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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十三章
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心底から知る者 Ⅰ

「会談を行いたいと言ってきています」

 直接使者と対峙したマシディリが、パピルス紙を差し出してきた。

 受け取り、目を落とす。


「オプティマとの対話を題目に、ね」

 本当に謝罪をする気になった、などと言う訳では無いだろう。


「会おうか」


 口を閉じたままマシディリが息を吐いた。顔も少し右に倒れる。口元も少々引かれていた。

 それでも、何も言葉にはしてこない。


「不意打ちはしてこないさ。マシディリも良く知っているだろう?」

「私も父上と同じことをしたと思うので、何も言わなかったのです」

「そうかい」

「父上の場合、兄上と違って個人での武勇には疑問符がつきますが」


 マシディリの心情に乗っかったのはクイリッタだ。

 マシディリが少数での会談に出向こうとしたら反対する、とエスピラが見込んだ者達は口を閉ざしている。


「シニストラとフィロラードを連れて行くよ。場所も、両陣の中央としつつこちら寄りに絨毯を敷かせてもらうか。それに、準備はするが後で出て行くとも。多少遅れても、私ならそういうモノで済むだろう?」


 返事を書き、即座に会談の段取りを組む。実施日も可能な限り早くした。一種、エスピラの方が望んでいるとも思える速度感である。

 いや、望んでいると勘違いしてもらえたのなら、何より。


 斯くして、会談の準備は整えられた。


 朝食の直後に十二名が絨毯を敷き、机を整え、簡易的に天井を作り上げる。再度会談の時間を伝える使者も送り、それとなく焦らせた。

 会談に赴く者が陣から出てきたのは、もちろん、マルテレス側が先。


「マルテレス、オプティマ、イエネーオスか」

 陣から目を凝らし、確認を済ませる。


「騎兵を動かせば、此処で決められますね」

「代わりに遠方の統治が難しくなるな」

 クイリッタも本気で言った訳では無いが。


 こちらも応えねばね、とエスピラは鎧を纏わず、剣二振りとウェラテヌスの短剣を帯びて陣を出た。シニストラとフィロラードは武装済み。既に到着している相手の三名も戦場での格好に相応しく鎧姿だ。


 ゆったりと。

 遅れてきていることは承知の上で歩いて出る。陣の外には第一軍団も並び始めた。


 相手を威圧するモノでは無い。

 相手も、陣の前に一軍が並んでいるのだから。


 それでも、反応は見えた。一人一人は一瞬でも、軍団となれば長い時間の反応となる。

 対して、第一軍団は不動。乱れなど無い。


 その差を、受け取れる者はどれだけいるか。


(ま、いなくても構わないが)

 そう思いながら、エスピラはきっちりとした笑みを貼りつけた。


 マルテレスならばそうと分かる笑みだ。マルテレスが立ち上がるのも、僅かに遅くなる。


「久しぶりだな」

「遅かったな、エスピラ」


 手は上がらない。

 抱擁も無ければ、特別距離を近づけるような動作も無い。


「誰かさんがマシディリに大敗したからね。想定外だったよ。おかげで果実の収穫に時間がかかってしまってね。申し訳ない」


 力無くマルテレスが笑う。


「思えば初戦が全てだったよ。いや、その前かな。クーシフォスとルカンダニエが、自分達のままで大丈夫だとマシディリを信じた。少しでも良いとこを見せようとしたり、俺のとこに帰ってくる気持ちや情が少しでもあれば、まだ半島にいたかもしれないんだけどなあ。マシディリだよ。誘いを断った人も、皆マシディリのことは認めている。戦いたいか、手を取りたいかの違いさ」


 声も、弱弱しい。

 マシディリとクーシフォスを除く高官たちからの報告では戦場での鬼神として闊達な様子が書かれていたが、どうやら、二人の見立ての方が正しいようだ。


「分かっているから、クーシフォスもルカンダニエも残ったんだろ」

「だな。俺よりもマシディリに将来を見出した。愛人は来ても、かみさんには断られたし」


「アスフォスやメルカトルを即座に黙らせることができていれば、暴走は起きなかったはずだ。大事なモノを見誤ったな、マルテレス」


「見誤ってはいないさ。スィーパスも大事な息子だ」


 声に力が戻る。

 なるほど。一方で、戦場での力強さも本当らしい。


「その大事な息子を失い続けて、さぞかし憎いだろうな」


 失言だ。

 言った直後に、エスピラは顔をしかめたくなった。でも、表情を変えるわけにはいかない。堂々と座り続けるのみ。


「恨みが無いと言えば嘘になる」


 エスピラは、唇を引き締めた。

 眉も維持。動きそうになる表情は何とか留める。


「でもアグニッシモのことも良く知っているからなあ。エスピラの子供達の中で一番情に絆されやすいのはアグニッシモだろ? そのアグニッシモが、子供の時に一緒に遊んだ友達を殺したと思うとなあ。

