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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十三章
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揃わぬ両靴

「マルテレスとオプティマが率いる倍の数の軍団に突撃することは無謀です。そもそも、相手からすれば全軍を指揮する必要は無いのですから。言うことを聞く一万さえいれば、あとは捨て石に出来る兵力差です」


 スペランツァがなおも食い下がってきた。

 最近は、弟との不仲説も流れ始めてしまっている。


「マルテレス様はそのような作戦は立てませんよ」

「戦略が変わっていることには兄上も前から気づいていたはず。その者は、オプティマでも無いと、今回の件で兄上も思っているのではありませんか?」


「兄上は良くも悪くも最前線に立つ方です。居なければ相手は調子に乗るか、兄上がやってくるまで粘ろうとするか。喧伝材料にも利用される恐れがあります」

 ヴィルフェットがスペランツァに言い返す。


「かつらとペリースがあれば誤魔化せる」

「敵は顔見知りなのにですか?」

「惑わされる方が悪い」


「まやかしを信じる相手はまやかしを信じたい者。アレッシアの潜在的な敵です。こちらが真実を持ち、相手がまやかしを喧伝するからこそ、その見極めができるとは思いませんか?」


「職責を考えれば、マシディリ様が前に出るのは避けた方が良い」

 ティツィアーノも参戦してくれば、流石にヴィルフェットも分が悪い。


(ですが)


 オプティマには、世話になった。


 特に執政官になった時は、オプティマとサルトゥーラの力が無ければあれほど円滑には進まなかっただろう。マルテレスに師事していた時も目をかけてくれた。アグニッシモも「坊」と呼ばれ、可愛がられている。


 なのに、その者がアレッシアを裏切ってまで望んだことを無視して良いのか。


 兵の命と、恩義。

 普通に考えれば、取るべき方は決まっている。

 それでも。


「私が前に出れば、オプティマ様が前に出てきます。それ以外では、相手の作戦はもっと多岐にわたるでしょう」


 マシディリも議論に復帰した。

 黙っていろ、と言う言葉が撤回されていないアグニッシモも、うんうんと頷いている。


「オプティマ様が前に出てくるのは、絞れた訳では無いと思います」

「優劣がつきかねない以上、マルテレス様の扱いに慎重にならざるを得なくなります」

「負け戦に、兵の命を懸けろ、と?」


 やはり、ティツィアーノもそこを突いてくる。


「命を捨てて来いと命じる場に、命じた本人がいないのでは兵も報われません」

「優秀な人は一人でも多く居た方が、こちらも安心できますからね」


 小さな声で細く言ったのは、コクウィウムだ。

 本人が意図しているかは不明だが、再編第四軍団の軍団長補佐である人物がマシディリ側に立つと、ティツィアーノに与える影響も大きくなってくる。


「ドーリスに手紙を送ります」

 この機を逃さず、マシディリは切り札を取り出した。


「こちらの悲壮な覚悟をドーリス、そしてエリポスに訴える手紙です」


 スペランツァとティツィアーノが大手を振って出せる大義名分がマシディリの敗北によるケラサーノの戦いの果実の縮小ならば。



「ドーリスとの関係を思えば、マルテレス様がモニコース様を攻撃することはあり得ません。しかしながら、万が一を考えて追撃しなければならない、と。そして、万が一が起こりうると判断すれば、敗れると分かっていても一戦を交え、何としてでもモニコース様を救う、と。


 ウェラテヌスらしくチアーラの名も出しますが、同時にコウルスの扱いについても丁重なものを願う流れに繋げます。


 誰のための敗戦か。

 それは、エリポスのため。

 それでもエリポスが何かをしようと蠢動するのなら、最早人でなし。


 縁戚としてドーリスが仇討ちを敢行する大義名分ともなりましょう」



 ドーリスもカナロイアもアフロポリネイオも、別に領土的野心が消えた訳では無い。

 むしろ、メガロバシラスがついに目に見えて弱体化した今こそエリポスの主導権を確固たるモノにする好機。そのために水面下では動き続けている。


 対アレッシア政策は、その最前線だ。


(スペランツァ)

