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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十三章
1335/1589

出る者、入る者

「マルテレスは、三日後、陽が沈み切り、東の空に雄牛の赤い星が輝くころにテルマディニをあとにします」


 これで、五人目の情報提供者である。

 それでも、マシディリはさも初めて知ったかのように驚いて見せ、喜びを表し、褒美を取らせた。

 十分な褒美の量だ。ただし、最初に来た者は『破格な』量を与えている。


「決まりですね」

 ヴィルフェットが言う。


 シャガルナクを落として以降、マシディリが胸を張って言えるような勝ちは一度として無い。それでも、進軍を続けていたのはマシディリ側であり、テルマディニの住民が積極的な同心を図ってきたのもマシディリに対してである。


 その空気は、マルテレスも分かっていたのだろう。

 だからこそ、冬営地としてのテルマディニを放棄する決断をした。


「予定通り、スクトゥム様にマルセイ・アトラシアまで進んでもらいましょう」


 スクトゥムはメクウリオが率いる第二軍団の高官だ。

 第二軍団自体はまだ道の途上にあるが、エスピラの一時帰国に連動するように、本隊から離れて一気に合流してくれたのだ。


「決して、アグサールには入らないよう、願います」

「かしこまりました」

 スクトゥムが立ちあがり、目を閉じる。


 アグサールはグライオが話を付けた製塩で栄えている集落である。ただし、洪水の害も度々あるため、もう少し北方、より内陸に位置しているファバキュアモスの方が人口は多い。


 また、グライオが押さえている二つの南方の港とテルマディニやその西方に伸びる道の間には塩水湖がある。マルセイ・アトラシアはそんな塩水湖の終わりに位置している集落だ。いや、集落の跡地と言った方が近いだろう。攻め込むには隘路になるため少数でも防衛できるが、マシディリ側からも多数の兵を送り込むことは出来ない場所である。



 詰まるところ。


 マルセイ・アトラシアを抑えて置けば港が西方から強襲される可能性を低くできる。

 マルセイ・アトラシアに見張りを置いておけば、アグサールの民が約束を守ったかどうかを確認できる。

 マルセイ・アトラシアに部隊がいれば、アグサールを去った後に素早く占拠できる。



 同時に、北方、山場の道からも部隊を進ませた。

 幸いなことに小競り合いは良くしている。それに紛れ、北部の山道を抜けさせたのだ。


 川の中腹を抑え、湖へと通じる大きな道を封じることのできる集落へ。スペンレセ、ポタティエ、パライナと言う少し挑戦的な面子を送りこんだ。総兵数四千。此処には防衛陣地も張り、敵の物資徴発を制限する狙いがある。


 ただし、最も大きな道、テルマディニ西方にはほとんど兵を配備しない。


 出来ないのだ。野戦は、望むところでは無い。ちょっかいをかけるために足の速い兵と軽装騎兵を用意したが、ちょっかいをかけるだけで終えるつもりである。


 マシディリとて、捨てられたのなら拾うのみ。

 テルマディニの確保が最優先。

 その他の襲撃は、全て弱らせるため。


 水や食料を手に入れさせず、共に逃げる女子供を怯えさせるための襲撃だ。


 果たして、三日後。

 情報通りにマルテレスの軍団が移動を開始した。


 しっかりと陣容が分かれば直後の襲撃も考えたが、これが分からない。夜であるため、マルテレスらしき人影も部隊も見当たらない。


(無闇には仕掛けられませんね)