 俺も、エスピラに恨まれている気がしてならないよ」


「ああ。恨んでいるとも」


 友が、望んでいる言葉だろう。

 故に即答した。


「お前はマシディリの師匠だったのに、敵対した。マシディリが世話になった者達も、だ。マシディリに殺させた。私の可愛い子供達の心を良くも傷つけてくれたな。


 何より、オプティマ。お前だ。


 マシディリは信じていたのに裏切った。戦場で共に手を取り、執政官時代にはマシディリを良く支え、今こそ必要だと言う時によりにもよって裏切った。


 最悪だよ。侮蔑するね。貴方の笑顔が全て気味悪く思えてくる。

 ですが、言い訳ぐらいは聞いておきますよ。対応も、手紙に書いた通りです」


「うむ」

 オプティマが顎髭を撫でる。

 プラントゥム属州総督に就く時は伸ばしていなかったものだ。


「何ということは無い。そこに最強の座があったからな。ちょいと、手に取ってみたくなったのさ」


 エスピラは、息を吐いて薄い腹を一度揺らした。


「貴方らしい」


 決して褒め言葉では無い。

 武人の心はマシディリやアグニッシモには響いただろう。だが、この場の意思決定者はエスピラだ。


「どうでした? その座を掴んだ感想は」


 侮蔑も、存分に含めて。

 それでもなお、オプティマは豪放に大きな歯を大気に晒していた。


「願わくは、もう一戦やり合いたいな。マシディリ様とは不思議な方で、意外と初戦や二戦目に弱い。されど二度、三度とやり合う内に隙が無くなり、やがて勝利を収める方。まさに燃え広がる炎の如き漢。自らの敗北が滅亡に繋がる場面では負けず、相手の敗北が致命的となる場面ではきっちりと勝ち切る運命の女神に愛された者よ。

 一回の勝利では納得はせんだろうな」


 本当に、本当に楽しそうにオプティマが口角を上げた。頬も持ち上がっている。血色も良いか。声も弾んでいる。


「貴方は博打のような方。次もまた上手く行くとは限りませんよ?」

「それもまた一興。アレッシアを裏切ったからには、長くはない。ならば最後まで楽しみたいと思うのも良いことでは無いか?」


「謝罪はしないと?」

「そちらにいては、マシディリ様とは戦えまい」


「二度の圧倒的優勢を築いてもなおマシディリの指輪を奪えなかった。貴方の言葉を借りるなら、運命の女神はマシディリに微笑んでいるのでは?」

「ならばこのオプティマにも微笑む神はおろう」


「今ならば、マシディリの側近の一人として地位の無いただのアレッシア人に戻せますよ?」

「親子共々高い評価をしてくれ、嬉しい限りよ」


「戻ってはきませんか」

「うむ」

「そうですか」


 これ以上は説得を重ねない。

 その意思を示すように、エスピラは視線を切った。


「マルテレスはどうだ?

 確か、マシディリと白黒つけたいと言ったのだっけか。


 ケラサーノの戦いでこれ以上ないほどに着いたと言うのが私の見立てだけどね。


 失った兵数は二万二千。その中には精鋭重装歩兵三千と精鋭騎兵一千を含んでいる。

 高官としてもトトリアーノが討ち取られ、エステンテとトリルハンが捕虜。有力フラシ人であるナシリアンヤも死んだな。


 何よりも、インテケルンが死んだ。


 正直に言おう、マルテレス。

 この時点で勝負は着いた。何人集めようと変わらない。後は、じっくり時間をかけて調理すれば良い。分厚い肉に火を通すように、ゆっくりと。燻しても良い。煮るのも自由だ。


 そうして私は、サジェッツァとの戦いに備えなければならない」


 エスピラの予想通り、マルテレスの顔色が一瞬で変わった。

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