 その先まで読めるだろう、と愛弟に目をやる。

 この手紙があることで、マシディリがそこまで前に出なくても良くなったのだ、と。


 しかし、スペランツァがしたのはゆっくりと目をつぶることであった。


「出来れば、兄上に撤回していただきたかったのですが」


 そう言うとスペランツァは立ち上がり、天幕を開けた。

 ファニーチェ、と呼んでいる。


 やってきたのは、呼ばれた名の通りファニーチェ・ベエモット。セルクラウスの被庇護者だ。インツィーアの大敗から生き延び、元老院よりもマールバラから功績を評価されていたところをスピリッテ・セルクラウスがアレッシアに引き戻した、実力者である。


 多くの敗戦とそれでも残り続ける五千は、ファニーチェがいればこそ、との影響も無視できないほどの男だ。


「父上からの手紙です」

 スペランツァがフェニーチェから手紙を受け取り、マシディリの前に持ってくる。


「港と道路の整備に腐心し、マルテレスと戦うことの無いように、と」


 パピルス紙を広げる。

 確かに、父の字だ。


(ですが)

 最初からスペランツァが持っていれば良かっただけの話。それに、クイリッタもオルニー島に入っている。この命令自体は、イーシグニスも持ってきていた。


 詰まるところ、最新の命令では無い。

 止める札として用意していただけ。恐らくはスペランツァかクイリッタが強請った物であり、だとしてもクイリッタが到着するまでマシディリを留めるためだろう。


「今やマルテレス様の軍団は飢えた獣の群れ。行く先々で食糧を食らいつくし、布を全て奪い、破壊と汚染だけを残して移動しております。対抗を訴えている我らも、結局は破壊された後に直しているだけ。

 現地諸部族から救援要請が届いている以上、戦う姿勢を今一度見せることも大事だと愚考いたします」


 それならばとヴィルフェットも立ち上がる。


「投石機とスコルピオを用いて、防御陣地群を構築していけば、相手にも焦りが出ます。攻撃に意識が傾き、備えが緩くなったところを強襲する。


 ただ一撃で構いません。


 一撃で勝利と言う形を作れば、防御陣地群に引きこもる。それで、敵は動かなくなると愚考いたしましたが、如何でしょうか」


「籠るのなら、一撃の必要は無い。結局マルテレスは自由に行動できる」


「あります。諸部族の心を繋ぎ止める可能性が上がるのです。幸いなことに兄貴も二週間か三週間あれば到着するはずですから、籠るのも戦略と捉えてもらえると愚考いたしましたが」


「それこそ待てば良い」


 あるいは、ヴィルフェットが功に焦っていると言う流れにされてしまうか。

 弟と従弟のやり取りを見ながら、マシディリは思案する。


 三週間は、長い。

 今後も考えれば、上陸後もアレッシアの動きが鈍いのだと思った諸部族が未知の敵になびきやすくなる可能性も潰したいのだ。



「道に熟知した者を先導に着け、機動力を重視した小部隊を先回りさせるのは如何でしょうか」


 提案者は、ファリチェ。


「隘路を越え始めた時に、出てきた傍から叩くのです。


 幸いなことに、相手はエスピラ様がいつ到着されるのかを全く把握していない様子。そうであるならば、我らを囮として既に回り込み、隘路に閉じ込めたと言う想像もさせられるでしょう。


 兵の故郷を思えば、プラントゥムに帰れる方の道を選択するしか軍団を保つ手はありません。南下してきた敵を、我らが防御陣地で迎え撃つ。


 それならば、十分に勝算があると思います」



 良き手だ。

 戦術的にも、戦略的にも、この場に集う高官の思惑としても。


 父からの信頼が篤い理由が良く分かる提案である。


 かくして、マシディリは八十人規模の小隊を四つ、送り出した。

 取りまとめは先導も含めてレグラーレに任せる。


 夜中に送り出した部隊は、しかし、翌々日の朝には帰ってきた。


「申し訳ありません。四部隊の内、二部隊が襲撃を受けました」


 思わず、目は北方、敵軍のいる方向へ。

 ずらりと並ぶ、五万の軍団を。


「非戦闘員はすでに隘路を越え始めております。そして、彼らを守るためにマルテレス様と精鋭部隊が抜けた先を哨戒しておりました。

 敵は、ロンジョリ湖畔に簡易陣地を築き始めております」


 このままでは、隘路に誘い込まれて戦う羽目になるのは、本隊と合流したアレッシア軍になる。

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