 敵の警戒も最大級。

 隊列の最外殻を重装歩兵で固め、騎兵も一定間隔で続いている。その内側が恐らく諸部族の軽装歩兵だ。


 そして、喚声。

 東方に位置している第七軍団と第四軍団の野営地に囮の襲撃を仕掛けているのだろう。


 備えは万全だ。第四軍団の陣地も、第七軍団の代わりに入っているフィルノルド達も、後れを取ることは無い。分かっているのだから、はじき返せなければならないのだ。


 そして、南、グライオ隊へも攻撃の兆しを見せているが、こちらの城門は開かない。

 悔しいが、マルテレス軍が最大の警戒を払ったのはグライオの部隊、と言うことだ。


「万全の備えの中に飛び込むことはありませんね」


 流石の百人隊長達も体を動かし、手足を温め始めたところでマシディリは息を抜いた。

 全軍に伝播したのか、後列の者達は構えを解く。前列は戦闘体勢のままだ。


「ファリチェ、ヴィエレ、ヴィルフェット。後は任せます。隙があれば攻撃を。無ければ、威圧を続けるに留めましょう」


「かしこまりました」

「おう」

 二人の律儀な返事に、ヴィエレの豪放な返事。


 第七軍団の残り半分とクーシフォスに後を任せると、マシディリは夜の内に自陣へと帰った。


 翌朝。

 敵軍が去ったテルマディニに入場を果たす。

 その場ですぐに陣容を整えると、追撃部隊としてティツィアーノと再編第四軍団を昨日出て行った軍団と同じ道に送り出した。


 マシディリも追尾したい気持ちはある。

 が、マシディリの仕事はこっち。テルマディニの整備と体制の構築だ。



「見事なまでに空ですね」


 がらん、とした穀物保管庫。

 その中に足を踏み入れながら、マシディリは現地の言葉でこぼした。


 薄暗い中をアルビタが灯した光を頼りに進んでいく。

 本来は、冬に向けてたくさん積まれていたのだろう。だが、見事なまでに空だ。落ちているのは、僅かな穂先や葉、そして袋。


 マシディリは、袋の一つをつまみ上げた。


(破けている)


 強引に切り裂き、引きちぎったような痕だ。

 やや綺麗な切り口と、強引な裂け目。奪い合っていたとしてもおかしくは無い。


「こりゃ、さっさと二個軍団を出して正解だったな」

「不敬」


 同じく袋を手に取り、しゃがんだままだったイーシグニスの尻にレグラーレの蹴りが飛び込んだ。

 派手な声と音を立て、イーシグニスが暴れ回る。


「うるさいですよ」

「ちょっ。酷くないですか!」


 くすり、とマシディリは現地高官に笑いかけた。

 イーシグニスのひょうきんな動きに、現地の者も戸惑ったような顔を浮かべている。が、表情は少しばかりやわらかくなったようにも思えた。


 だが、その表情も冬の空のように沈んでいく。


 街の中心部、マルテレスらが主に居座っていた場所はまだ綺麗だ。しかし、外側に行くにつれて荒廃が見て取れる。それも、西側。マシディリ達がいなかった方。戦闘になっていない場所であればあるほど、壁に空いた穴や桶の無い井戸などが見えるのだ。人々の服装も、どこか季節感が無い。みすぼらしいのではなく、布が無いのだ。


 金品があるのは、中央。しかし、そこの金品はさっと見回しても簡単に見つかるほど残っている。でも、外側には毛皮も無い。


「統率に失敗してんね」

 不敬、とまた蹴りが飛ぶ。

 その様子を、今度はマシディリは深刻な表情を崩さずに流した。


「冬は越せそうですか?」


 村長に尋ねる。

 村長は、頷いた。


「質問を変えます。死者をほとんど出さず、冬を越せそうですか?」


 間が、長くなる。

 閉ざされた口が開く気配も無く、目もうつむきがち。表情が暗いのは村長以外の者もそうだ。


「本国に援助を頼んでみます。その代わり、アレッシアによる改造を施しますが、よろしいですね?」


 マシディリの後ろに着いてきている者が蓄えている可能性は否定できない。

 でも、追及する時間も無ければ、追及して損なうモノよりも寛容性を見せる方が大事だ。


 少なくとも、マシディリはそう判断した。


「リャトリーチ」

「はい」


「ファバキュアモスに急行し、防寒具の類を隠すか遠くに置くように伝えてきてください。

 貴方がたの取れる選択は、二つに一つだ、と。


 防寒具を隠し、食糧を全て差し出すことにはなるが冬を凍えずに過ごすか。

 防寒具を隠さず、全てを奪われて、幸運な者は冬の訪れの前に死ぬか。


 そう伝えていただければ結構です」


 場所によっては、西方でも金品の類は残っている。

 根こそぎ取られているのは、毛皮や布の類だ。


(マルテレス様の軍団は、物資の絶対量が足りていない)


 口減らしのための野戦を仕掛けたいと思う高官もいるはずだ。

 そうなれば、被害の大きな作戦を躊躇なく取ってくるかもしれない。


「正面衝突は避けないといけませんね」


 呟きを強め。


 マシディリは、テルマディニに残す予定のイーシグニスとテルマディニ陥落の功労者であるグライオと共に、テルマディニのこれからを詰めていった。


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