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同じ道ですれ違い

「誰よりも勝利を欲しているのはマールバラだ。それはずっと変わらない。プラントゥム以来の身内まで切ったのはそれほど追い込まれている証とも言える。わざわざ攻め込む必要など無い」


 サジェッツァのコップが一気に傾くのではないかと言う勢いで口元にくっついた。


 数瞬だけ止まって、傾きは僅かなものにしかならなくなる。


「そこまでボロボロならばむしろ一気に攻め込んでしまえ、っていう気持ちも分からなくは無いけどなあ。こっちも不満が溜まっているし、どのみち一度も会戦で勝たずに、なんて行かないんだろ?」


 言葉を選ぶ様子無くマルテレスが言った。


「第一次の時は結局アレッシアが勝てなかった将軍が居たけどな」


 マールバラ・グラムの父親のことである。


「ただ、そう言う奴がいたからこそすぐにハフモニが反攻準備を整えた、とも言える。今度は強気の条件をハフモニに突きつけるためにもマールバラに勝つ必要は出てくるだろう。私や元老院としては、兵力制限かそもそもの軍事力を無くしたいのが本音だ」


 サジェッツァの言葉に、エスピラは本音の表情を隠した。


 元老院はそうだろう。徹底的にハフモニを叩き潰しておきたいはずだ。あわよくば、保有する鉱山全てをアレッシアの直接管理下に置きたいとも思っているとは想像に難くない。


 ただ、そうなった時。アレッシアの涎が誰にかかるかと言えばエリポス圏内かマルハイマナ。あるいは肥沃な大地を持つマフソレイオ。女王ズィミナソフィア四世が治める頃のマフソレイオになりかねない。


 次の獲物になるのがプラントゥムで、しばらくそこで満足してくれれば、なんてことも思う。


「矛盾してないか?」


 サジェッツァの戦略と最終目標に対するマルテレスの指摘だろう。


「相手の軍団を弱らせることが先決だ」

「物資を足りなくしさせて?」


 それだけじゃない、とエスピラは口を挟んだ。


「ハフモニが勝ち続けても構わないはずだ。こっちを舐めれば向こうも向こうで内部分裂が始まる可能性がある。このままだと山越えまでした苦労が全てマールバラの功績になってしまうからな。ハフモニの他の軍団を半島に呼び込んで叩くのもマールバラの指揮系統を乱すのに有用だしな」


 独自の機構を有しているのなら、余計に他軍団からの吸収はし辛いだろう。したところで、吸収したメンバーが多くなればなるほどまとまりに欠けてくる。


「ああ。こうなった以上はな。しばらくは会戦派に国のかじ取りを任せないとアレッシアが本当に分裂しかねない。半島内で戦いたくは無かったがな」


 サジェッツァが眉間に皺を寄せて、今度こそ酒を一気に傾けた。


「で、俺に聞かせてどうしようって?」


 マルテレスも眉を寄せてはいるが、こちらはちびちびと酒を飲んでいる。


「北方に行けるように今から根回しをしておけ。この軍団に加わらなかったことである程度マルテレスに対する悪評は防げたが、それでもカルド島に行った軍団は非戦派に見られている。マールバラに対する軍団に入ってしまえば居心地は悪いだろう」


「居心地の良さ悪さで変えろって?」


 マルテレスがサジェッツァに対して苦々しく返した。


「活躍の場を得ろ、と言っているんだ。北方諸部族ならまだ一騎打ちも一騎打ちに強い者に対する尊敬も多く存在している。軍団としての戦いしか与えられない場に発言権の弱い状態で参加するのはマルテレスの良さを何一つ活かさない選択だ」


 サジェッツァが淡々と返しつつ、また酒を造りにベッドをたった。

 マルテレスがエスピラを見てくる。

 エスピラも、そうしとけと頷いた。


「北方なあ。どうなんの? この後」

「エスピラ。メガロバシラスはどうだ?」


 マルテレスへの答え代わりと言わんばかりにサジェッツァがエスピラに聞いてきた。マルテレスが回し始めたコップが、ちゃぷちゃぷと音を立てている。


「僅かにだが小麦の価格が上がり始めている。手紙も届いたらしいしな」


 言って、エスピラは羊皮紙を取り出した。

 内容はメガロバシラスからの返書。マールバラに対して詳しい戦況報告を求めるモノ。


「まあ、『決定的な敗北』を喫すれば出てくるだろうな。それまでは出てこないよ。出てくるなら、ディティキの時に動いている」


 エスピラはもう一度返書の内容を全て思い出してからベッドの上に放り投げた。

 新しい酒を造っていたサジェッツァの顔が上がる。先にマルテレスが羊皮紙を掴み、広げた。


「おう。本場本物のエリポス語だ」

 と、感嘆した声が零れてくる。


「マルテレス。あの女は何と言っていた」


 サジェッツァが次はマルテレスに振った。


(マフソレイオの女か)


