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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十三章
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勝利条件

「速攻を仕掛ければ良かったんだ」


 誰かが呟く。

 誰かは、詮索しなかった。


 所詮は結果論に過ぎない。マシディリも、強硬主張するつもりも無く、被害が大きすぎるからとファリチェの提案に飛びついた身だ。その意味では、スペランツァら反対派と何も変わらない。


 何より、マシディリの仕事は不和を撒くことでは無い。融和を図ることだ。


(戦わざるを、得ませんね)

 マルテレスの配置は、あるいは人払いか。

 それとも、戻ってくるのか。


(何よりも)

 マルテレス軍の行軍速度が遅かったのは、女子供老人がいたから。

 彼らの護衛としてマルテレスと精鋭部隊が隘路を渡っている時をマシディリが掴み、攻撃を仕掛けることができていれば良かったはず。


 そして、それは攻撃を主張していたマシディリがやらねばならなかったことだ。


 確実に、自身の失態だと。マシディリは、拳を硬くした。


(物資を根こそぎ奪っていったのは、足りないからじゃない)

 街以外で冬営を可能とするため。その力は、『アレッシア兵』なら持っている。


 過酷な略奪は、先に利益を与え、軍団を維持するため。ならず者の維持と、恐らく、彼らにとって突かれたくない弱点を緩やかに刺激してみたし、同時に将来を与えるために。


 マールバラは本国からの戦力補強が十全では無い中でも北方諸部族を追加兵力として補充していた。無論、ただの荒くれ者も居ただろう。部族によっては貴重な働き手を失いたくないため、ならず者をひとまとめにして送りつけていたところもあったかもしれない。


 そして、マールバラと最も直接戦闘を繰り返してきたのはマルテレスだ。

 統率技術を学んでいてもおかしくは無い。


 マルテレスの学習能力の高さは、護民官選挙に若くして当選したことからも明らかだ。サジェッツァの後ろ盾があったとはいえ、その知識を学び、父の話が本当ならばカルド島を任された父が、どのような思惑で権限を与えられたのかも見抜いている。


「最低でも、潰しに行って負けたから消極的になった、と言う物語が必要ですね」

 しかし、それは最低の最低限だ。

 マルテレスに恐れを為したアレッシアに、どれほどの者が味方し続けるのか。



「一瞬の隙をください」


 声を大きくしたのはクーシフォス。

 これまでは、ほとんど意見を出さず、軍議で決まったことに従って来ていた。だが、今は誰よりも主張を強くしている。


「ロンジョリ湖畔は、目の前の隘路を使えば全力行軍で半日の距離です。物資の持たない騎兵ならばもっと速くたどり着けます。大事な騎兵戦力をすり潰すことにはなりますが、幸いにしてアグニッシモ様もミラブルム様も私より優秀な騎兵指揮官。最大の戦果を挙げるためにも、お目こぼしいただければ幸いです」


 眉間に皺を寄せ、クーシフォスを睨みつける。

 そんなマシディリの態度にも、クーシフォスは臆さなかった。


「母上があちらに居れば完璧でしたが、それでも私に情を持ってくれる方は敵陣にも居ります。非戦闘員は攻撃の手が緩むはず。父上だけならその声も無視できる可能性は低いと思います。

 私が、誰よりもこの作戦を成功に導ける可能性が高いと。そう、進言いたします」


 同意の言葉は、無い。


 無論、どこかで承諾するような雰囲気も感じる。

 打開の手として。あるいは、マルテレスの息子を疑う気持ちがあるから。


(到底認められません)

 否定するなら、より良き手を。

 ぐり、ぐり、と皮が削れんばかりの力で右の人差し指と親指をこすり合わせる。


「想定が甘い」

 硬質な否定の言葉は、フィルノルドのモノ。


「隘路に詰まる敵を引きずりだし、その隙に突撃を敢行し、なおかつ破壊が可能かは相手の事情に左右される。そのような作戦で貴重なオピーマの嫡子を消耗することは到底認められんな」


「お言葉ですが、敵の冬営が危ういモノであると敵軍に知らせ、味方には救援の意思があると伝えられなければ負けだと考えております」


「その勝ちが危ういと言っている。クーシフォスでは、さもありなん、で終わるだけだ」


 クーシフォスの拳が白くなる。

 口元も閉じているが、見えている首は筋がはっきりと見えた。


「執政官経験者をこの作戦に費やせば、敵味方の考えが変わるはずだ。

 それに、私なら軍団内部の立場を考えてもマシディリ様が強権を持っているか、私が志願したかでしかこのような任に就くことは無いと思われる。何より、降兵をマルテレスが起用しているのなら、攻撃意思も幾分か弱まろう」


