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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十三章
1352/1590

誰よりも情が深く冷淡であり

 戦争が美談で終わることはあり得ない。


 翌日、エスピラは敵陣から良く見える位置に多くの杭を立てた。立てただけでは無い。良く見えるように邪魔する木々を切り倒し、全部の杭が見えるように斜面での配置も工夫したのである。


 そこに飾られるのは、人間。


 こめかみに穴を開け、逆さ吊りにするのだ。


 拷問である。頭に血が上り続け、破裂するような圧迫感を覚えて自白させるためにも用いられているモノだ。


 だが、聞くことなど何も無い。

 飾るのは捕虜。否。裏切り者。


 中心は、エステンテとトリルハン。アスピデアウス派が用意し、サルトゥーラらと一緒に送った高官であり、マルテレスに鞍替えしても部隊を率いた者達。


「アレッシアにも君達の現状は伝えたよ。まあ、サジェッツァが助けに来るのが先か、マルテレスが助けに来るのが先か。賭けでもしながら待っていてくれたまえ」


 死んでは駄目だ、と気付けや治療も行いつつ、地獄のような時間を長引かせる。


 無論、マシディリには反対された。同じアレッシア人だと。これでは人心が離れ、こちらの軍団が崩壊する危険もあるのでは無いか、と。


 それを踏まえてもエスピラは実行を決断した。


「先に死ぬのはどちらか」

 マシディリとエスピラで比べれば、エスピラである。


 仮に失敗しても、エスピラの責任で処理できるのだ。上手く行けば、真似すれば良い。これは神託がどうのでは無く、歳の差。むしろ、私より先に死ぬのは親不孝が過ぎる、と言えば、母上もしばらく会ってくれなくなりますね、とクイリッタが補足した。


 クイリッタの言葉に過敏に反応したのはアグニッシモ。今日も張り切って働いてくれたのは、母に会える時にすぐ会うためだろう。




「マルテレス様から、拷問の中止を求める使者が来ております」

 思ったより早かったな、とエスピラは登り切らない太陽を見ながら思った。



「では、マルテレスに伝えてもらおうか。


『これらはただの捕虜では無く、裏切り者だ。それもアレッシアの財を借り、道を借り、頭脳も借り、それらを返すことなくそのまま敵方に走っていった許されざる者達だ。


 最初から自分の意思で覚悟を決めてマルテレスの下に行った者達では無い。卑怯で卑劣な輩であるからには、放置しておくことこそ士気に関わる。裏切りと逃亡と泥棒であれば、一度の死罪で済むのはまだ優しいとは思わないか?


 それも、助かる機会も与えていた。

 ふいにしたのは君達だ。


 何か勘違いしていたようだが、オプティマ・ヘルニウスの裏切りが許される訳が無いだろ?

 あの場で言う公的な許しとは、オプティマが代表することでこの者らの罪が軽減され、一兵卒に至っては警告で済んだと言う意味以外ありえない。


 見捨てたのは君達だ。

 そのこと、ゆめゆめ忘れるな』

 とね」


「長いかと」

 文句をこぼしながらも、ソルプレーサが離れていく。


「言うのは簡単だ。言うだけはもっと簡単だ。行動に起こすことこそ難しく、やりもしない者達ばかりが批判する」

「伝えて参ります」


 そして、ソルプレーサが消えるように去っていった。


「助けたければ助けに来い、と言うことですか?」

 質問者はフィロラード。


「その通りさ」


 フィロラードの隣にいるインウィクに、随分と汚れているね、と指さして伝える。

 インウィクが慌てて手で払い始めた。エスピラは右手を横に振り、その必要は無いと伝えておく。


「助けに来るでしょうか?」

「来ても、来なくても。まあ、来ないだろうね。来てくれた方がありがたいけど」


 アグニッシモかい? とエスピラはインウィクに訊ねた。

 連戦連敗です、とインウィクが答える。


「スコルピオの射線上と言うだけで、少々背筋に冷たいモノを覚えてしまいます」

「そっちを怖がるとは、素質があるね」


 エスピラは、私と会う時は私の子供達に叩かれた後のようで申し訳ないよ、と片目を閉じてインウィクに謝罪した。インウィクが、アグニッシモ様は稽古、レピナ様は、とフィロラードをちらりと見る。

 レピナ様は嫉妬ですので、とフィロラードを揶揄うようにインウィクが締めた。フィロラードの足が伸びかけ、慌てて戻る。エスピラの前だからだろう。


「アレッシア人内部の亀裂を見せつけることは、他部族の切り崩しにも役に立つことだと私も理解しております。

 マシディリ様はあまり好まないやり方だとは思いますが、必死にならざるを得ない裏切り者達の意見と元からマルテレス様に着いて行った者達で意見が割れた際はより大きな火種になってくれるともなれば、中止にすることは無いと思いました」


