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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十三章
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アライオの戦い Ⅰ

「相手は諸部族の搔き集め。各々の力に自信はあっても、隊列を厚く保たねば逃亡が相次ぐ集団です。仮に正面だけではないところに配置し、こちらを覆おうとすれば、功に焦った者が突出して各個撃破の危険を招く。


 故に、敵は厚い隊列を正面に並べるしかありません。


 戦闘に参加できる兵は、我らと同等か我ら以下!

 数的不利など無い!

 隘路を背にした敵に、逃げ道も無い!


 監視するための部族に上下を付けないためにも、アレッシア人を高官に据えるしか無いが、アレッシア人高官があとどれくらい残っておりますか?


 この戦いは我らが勝つ!


 英将オプティマ・ヘルニウスに勝ち、また一つ、歴史に名を刻もうではありませんか。

 私と、皆さんで!」



 完全な虚勢だ。

 だが、嘘は言っていない。


 戦場での勝利が勝利とは限らないのだから。


 オプティマに応じる義理を果たし、不完全燃焼にすることでオプティマに不満の種を燻らせる。同時に、戦略としてもアレッシアは援軍を惜しまないことを示し、むしろ食糧を供給するとも見せつけるのだ。


 そして、エリポスに対してならば、エリポスに関与しなかったフィルノルドやティツィアーノよりもファリチェの方が印象に残る。


「さあ! 並びましょう!」


 ずらり、と兵を並べ、軽装騎兵で襲撃をかける。


 当然、並んだのは朝早く。しかし、朝食の時間はいつも通り。

 陽も短くなっている今、兵の闘志を滾らせつつ制する時間は短くて済む。


 とは言え、至難の業だ。

 命の危機にある荒くれ者達を、いつまでも留めて置けるものでは無い。


 少々の息抜きの小競り合いのつもりが、本戦に発展することも多々ある。あるいは、小競り合いだと思っていたら終わり、いつの間にか趨勢が移っていたことも。



「質は、こちらが上ですね」

 鼓舞をしながらたどり着いた左翼で、ティツィアーノに話しかける。


「その差を埋めるために、攻めてきて欲しいのでしょう」

 ティツィアーノも静かに言った。


 今日は、時間こそマシディリ達の味方である。戦場でにらみ合い、野戦の時間を短くするだけでなく、後方でアスバクらが行っている陣地形成もどんどん強固になっていくのだ。


 だが、緊張の糸を不用意には緩められない。

 張り詰めすぎていては、いつか切れかねない。


(さて)


 敵の両翼前面が入れ替わる。

 敵左翼がイエネーオス。敵右翼がスィーパスだ。騎兵隊が敵の歩兵の蓋をする形になると同時に、こちらの挑発兵も追い払われる。中々近づけないだろう。


 本格的な攻撃を開始しない限りは。


 そして、相手からの先制攻撃の危機に晒されたとも言える。


(誘い込まれた、と)


 相手も、防御重視の姿勢を崩してしまったことになる。

 仮に二人が決戦戦力である騎兵ならば、敵は最後の一撃を自ら弱める決断をしたのだ。


 だが、主導権を握り直したとも言える。


 定石は、こちらも騎兵をぶつけることだろうか。


 幸いなことに相手がどちらにどちらがいるかは分かっている。そして、マルテレスがいない騎兵戦は、今のところマシディリ側の方が戦績が良い。


 イエネーオスにアグニッシモを、スィーパスにクーシフォスかミラブルムを当てれば、相手の戦力を削れる。同時に、交戦開始だ。こちらも騎兵を一旦引かせなければ、敵歩兵の的になりかねない。


 マシディリは、空を見た。

 青空だ。

 太陽は未だ欲しいところに来ていない。


(どうする?)

 相手は戦術の転換を図った。

 こちらは、固執するのか。それとも変転してしまうべきか。


(言葉選びが良くありませんね)

 意思を貫徹するか。それとも、柔軟に対応するか。


 ぐい、とマシディリは両の人差し指で口角を無理矢理持ち上げた。

「笑え」

 誰にでもなく、言う。


(指揮官とは、誰よりも情が深く冷淡であり、誰よりも自分に酔いながら自身の決断を疑い、誰よりも利を分配し己の利益に強欲でなくてはならない)


 気が狂うような二面獣だ。

 彼らの決断が多くの悲劇を生み、恨みの連鎖を生み、そして、今日のアレッシアの栄華をもたらした。


「左翼にミラブルム様の騎兵隊とクーシフォスの騎兵隊を展開。終わり次第、フィルノルド様に突撃していただきます。ただし、他隊は呼応しないように。騎兵を展開しない右翼はもちろん、左翼も。ただ、中央に突撃していく様を見続けてください」


 ともすれば、見捨てるとも取れる動き。

 両翼に騎兵がいれば、動いた敵騎兵の側面を突くためとも思えるが、そうでは無い。


「中央を分断し、イエネーオスとスィーパスの意識の差が出れば良し。

 出なければ、そのまま敵左翼を包み込みましょう」


 受け止めた後、敵はどうすれば良いのか。


 それは、三つだ。正面から押し返すか、両翼から包み込むか、片翼などの一部で包み込むか。敵から見た現在の戦場では、両翼から包み込む以外を採用するとアレッシア軍に逃げられてしまう。でもきっと、オプティマも最初から両翼包囲は狙っていない。



「フィルノルド様」

「単独突撃か」

「はい」


 伝令だけではなく、口でも直接。

 そのために訪れつつ、マシディリは表情や立ち振る舞いから感情を排した。声の抑揚も必要以上に平坦にする。


「軍議とは違うな」

「そうなりますね」


 フィルノルドの足は閉じていない。膝もつま先もマシディリに向いたまま、手の握りも緩いままだ。剣の近くに手が寄ることも無い。


「オプティマ様の最大の長所は、劣勢であっても楽観的な姿勢を維持し、士気を保ち続けられることです。ですが、それが五万全員に届くかと言えば、野戦では厳しいでしょう。それも、フィルノルド様に中央を攻められている状況では動きにくいはずです。

 イエネーオスは問題無いでしょうが、跳ねっ返りのスィーパスは恐怖が伝播した諸部族兵を見て、どう思うか。スィーパスの傍にオプティマ様がいるのなら、イエネーオスだけになった左翼にこちらが攻撃を集中すればどうなるのか。


 相手が動かなければ勝ちです。

 動かれれば、こちらは相手の数と戦わなければなりません。


 ただし、その後の作戦が上手く行くかもフィルノルド様にかかっております。フィルノルド様が敵を押し込めれば、こちらの作戦の幅が広がる。フィルノルド様の刃が通らなければ、こちらは負け。


 不動の味方と、決死の覚悟で挑むフィルノルド様。

 その落差で、相手に恐怖と動揺を生みましょう」


「正気の策じゃないな」


「怖いですか? それなら、立てた甲斐があったと言うモノです」

 にこりともせず。

 マシディリは、口以外何も動かさず、瞬きもせずに平坦に言い切った。


「マルテレスが作戦が機能した後の突破力によってマールバラの天敵になったと言うのなら、マシディリ様はそもそも作戦を機能させない方向でマールバラの天敵だった、と言う訳か」


 フィルノルドが、マシディリから離れる。


「野郎ども!」


 始まるのは声を張り上げた演説だ。

 マシディリは、その全てを聞くことは無く中央を離れる。すぐにヴィルフェットとコクウィウムを呼び出し、フィルノルド突撃後の中央とする手配を整えて。


 太陽が下り始めて半分に差し掛かろうかと言う時刻。


 フィルノルド隊の大規模突撃を以て、本格的な会戦が始まった。

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