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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十三章
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行方 Ⅲ

「立ち位置が違う、エスピラ・ウェラテヌスとマシディリ・ウェラテヌスでは違うと言うのなら、お前はお前のやり方で元老院を掌握しなければならなかったし、反対を減らさなければならなかった。違うか? 

 解決のために私に求めるのはおかしいとは思わないか?」


「父上」


「人が違うのならやり方も違う。


 なるほど。それで自分が前に出るのを押し通すのなら、反対意見も減りはしない。それが彼らのやり方だからな。お前が前に出ることで生じる危険よりも、前に出ないことによる不利益を許容する方が良いと思ったのさ。


 お前が反対することも、私のやり方とは違うからで全てが済む。

 お前が私に対して死んで欲しくないからと言ってあらゆる理由を付けたとしても、やり方が違うのだ、で説明が終わる。


 やり方が違って何が悪い、と言うのなら、同じことを言うだけさ」



 マシディリの唇が巻き込まれた。

 視線は外れない。しっかりとエスピラを見ながらも、拳を硬くするだけ。


 痛そうだ。

 爪が、掌底に食い込んでしまうだろうに。


 幼い頃のやわらかい手とは違い、もう戦う男の硬い手だ。それでも、どうしても、エスピラの脳内にはあのやわらかい手がよぎってしまう。


(ああ)

 これほどまでに大きくなった我が子に、幼い頃を思うのは、不敬なのだろうか。


「私は」

 エスピラは、ぐ、と喉仏を上下させた。

「マシディリが必要だと思うのなら、前に出ることを止めないよ」


 マシディリの唇が戻ってくる。

 視線も、少々弱くなった。


「困ったものだ。初めての子で良く分からず、マシディリには危険なこともさせすぎたと思う。後から生まれて来た子に比べ、あまり甘えさせてやれなかったのも事実だ。今となっては、セアデラには甘いのでは、と乳母に言われる始末だしな。


 木の高いところまでラエテルやソルディアンナが登れば、落ちないとは思っても不安になるだろう? 準備もするかもしれない。


 同じだよ。きっと。


 結果は出ている。危険なのはどこにいても変わらない。もしかしたら、マシディリが前にいることで兵の結束が生まれ、後ろにいるよりも安全になるのかもしれない。


 分からないさ。

 冷静な判断では無いからね。多くの者を命令一つで死なせてきたが、子供達にそんな命令は下せないのさ。卑怯なものだよ。自分の子は別だ、ってね。我が子の死に泣く者も、せめてと命乞いをする者も幾らでも見て来たと言うのに」


 ま、と力なく笑う。

 マシディリを止めた者達と同じ気持ちだとは思えないけどね、と言って。


 前に出て欲しく無いのは事実だ。

 でも、マシディリのこれまでの戦い方も知っている。劣勢を覆した決断も、その時のマシディリの位置も。エスピラにはできないことだ。それをこなしてきているのは、マシディリのやり方があるから。


 スペランツァの父として、スペランツァにもマシディリを止めた理由を聞かねばなるまい。

 何を企図し、どれほどの算段があってマシディリを止めたのか、と。


「父上は」

 と、マシディリが言う。

 あまり強くない声だ。先ほどまでの、僅かに敵意の籠った声とは違う。角が無い。

「子を思う父親の気持ちが分かっても、父を思う子供の気持ちを分かっていません」


 その通りだ、としか、思えなかった。

 タイリーは少し違うだろう。ならば父親であるオルゴーリョに関してだが、何も思っていない、が一番心情に近い。どうでも良いとも言える。父への非難がウェラテヌスへの非難に繋がるのなら怒りも湧き出るが、当人へはほとんど興味が無いのだ。



「私は父上に死んで欲しくありません。

 この行動が、父上を信じていないモノだと言われても、どうしても父上を前に出したくは無いのです。何が何でも、と言うモノではありませんし、何を犠牲にしてもとも考えなくはなりましたが、それでも父上に死んで欲しくは無いのです。


 本当は。本当は、母上が死んだ時だって。私も泣き叫びたかったのです。


 父上も母上も、きっと、普通の、他の、一般的な親に比べて、私達を愛してくれていますから。何を言われても私が弟妹の手本であろうと出来たのは、母上が愛してくれたからで、父上が味方で居続けてくれたからです」


 子供達を守って、と声がする。

 何も見えていなかった自分を咎める目を思い出す。


 愛妻は、そうだった。結局、最後まで、分かり切っていたことを口にはしてくれなかった。


(果たして、私は)

 言葉を呑み込む。

 心中であっても呑み込む。


 ずっとお前の味方だ、と言う言葉を、真たるものに出来ているのかと言う疑問は、それでも浮かんできた。


「やっぱり、前に出ないでくれないか? マシディリ」

「父上」


 噛みしめたような声に、真っ赤な目。

 しばらくは戻れないだろう。

 それでも、構わない。


「占いは難しいからな。仕方が無いとはいえ、あれほどの占い師が最後に外すとは。いや、外した占いを知られずに済むのだから、あれもあれで幸せ者か?

 尤も、そんなことを思えばメルアに怒られそうだがね」


「父上?」


「神託は外れる。

 お前は死なないと言った? 馬鹿を言うな。外れた神託でそのようなことを言っても、何も信じられん。それに、此処からは私の戦い方を徹底させるからね。前に出る必要は無い。籠って戦う。


 そうだろう?

 誰が、私に前に出てマルテレスと戦うことを期待する?」


 ぎこちなく、マシディリが口角を上げた。


「それは、父上の冗談、でしょうか?」

「まあ、サジェッツァが期待していただろうが。そこは頼むよ。うまいこと、軍団を保持したまま私がアレッシアに帰れる方法を考えておいてくれ」


 こんこん、と懐の短剣を叩く。

 心配は要らないと思いますが、と愛息はこぼした。


 第一軍団と第二軍団、第三軍団までは味方となるのなら、さもありなん。戦力はこちらが上か。


(最後の手段だがな)

 それでも、手があるに越したことは無い。


「強硬手段に出るとしても、アレッシアは押さえておかないとな。半島を脱してしまえば戦局を有利に出来てもその後の回復に時間がかかってしまう」

「物騒なことを考えるのはおやめください」


「ジャンパオロとタルキウスの誰かも拘束しておくか。アスピデアウスは、いざとなればリクレスあたりを継がせれば良いとは思ないか?」

「父上」


 マシディリがいつもの調子でため息を吐く。

 父上には任せられませんね、ともため息に混ぜて。

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