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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十三章
1344/1590

役者は出揃い

 オキデンス・クロコディルス。


 わざわざ防御陣地に『西方の鰐』なんて名付けたのは、軍団兵への訓示だ。


 目の前には橋を架けるかどうか迷う程度の川が二つ。左手にも川を配備し、川の傍には柵、その下に乱杭を配備している。どの川も、マシディリだって橋を架けるだけの労力と物資をかけるべきか迷う大きさだ。


 かと言って、乱杭を排除し、柵を壊そうと思えば兵は冬の川に足を浸し続けてしまう。


 結果、マルテレス側がやってきたのはやはり挑発と喧伝であった。

 曰く、マシディリは救援に失敗した、と。

 そうして、防御陣地の背後から襲わせるのを企図するとともに、物資の徴収をかけたのだ。


 だが、マルテレス側のその動きこそマシディリの『勝利』を確固たるモノにするもの。


「ファリチェ・クルメルトを始めとする最精鋭一千が救援に入った」


 この事実を、まず、突きつける。


 次は、もう物語の領域。

 何故マルテレスは嘘を吐いたのか。

 村を荒らしたのは何故か。

 そもそも、救援に失敗させたのに三角植民都市群を攻めようとしなかったのは何故。


 最後の問いにだけ、答えを流布させる。

「救援が入った以上、攻略が不可能になったから」


 無論、言葉は足りない。

 後は各々の頭の中で物語を組み立ててもらう。


 それから、マルテレス側に加入している者がいる各部族に向けて兵を発する。

 この村の頭は誰なのか。誰に従っているのか。誰が率いているのか。


 高圧的な確認作業だ。

 同時に、被害も伝える。

 略奪にあった集落だけでは無い。アレッシア軍の被害も。


 協力的な部族に関しては、物資の輸送に際してアレッシア軍が整備した道を使ってもらいもした。工兵能力もまたアレッシアの武器。その件殿をしてもらうためである。


「二万五千が二万二千、か」

 先の一戦だけの被害では無い。

 累計の損害だ。


「逃亡兵が出ていない分、数を保てておりますね」

 マシディリは淡々と言いながらも、心の内に沸きたつ煮え湯に蓋をした。


 逃亡しない、と言うのは、フィルノルド隊のように既に出て行った後とのこともあるが、多くは信頼によるものだ。マシディリに対する信頼。あるいは、他の高官に対する信頼。


 果たして、自分はその信頼に応える結果を示したのだろうか。


 疑念は、消えない。


 本隊の合流が始まったのは、そんな時期。

 最初に到着したのはクイリッタ。そのクイリッタの最初の行動は、スペランツァを殴りつけること。


「お前は、ウェラテヌスの当主にでもなるつもりか?」

 大勢の前で見下し、一言。


「クイリッタ」

 と、マシディリは窘める言葉を発した。


 クイリッタがもう一度スペランツァを見下すと、礼に則って過不足の無い挨拶をしてくる。


 敗戦の責任をスペランツァに擦り付けたような形だ。

 スペランツァが受け入れている以上、どういう意図があるのかは分かる。二人の想いを無駄にしないためにも、マシディリもこの件に関して公には何も言えない。


(果たして、その価値はあるのでしょうか)


 思いながらも、全軍の前で示せるのはスペランツァを変わらず重要な場所に就けつづけることのみ。個人的に呼んでの謝罪の言葉は、逆に要らないと押しのけられてしまった。


 次いで、合流するのはジャンパオロ。これで兵数は一気に二倍になった。しかも、訓練を積んでいるアレッシア兵。防御陣地の強化も加速度的に進み、前線の攻防、後方整備も一気に厚みを増す。


 三番目に到着したメクウリオ隊に関しては、第三列は古参兵だ。第二列もエリポス懲罰戦争に参加した者達。アスピデアウスが集めた新兵は第一列の半分に過ぎない最強格の軍団である。


 こうなると、マルテレス側も防御陣地の攻略を完全に諦めたようだ。

 自陣の前に柵を作り夜を越すが、朝になると大げさな動作で柵を外し、平野に並び始めている。


 野戦による撃滅。

 それを企図し、あるいは近くの集落を襲おうと試みているが基本的に集落は空。冬であるが戦火から逃すためと言う名目で移住させたのだ。強制的でもある。同時に、人手を欲しいところに連れて行き補充するのは、何とも父らしい、とマシディリは思った。


