だ、なんて陰口は収まることなく続いているのだ。


 現に、マシディリとアグニッシモには相手がいない。驚くべきは愛娘たちが誰も愛人を持っていないことだ。ユリアンナとチアーラはそれぞれエリポスの王族と婚姻しているため遠慮もあるだろうが、フィチリタには浮いた話一つ無い。レピナもフィロラード一筋だ。


「外交に不慣れな振りをして、のらりくらりと躱すのはスィーパスにはできないさ。ヘステイラが勧めても、反発が大きくなるだけ。あの子が小さい時も良く知っているからね」


 兄を立てる性格でもあったが、同時に負けず嫌いでもある。


 クーシフォスが引くのを良く思わず、戦いを焚きつけようと立ち回っていたモノだ。尤も、マシディリも無理に乗る正確では無いし、リングアは争いを避けようとする性格。クイリッタが一番頭に血が上りやすかったが、その結果戦うことになるのはリングアになっていた。


「リングアか」


 交渉役に、とふと思う。


 こちらにも不利な条件を呑んできてしまいそうな一方で、敵対意識を減らすことには役立つはずだ。優秀でもある。それこそ、マシディリの次の後継者候補であり、後任の選定は中々定まり切らなかったほどだ。


(駄目だな)

 が、すぐに考え直す。


 アレッシアのために命を懸けられるか、と言う点は非常に大事だ。

 外交で死んでいったウェラテヌスの父祖も多いが、明らかに戦場を避けた者を出世させるわけにはいかない。


「リングア様を呼び寄せるのは悪くは無いと思います。大コウルスの再来と言われた男であり、頭の切れに於いても数々の研究で素質を見せていますから」


 小コウルスは、もちろんチアーラの息子だ。

 今年の冬は母親と雪遊びをするのだと、まだ少し拙い口で楽し気に話していたものである。


「アグリコーラに入れて、物資の準備もさせるか」

「味方の士気も上がります」

「まあ、本当に呼ぶかは他の子供達とも相談するよ」

「リングア様を戦場に向かわせないのは、何か理由が?」


「秘密だ」

 くすり、と笑い、話は終わりだと態度で告げる。


「春季大攻勢に備え、再編第四軍団を西に動かし陣地を作成いたします。マシディリ様の見立てでは、四キロほど先に大規模な池に改造するのに適した池があると。そこを中心に今の防御陣地とは緩やかな回廊で繋がる形で陣を作成し、防御陣地群にしようかと思います」


 身勝手な行動では無い。

 軍議の場で、取り得る作戦の一つとして検討されていたことでもある。


 先の釣り出しからの襲撃により、敵の西後方に出て挟撃することもまた可能となったのだ。

 ただし、実際にその作戦を取れるかは、敵兵数にもよってくる。


「作成の許可は出したいところだけど、マシディリともしっかりと打ち合わせておいてくれ」

「かしこまりました」

 頭を下げ、ティツィアーノが下がっていく。


 エスピラは、再びレピナからの手紙に目を落とした。

 アルグレヒトのことに文句を言ってはいるが、その実、良く見ている。文句は多いがアルグレヒトを愛しているとも良く分かる文章だ。


(あまり手厳しく言うのも、か)


 そう思い、メルアの字に関してはあまり強くは書かずに終わる。他にも、フィチリタからの辣辣とした長手紙や、セアデラからの短い手紙も来ていた。


 その中で、静かな足音も少し。


「アグニッシモかい?」

 今度は、すぐに気が付いた。

 ひょん、と天幕の入り口が跳ね上がり、アグニッシモが覗き込んでくる。


「へへっ」

 罰の悪そうに笑いながら、アグニッシモが天幕の中に滑り込んで来た。


 エスピラは、横に退けていたパンを前に出す。わーい、と喜び、アグニッシモがパンを手にした。大きく口を開けて、一口で行けそうなところを敢えて噛み千切ってほおばっている。


 本当に、おいしそうだ。

 見ているエスピラまで頬が緩んでいく。


「訓練の様子はどうだい?」


「おっさんの前でやる公開練習では皆気合が入ってるよ。うるさいのなんのって。カウヴァッロの隊も流石だしな。フィルノルド様のとこの一度馬を失ってた騎兵はいまいちかな。新たな馬との呼吸はまだあってないみたいだから、ちょっと騎兵は不利かもな」


「マシディリの戦いでは、随分と騎兵が活躍したと聞いているよ」

「やられる前に退いていたからね。大規模同士の激突になったら、そうもいかないでしょ? じゃあ負けちゃうよ。残念」


「右翼にアグニッシモとクーシフォス、ミラブルムを固めてもかい?」


「左翼はカウヴァッロで退きつつなら、うん、相手次第かな。均等に分けているなら、マルテレスのおっさんとスィーパスが左翼に来ても勝てると思うけど、もしも思い切って騎兵を固めてきたらやばいかな」


「何がそこまで危険なんだい?」

「不馴れな騎兵による転倒とそれによって生じる障害」


 はぐ、とアグニッシモがパンをほおばり切った。


「ほおはっていうほは、はれうはほほほいはら」


 良馬って言うのは荒れ馬も多いから。

 そう言ったようだ。


 ごくん、とアグニッシモの喉仏が大きく上下する。手を伸ばし、何かを探し始めた愛息にりんご酒を渡した。にっこりと笑い、アグニッシモが一気にりんご酒を飲み干す。


 大きく成り、手もごつくなった。筋肉も見て取れる。

 それでも、ふにふにで小さな両手を命いっぱい伸ばしていた頃と何も変わらない。


「やっぱ騎兵は老練な人が少ないからね。第一軍団や第二軍団に付随していると言っても、練度は兄上の第三軍団騎兵の方が高いよ。必ず勝てる俺と命知らずなクーシフォスが大将だしね。ウルティムスも上手いし。ミラブルムの騎兵はまだ経験が足りないね。ティベルディードは、これまで何してたの? 実戦経験に比べたら弱くない?」


 兄貴もかわいそうだ、とクイリッタが目を細く、獰猛にする。


「アグニッシモの口の悪さが私は心配だよ」

 認めるのもその分早いのは知っているが。


「うぐ」

 両手を膝の上に置き、アグニッシモが体を縮めながら姿勢を正した。


「春までには、騎兵をしっかりさせておきまーす」

 ちょぼちょぼ、と自らの腰に付けた山羊の膀胱を取り出し、アグニッシモが小さく殊勝な返事をした。

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