 娼館の。政治的なアドバイスをマルテレスに行う女性。

 今は主にアレッシアの有力な平民と繋がりながら生活をしているらしい。


「ヘステイラ? 会戦した方がオピーマとアレッシアのためになるって言っていたって父さん伝手で聞いたけど」


 サジェッツァの目がマルテレスを捉え、逸れた。

 手の動きは一定。顔は固定。どうやら、考え事に入ったらしい。


 エスピラは代わりに口を開く。


「マルテレスが側近代わりに連れて来た娼婦だろ?」


 把握していないのか? と。


「エリポスでもたくさんの有力者と関わるからこそ政治に口出せるんだろ? じゃあ、あまり行く必要も無いし、今はちょっとだらしない体をした人たちが剣とか馬とか習いにきているからな。ああ、もちろんそれ以外の人もいるぞ」


「今更習ったところで」

 小さく鼻で笑いながらエスピラは酒を傾けた。


(いや、そう言う空気だからこそマシディリも剣と馬を習いたがったのか?)


 にしても一回くらいは父に手紙を書いてくれ。一か月に一度は書いてくれるのでは無かったのか? と心の中で嘆きながらエスピラはコップを下ろした。


「まあ、何もしないよりはマシか」

「元々乗れない訳じゃないし剣を振れない訳じゃないからな」


 マルテレスが言う。


「で。マルテレスは真面目に指導をしている間にヘステイラには情報を集めてもらっているって訳か。いや、あるいは噂を流してもらっているのか?」


「情報収集って言うか、情報解析かな。今どうなってんの、とか、アレッシアがどうなりそうなのか、とか。ほとんどが自分の出陣の順番はとか、あとは、まあ、うん、あまり良くない話とか」


 あまり良くない話、とはサジェッツァやエスピラに対する悪口だとは容易に想像できる。

 マルテレスも歯切れ悪く言いながら目を泳がせているし、後頭部をさするように手も動いているのだ。彼の性格を考えれば、簡単に分かる。


「女性関係について深く言うつもりは無いが、マシディリにはまだ早いからな。連れて行くなよ」


 エスピラは軽く言うと、コップの中身を空にした。


「流石にまだ四歳の子供には教えねえよ! あ、でもあれか。エスピラは娼館に行ったことが無いなら一門を継げるのかどうかは俺が確認する必要があるのか? それとも、専用の奴隷でも買うのか?」


「それだけのために奴隷を養うのは割に合わないが、だからと言って奴隷に本来の役割以外をさせて本業に影響が出るのも問題だからな。不能でも構わないと言う婚姻先ができない限りは娼館に連れていく必要があるのはどこも変わらないさ」


 子孫を残せないのは一門としては絶対に避けねばならないことなのだから。


「じゃあその時は俺が連れて行ってやるよ」

「その時に法務官以上の場合は大変だろうがな」

「俺が法務官以上ならエスピラも巻き込んでるから安心だな」


 エスピラは小さく笑うと、空になっているマルテレスのコップも掴んでサジェッツァの前に持っていった。


「私の分は少なくて良いぞ」と付け加えておく。軍事命令権保有者と副官が酔い潰れるわけにはいかないだろ、と目で訴えて。


「あの女が会戦した方が良いと言ったのは、有力者に死んで欲しいと言う思いからかもしれないな」


 エスピラの視線に頷いて答えつつも、サジェッツァが話題を戻してきた。


 まさか、とマルテレスが声を上げる。


「ヘステイラは確かにアレッシア人じゃないけど、俺が護民官の時もアレッシアのためになる助言をしてくれたぞ」


「護民官を支えて成功に導けば自分の価値が高まるからな。その価値が今の客に繋がっている。マルテレスも含めた今の客がアレッシアの上位を占めるようになれば次はもっと乗客が来るようになる。そうなればあの女は娼婦のままアレッシアを動かせるようになる、と言う訳だ」


 淡々とサジェッツァが言って、ベッドに戻ってきた。


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