 少々強引なところも、最近のエスピラだ。

 そして、空ぶった敵兵を焼くのはメクウリオ。


 その日の天候、土の状況、家屋。それらを加味し、焼き殺す。あるいは、集落に強引にとどまり続けた村民ごと。


 従った者への手厚い保証と言う甘露と、従わない者への徹底的な業火。

 前者も後者もより極端に走っていけば、誰が来たかはアレッシア人でなくとも分かっただろう。


 ケラサーノの戦いの勝者。副官と言う軍団ナンバーツーの立場であり、怪物マールバラも打ち倒し、今やアレッシア第一の権力者の跡を継ぐことが確定している人物を押しのけられる者。


 即ち、軍事命令権保有者にしてアレッシア第一の権力者その人。


「出迎えは質素で良い。責務を優先してくれ」

 その伝言が広められても、我先にと出迎えようとした兵が集まり続ける。


 そんな集団の下に、たった一つの足音、それも大きすぎる足音が近づいてきた。


 アレッシア最強の古参兵。

 エリポス遠征以来、様々な苦難を乗り越えて来た生きる伝説。


 勇者で構成された、第一軍団だ。


 あるいは年齢で、あるいは病を得てしまって、あるいは不慮の怪我で。

 そうして定員は割れているが、こと、迎え撃つことに関しては彼ら以上の軍団は無い。


 先頭にいるのは、当然、栗毛の髪に紫色のペリース。左手には、神牛の革手袋。


「出迎えは質素で良い、と言ったのだがねえ」


 苦笑しながら、エスピラが兵に向かって軽く右手を挙げた。

 野郎どもの歓喜に満ちた汗臭い重低音が一気に鳴り響く。


 一方で、高官の反応は三つだ。

 自然体で出迎えているジャンパオロやヴィエレ。

 目を閉じ、膝もゆるく曲げているメクウリオやクイリッタ。

 体を硬直させ、口を真一文字に閉じ切っているコクウィウムやスペンレセ。


 そんな集団が見守る中で、マシディリは最初の命令、軍事命令権保有者の代理として采配を振るうことの認可が書かれた粘土板を手に、エスピラに近づいた。


 一歩、地面を踏みしめるごとに周囲が静かになる。

 地面は特段やわらかくも、硬くも無い。足裏にも感触は常通り伝わってくる。


「お待ちしておりました」


 そうして、マシディリは粘土板を差し出した。


「顔色が悪いな」


 しかし、エスピラの行動は礼を逸脱するモノ。

 マシディリの頬をつまみ、伸ばされる。幼子にするようなモノだ。エスピラにもその意識はあるのか、かたいな、と苦笑している。


 エスピラが家にいるかのような笑みを浮かべ、肩を軽く竦めた。


「悩み事は何だい、マシディリ。セアデラには甘いのでは無いか、と言われてしまったからね。その悩みぐらいは、根本から解決してみせようか」


 俺にも甘くしてくれるってこと? と、列の中にいるアグニッシモが言う。もちろん、と言うような笑みをエスピラがアグニッシモに向けた。後ろで聞こえる衣擦れは、アグニッシモが誰か、おそらくクイリッタに何らかの突っ込みをもらった音だろう。


 マシディリは、礼の姿勢から膝を戻した。


「いろいろ。考えることが多すぎるのですが」


 背筋を伸ばし、ため息交じりに言いつつ。


「どうしても分からないのは、何故べルティーナはあんなにもかわいいのか、と言うことですね」


 エスピラが、声を上げて笑いだした。


「それは解決できないな」

「世界で一番可憐なのと一番美しいのが両立しているどころか、賢妻でもありますので、本当に、どうして何でしょうか」

「世界で一番はメルア以外にあり得ないが、まあ、そこは後でゆっくりじっくりと話し合おう」


 最初に怒りを滲ませたような声も、その後の崩しも。

 完全に軍団の空気を変えるモノ。


「さて。早速だが、防御陣地の確認に動いても良いかな。


 クイリッタ。第一軍団に対する諸々の手配を頼む。

 ヴィルフェット。先遣隊にいた立場からクイリッタの補助を。


 各軍団長は、この後の打ち合わせの準備を進めてくれ。第七軍団は、スペンレセ。君が代わりに出席するように」


 さあ、行こうか。

 父にそう言われ、マシディリは着いて行くように横に並ぶ。

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