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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十三章
1331/1589

勝者はどちら?

 普通であれば、アグニッシモとクーシフォスが攻撃側。ティツィアーノをマルテレスに当てて拘束するべきかもしれない。

 ただし、マシディリは逆を展開した。


「ファリチェとスペランツァに。念のため、陣の堅守指示を」


 戦闘が始まってから、まだ僅かな時間しか経っていない。

 それでも、野戦右翼は崩壊してしまった。


 ただし、敵の移動と思われる砂ぼこりもまだ見える位置にある。追撃するのは、統率のとれた再編第四軍団。一部の部隊はマシディリの傍にいるが、追撃の形が続けば問題は無いだろうし、続かないのなら退くこともできる面子だ。


「アグニッシモに。己に従え、と」

 マシディリは別の伝令をすぐに送る。


 マルテレス隊は、後方へと行く光を出した。しかし、下がり切らずに再び突撃をかましてくる。


 現在、マシディリ側の手元にいる騎兵はクーシフォスだけ。

 マルテレス隊の戦場移動についていける部隊は右翼にも中央にも無い。


(ひたすらに、耐えながら)


 血が舞い、臓物がまろび出る。

 一万近い味方が、二千の敵兵に言いように蹂躙されているのだ。


「ヒブリットの軽装騎兵隊がマルテレス様後方のかく乱を。ポタティエは援護。スペンレセは敵軍追撃の用意を。クーシフォスは二人の部隊に隠れ、部隊を西方に動かしておいてください」


 同時に、マシディリは最左翼の砦から三百六十の兵を出し、自身の部隊とした。ボダートとスキエンティの隊は九十度回転し、戦場を狭める蓋として北上、右翼側へと近づいて行く。

 それから、ピラストロを後方に走らせ、三百三十の兵と共に左翼陣地と中央陣地の間の守りを任せる。


 僅か一千。

 それが、南方、右翼に比べて広い左翼側からの攻撃を警戒する兵だ。


 ただし、十分。

 マルテレスから、何度目か分からない撤退を企図する光が打ち上がった。今度は、アグニッシモから突撃を企図する光が打ち上がる。


(本当の撤退ですね)


 距離がある以上、アグニッシモ部隊が追いつくのは難しいだろう。

 それでも、ポタティエやスペンレセがちょっかいをかけていれば、後方ぐらいは食いつける。

 そして、アグニッシモらに気を取られれば、クーシフォスが横腹を食いちぎることができた。


「流石はマルテレス様」


 風にため息を乗せる。


 圧倒的多数による暴力だ。

 しかも、全方位の形の上にマルテレス隊は暴れ通し。疲労も多い。


 だと言うのに、追いすがるアグニッシモからは逃げ続け、食いついてきたクーシフォスを払いのけ、ついぞ撤退中の部隊を追撃していたティツィアーノらにも一太刀見舞ってマルテレスは自軍に戻っていった。


