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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十三章
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アレッシアは、アレッシア人の苦難を望まない

「すぐに来るように」

 と、父からの伝令がやってくる。


 同時に、手紙も渡された。暗号化された手紙だ。一見すると備蓄について書いてあるが、本題は別である。


(父上らしい)


 そう鼻から息を吐き、首を傾けながら肩を落とした。その状態で短剣を取り出し、羊皮紙を削る。すっかりと文章が消えれば、表情も活力も元に戻し、マシディリは天幕をあとにした。


 向かうのは、父のいる天幕。

 ファリチェ以外の軍団長が揃う中に、マシディリが最後に入った。


 その中で小さく。

 体格的には決して劣らないはずの男が小さく中央に座している。鎧の状態も裾の状態も明らかに違うのは、彼が解放された裏切り者で、なおかつこちらに戻ってきたからだ。


「助けて欲しいそうだ、マシディリ」

「は」

 父の過剰に冷たい声に、軍人らしい辣辣とした声で返す。


「ただ、私から見れば彼らは一度裏切った存在であり、だからこそ自らの力でアレッシアへの忠節を示してほしかったのだが。この期に及んでアレッシアの力をくれと言ってきている」


 中央に座するのも、少なくない激戦を生き抜いてきたはずの兵士だ。

 それでも、父の言葉にどんどんと体積を減らすかのように小さく成り続けている。


「どうするべきかねえ。アレッシアの力も、アレッシアのために戦い続けてきている者達がいてこそなのだが。

 ああ、もちろん。彼もまた守るべきアレッシア人であることは理解しているが、同時に立ち上がって欲しいアレッシア人でもある。自らの大事なモノは自らが守る、とね。

 一方で人質は認めないのは絶対だ。これは、公平を期すためでもあるし、父祖に恥じないためでもある。そうだろう?」


「はひっ」

 男が、裏返った声を出した。

 それでもと頭を下げるのは、マルテレス側の陣にいる友人を助けて欲しいかららしい。


 要領を得ない男の話を遮ったクイリッタが言うには、寝返りが露見したとのことだ。それで捕まった友人を、保護して欲しいと言うのが流れ。悪い言い方をすれば、唆したのがエスピラだからこそ、責任を取って欲しいと言うことだ。


 男を厚かましいと言う非難に対して、擁護することは出来ないだろう。かと言って、完全に見捨ててはこちらの名が落ちる。こちらの名が落ちれば、作戦の破綻も見えてくる。


 真実だが、あくまでも、こちらの想定内。


 マシディリは一度息を吸うと、ゆっくりと足を前に出した。

 目的地は男のすぐ横。そこでしゃがみ、肩に手を置く。


「アレッシアは人質を認めないのは事実です。人質を助けるために行動を変えることはありません」


 やさしく。

 絶望の言葉を。


「ですが、助けを求めているアレッシア人をアレッシアが救わずして、誰が救ってくれるのでしょうか。貴方が敵方となり、戦った仲であっても、貴方がアレッシアに戻ってきたいと言うのなら、受け容れるのもウェラテヌスが大事にしてきたことです」


 やわらかく。

 溶かし切る言葉を。



「父上。マルテレス様に食糧を供給しては如何でしょうか。毒が無いことを証明するために、その場で調理できる物も用意いたしましょう。


 届ける役目は、彼らに。


 事前に陣の前で食糧を渡すことも宣言いたしましょう。マルテレス様ならば、受け取りを拒否することは出来ません。渡す者の安全を保証できるモノではありませんが、だからこそ、覚悟を見せられるのでは無いでしょうか」



 狙いは、もっと別。

 相手に、しっかりと彼我の国力差を見せつけること。


 イエネーオスが食糧で賊を釣り、賊で食糧を集めたのなら。


 奪いきることのできない量の食糧を、攻め寄せることのできない防御陣地から見せつければ、確実に綻びは大きくなる。



「アレッシアは、アレッシア人が飢えることを望んでいません」


 意見は通る。

 当然だ。

 事前にエスピラとマシディリが打ち合わせていたことなのだから、誰が反対しようとも通らないはずが無い。


「ある意味では、美味しい体験かな」

 食糧供給した際の反応を聞いたエスピラが呟く。


 集められているのは軍団長と騎兵隊長。護衛としてシニストラとフィロラード。副官のマシディリ。そして、場違いと誰もが分かるバゲータ・ナザイタレ。


 バゲータ本人も、体を硬くしているのがはっきりと見て取れた。


「硬くならないでくれ、バゲータ」

 父が、いっそ気安い声を出す。

 バゲータは笑顔を作ろうとしたのか、歪に口角が持ち上がり、より緊張が見える顔になってしまっていた。


「いつも通りだよ。君は、いつもの大隊を率いて村を襲撃してくれれば良い。今回も三角植民都市群とマルテレスの冬営地との間にある村の一つだ。こちらからは遠く、向こうとしては押さえておきたい村の一つだね。もはや廃村に近いとの報告は受けているが、だからこそ冬営地点に出来ないように破壊してきて欲しい。