「では、マシディリのためにとなればフィロラードはどうする?」

「裏切り者の皮を第七軍団に剥いでもらい、苦痛に歪む顔をそのまま敵陣に送ります」


「何故?」

「贈り方で緩急をつけ、噂に尾ひれを付ければ相手に与える影響は大きいモノを維持できると思いました。皮を剥ぐ工程はあるものの、裏切り者もすぐに楽にさせられます。また、第七軍団に覚悟を決めさせることもでき、新たな裏切りの抑制にもなると考えましたが、どうでしょうか」


「第七軍団に限定したね?」

「第一軍団とフィルノルド隊にこの儀式は不要です。マシディリ様が指揮を執られるのであれば、第三軍団にも不要でしょう。マシディリ様が委縮を恐れるのなら、固めるのはもう一つの軍団でも足りるのでは無いかと」


「その根拠は?」

「えっと……」


 フィロラードの言葉が止まる。

 フィロラードは優秀だね、とエスピラはシニストラに振った。シニストラが無言で頭を下げる。


 嫌味等では無い。すんなりと対案を出せるのも、割り切りが早いのも大きな魅力だ。特に、今回のようにフィロラードも会話をしたことがある者達であっても、必要とあれば残忍な手を躊躇いなく言えるのは貴重である。その上で彼らに情を持てるのは、もっと貴重だ。


「マシディリの力を信じているから、で十分だよ、フィロラード。意地悪なことを聞いて悪かったね」

「いえ。レピナ様を妻に迎えたからには、より一層励まねばと決意を新たにしました!」


「レピナ様に嫌われたくないから」

 再びフィロラードの足がインウィクに伸びかける。


 エスピラは微笑みで以てその光景を見守ったが、シニストラの眼光は背を向けているエスピラでもわかるほどに鋭くなっていた。

 フィロラードが慌てて足を戻し、背筋も一気に伸ばす。顔は下がり気味だ。


「レピナをあまり甘やかさないように頼むよ」

 私が言えた言葉じゃないけどね、と言いながら、エスピラはシニストラの肩を叩いた。



 マルテレス様から伝言が届いております、とソルプレーサがやってきたのは、後日。

 エスピラが乱雑にしか切っていなかったスペランツァの髪を整えている時。


 シニストラだけではなくフィロラードも詰めており、その上アグニッシモもいる過剰な防衛は神託の所為かも知れない。尤も、アグニッシモは、ぐでだん、とその辺で伸びているのだが。


「マルテレスは何て?」


「そのような言葉遊びが良くない、と仰せでした。マルテレス様の言葉を借りるのなら、『言葉いじめ』だそうです。反乱が起きてしまうのは、エスピラ様のそのような態度にも原因があるのだと」


「まるで私がアレッシアを牛耳っているようじゃないか」


 音を立てて笑いながら、エスピラはスペランツァの肩に着いていた髪を払った。最後に、わしゃわしゃ、と長兄と同じ髪を撫でまわし、解放する。フィロラードが鏡を持ち上げた。


「シュブハールには遠く及ばないが、結構良いんじゃないか?」


 シュブハールはウェラテヌスの奴隷である。エスピラが散髪を任せるほどに信頼している、古参の奴隷だ。解放奴隷にしようかと持ち掛けたが断られた一人でもある。


「返事をいたしますか?」

「もちろん」


 軽く言い、自身に着いた愛息の髪の毛を払う。その刹那にアグニッシモに捕まってしまった。次は俺も、と言うことらしい。


「スペランツァはこれから他部族と交渉があるから整えたんだぞ?」

「俺も戦場で派手に戦わないといけないからさ!」

「しばらく戦わないのに?」

「ちーちーうーえー」

「はいはい」


 宥めながら、アグニッシモを座らせる。


「『誰がどうみても、エスピラ・ウェラテヌスとマルテレス・オピーマではマルテレスの方が指揮官としての才に優れている。だが、君は助けようともせず、口を出すだけだった。どんどん堅固になる陣を、眺めているだけだった。

 これは、覆し様がない事実じゃないかい?』


 そう伝えると同時に広めておいてくれ。

 それから、他の高官の様子も知りたいな。マルテレスやオプティマはしないだろうけど、絶対に裏切らなくなった裏切り者達を、最初からついてきた者達よりも信頼する流れが生まれていたら嬉しいからねえ」


「かしこまりました」

 慇懃に言って、ソルプレーサが場をあとにする。



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