 短期間の戦闘。

 しかも、たった二千。


 だと言うのに、マシディリはこの日の大規模な追撃を命じることができなかった。それだけの損害を被ってしまったのだ。


 マシディリ側の過ち、で言えば、かすかなモノしか無かっただろう。

 場合によっては最善の行動であったモノもあった。


 でも、マルテレスはその全てをかき集め、大戦果に変えてしまったのである。


「負傷者の治療を優先しましょう。それから、病を患った者達も一時的に此処で療養を」


 しかし、全体で追い詰められているのはマルテレス側。

 マシディリは、以降は自軍の損害を少なくするように歩を進める。敵が残した一部の兵にも乗らず、全体が集まり、情報をしっかりと収集してから攻撃を開始した。


「少数でも足止めしようとする勇敢な者がマルテレス様の下には多く居るようですが、シャガルナクのために突撃したのは誰かいましたでしょうか?」


 そう、喧伝し。


「蛮勇を示したいのか、あるいは自らの出世にしか興味がないのか。彼らが命を懸けるのは、何のためでしょうかね」


 着実に、現地民との関係を自軍有利なモノへと変えていく。


 ラーンサルーグでも負け、その後の戦いでも大活躍したのはマルテレス。やられた側はマシディリ。

 だと言うのに、ラーンサルーグの戦いで構えた陣を最終的に失ったのはマルテレスとなる。


 カレルノミュレゾン。

 マルテレス側が陣を構えた場所であり、シャガルナクを睨み始めた時は中継基地としていた集落は、やはり打ち壊そうとした痕がありながら、中途半端に終わっている。


 半分だけ壊れた家屋。

 槌の埋まった壁。

 灰をどければ燃え残った食糧だって出て来た。


 当然、格好の口撃の材料であり、マシディリ側の補給ともなる。


 マルテレスのテルマディニ奪還。

 その直後。カレルノミュレゾンを越えたマシディリは第七軍団を連れてテルマディニ南東の集落に入る。ティツィアーノは北東の集落だ。カレルノミュレゾンではフィルノルドが傷病者の移動を行いながら、簡易的な要塞化を行っている。


 果たして、ラーンサルーグを前後する戦いの勝者は誰か。


 数の増えたマルテレス軍は、結局テルマディニに籠城したのである。


 しかも、兵だけで三万だ。

 三万全員が食事もするし、排便もする。馬は人以上に行う。井戸は残っているが、大量の物資補給に必要な水運のある南側はグライオが完全に封鎖した。



「マシディリ様が造船を命じられた大型船が防御に非常に役立っております。性能もそうですが、何より見た目で現地部族を圧倒し、相手の攻撃を完全にとん挫させました。


 情報を得て、相手を情報で威圧し、有利な局面を作り上げる。

 まさにマシディリ様の真骨頂ですね」



 グライオの真面目な報告が、これだ。

 無論、そこまで計算していたことは無い。好奇心の産物に近いのが、投石機や対人兵器をたくさん積んだ無駄に大きな櫂船。


 しかし、数多くの想定を行い、備えていくことで読み切っていると思わせているのが父の行動であり、兵がついていく要因の一つ。


 ならば、とマシディリも想定通りのように振舞った。

 一方で、テルマディニの城門も硬く閉ざされており、北方からの侵入を試みて動いてみるも、騎兵の使えない山中でも徹底抗戦にあってしまう。


「流石に、兵数も不利ですし、厳しいですかね」

 手詰まりと言うほどでは無いが、ゆっくりと構える必要があるだろう。


「でしたら、こちらが役に立つかと思います」


 提案をしてきたのは、南を抑えているグライオ。

 寄港、と言うことにし、父の命令の範囲内ともしてくれているのだ。


「テルマディニ有力者の子弟です」


 出されたのは、羊皮紙。

 そこに書かれているのは、数々の名前だ。



「テルマディニが置かれるであろう惨状を訴え、変わり果てたマルテレス軍とエスピラ様の対応を比べさせていただきました。あからさまに裏切れば危ういだろうと言うことで人数は制限しておりますが、紛れもなくアレッシアへの人質であり、忠誠を誓わざるを得ない者達です。


 彼らに、それなりの住居と十分な食事を与えれば、陥落後もアレッシアへ忠誠を誓ってくれる算段は大いに立つかと」



 おお、と思わず感嘆の声を上げたのは、誰だったか。


 名前の中には見知った姓もあり、手にした情報にはマルテレス入場前のテルマディニの力関係と入場後の人間関係も入っている。


 それから、秘密の連絡手段も。


「まずは、相手の士気が落ちるのを待ちましょう。あれだけの混成部隊です。崩れずに保つのは、それこそエスピラ様やマシディリ様で無いと困難かと」


 最後は、グライオなりの冗談で締めくくられた。


「その方針で行きましょう」

 口角を緩め、全軍に発布する。


 また、マシディリは今日よりの三日間を労いと弔いとして、全軍の三食全てをやや豪華な食事に切り替えたのだった。

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