 いつもと違うのは裏切り者達も一緒に行くこと。

 彼らには、彼ら自身が覚悟を見せる必要があると伝え、武器も貸与するよ。


 二重の意味で危険な役割だ。

 裏切り者達が剣を向けない保証は無いし、マルテレスが大軍を差し向けない保証も無い。


 その時は、一つ、覚えていてくれ。


 バゲータ。君と君の大隊こそが私にとって必要な者だ。裏切り者達なんか、言っては悪いがどうでも良い。此処で命を懸けて戦わねば、信用になんか値しない。アレッシアに帰る船が沈んでも何の違和感も無いほどに、ね」



 間違いなく本音だろう、とマシディリは思う。

 ネーレと言う戦友の遺児であるからこそ、父にとってバゲータはそこらの兵よりも大事にしているのだ。裏切り者とは比べ物になるはずも無い。


 一方で、脅しに聞こえるのも承知の上。

 小さなことではあるが、バゲータが規律を乱したのも事実。『エスピラ様から目をかけられている』とバゲータが思われやすい立場なのも事実だ。だからこそ、他の兵よりも厳しい処罰も必要だったのに、父は、一度、見逃している。


「期待しているよ、バゲータ。その歳で大隊を任せられるほどには君は優秀なのだから。ネーレの威光、父の献身のおかげなどと思わず、自分の実力で今の地位と役目があると思ってくれ」


 両肩に手を置き、父がバゲータに微笑みかける。


「未来のアレッシアを。その手に。この肩に。君の胆力は、十二の時から知っているよ」


 重い期待か。正当な評価か。

 少なくとも、ネーレの息子として機会を与えられ、バゲータ・ナザイタレとして評価されたとは感じてくれただろう。


 そう思いながら、マシディリは天幕を離れたバゲータを追いかける。


 鎧はバゲータに合わせた物。既に十年近く使用されており、傷も多い。脛当てはエスピラが取り返したネーレの物だ。随分と使い込まれている。


「バゲータ様」

「マシディリ様」

 呼びかけると、バゲータが即座に足を止めた。


「父上の頼みは、端的に言えば囮の任です」

「分かっております」


 バゲータの苦笑も硬い。

 マシディリはそう感じながら、人気の少ない方へと足を進めた。後ろをついて来ようとしたバゲータに、並ぶようにとも手で伝える。


「ネーレ様のことを父上は大事にしているからこそバゲータ様に価値がある。そう考えた者達の暴走を誘う策です。即ち、ネーレ様がいたからこその作戦。


 その通りではあるのですが、そもそもバゲータ様を諸部族が認知するにはバゲータ様ご自身の活躍が無くてはなりませんでした。そして、少なくないアレッシア人を任せ、まとめ上げ、しかもパンの内側に毒やも知れぬモノを入れた状態の部隊を遠慮なく送り出せるのは、バゲータ様に指揮官としての才を見出していないと出来ないことです。


 私も、結果を楽しみにしています」



 緊張をほぐすように笑いかけ、バゲータと別れる。


 翌日、バゲータとバゲータの監督下の大隊に強い酒が少量振舞われた。持っていく物資のとしても一人ずつに分け与え、見送る。


 休暇の体で出ていった兵とは違い、しっかりとした武装部隊だ。相手もいつか気づくだろう。

 そして、休暇の名目で出て行った兵は、先の大隊とは比べ物にならないほどに多い。一回当たりの出発は少なくとも、その数は再編第四軍団とフィルノルド隊の全員なのだから。


 後日。

 マシディリの下にも速報が届く。


 相手の賊徒が上手く暴走した。一連の戦いで賊徒八十五人を討ち取り、捕らえた五百六十八名と共に裸に剥いて飾った、と。


 そして、彼らから奪った布は、マルテレス側の陣に送り返した。


『アレッシアは、アレッシア人が凍えることを望まない』


 そう、言伝を付けて。

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