 こちらに残ったフィルノルド隊の兵の意思の強さも折り紙付き。


 故に、迷う。

 果たして、マルテレス側はどこまで持久戦の用意ができているのか、と。


 冬を越すのが精一杯か。それとも、その先もあるのか。


(攻撃は既定路線)


 堅固な陣を作られたくないマシディリと、本隊を迎え撃つための場所を守り抜きたいマルテレス。


 レグラーレのは早期発見か、それとも見つけさせたのか。


 多分、乗ってこなかった場合の策としてもしっかりと練っているだろう。


(目論見を崩すなら、早期の攻撃)


 オプティマも、それは分かっている。

 クーシフォスの性格は、マルテレスが良く知っており、そうなればどういう経緯であれフィルノルドがその役を担うことも、推測は容易いはずだ。


 自分なら、どう備えるか。


 高官の話し合いをどこか遠くに見ながら、思案する。


 要するに、突撃の威力が死ぬまで堪えるだけで良いのでは、と。

 数の差は圧倒的。こちらの攻撃の機会は、相手が隘路に差し掛かった時だけ。


 そこまで絞れれば、幾らでも戦い方はある。


(戦ったら負ける)


 そう。

 まともに、戦ったのなら。


(勝ちが危うい、ですか)

 

 では、勝ち、とは。負けとは。何か。


「負け戦ならば」

「スペランツァ」


 弟の発言を止める。

 手のひらを向けるだけで、視線は向けない。目は、ずっと地図に。


「戦いは、夕刻に行います」

 左手を顔の高さに維持し続けて他の者の発言を封じ続けて。


「挑発と小競り合いを続けながら、今日の戦いは無いかと思うような時間に仕掛けましょう。布陣は横に広げ、左翼に第四軍団を配備。攻撃の中心をそちらに意識させつつ、パライナ隊による登山を敢行します。相手の意識が左右に逸れたところで、フィルノルド様が突撃を。


 今回の最大の攻撃は、フィルノルド様のこの一撃です。


 味方右翼山中にレグラーレやリャトリーチに預けた部隊を進め、襲撃を増やし、折をみてアグニッシモの攻撃にも晒しますが、突破は狙いません」



 ゆるり、と手を下げた。

 視線を地図から上げ、ファリチェに。


「被害の少ない内に負け、軍団の傷を減らす、か」

 発言者はフィルノルド。

 うー、と唸ったのはアグニッシモで、ヴィエレも険しい表情を俯くことで隠そうとしている。


 ただ、マシディリの顔は能面。

 何の感情も見せない。


「私は、負けるために戦うつもりはありません。この戦いも勝ちます」


 一拍。


 退くのでは? と言葉にしたのはフィルノルドだが、多くの者が同じ感想を抱いていそうだ。


「勝利条件を変えます」

「は?」


「誘い出すためと言う理由はあれど、此処までのマルテレス様の進軍はあくまでも三角植民都市群を攻めるため。私達が向かわねばならないのは、守るため。


 その構図が前提にあるからこそ、全ては成り立っています。


 ならば、援軍を入れてしまえば良い。

 援軍が入れば敵も容易には攻撃出来ず、こちらもできうる限りで救援したことになり信を失わない。時間的猶予も出来る。


 ファリチェ。私が監督する部隊とファリチェが監督する部隊を交換いたしましょう。

 私の信ずる最精鋭歩兵一千と父上の薫陶を余すことなく受け容れ、民会の代表者に上り詰めた軍団長が援軍としてやってくる。


 恐らく、二倍以上の敵とにらみ合っている軍団がこれだけの部隊を割くのは、非常に、大きな誠意だとは思いませんか?」



 四つの道を進んだ小部隊の内、発見されたのは二つ。

 道なき道なら他にもある。


 そして。

「乾燥した果実と蜂蜜を中心に運び入れてくだされば幸いですし、無理な場合はそれらを撒けば、ある程度敵の動きは止まると思いますよ」


 腹と性欲と暖をひとまずでも満たしているのなら、蜂蜜と言う甘味の魅力は増している。これからが粗雑な食事になるのであれば、彩を得るのは自身の口のためにもなり、軍団内部での人間関係で優位になることだってできるのだ。

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