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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十三章
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ケンサク

 オプティマ軍の遅さは、仕方が無いとは思っている。


 プラントゥムで編成した軍団だ。しかも、大勢である。所属は雑多で、初めて会う者同士。中には去年は殺し合いをしていた者達もいるかもしれない。そんな軍団だ。


 対して、アレッシア軍は屈指の行軍速度を誇る軍団。比べてしまえば、亀の歩みにも思えてしまうだろう。


「マルテレスの作戦は、先にこちらに決定的な一撃を与え、返す刃でオプティマ様をも叩く策。イフェメラ様がまさにプラントゥムで行った作戦を実行するつもりだと、食糧を準備する兵が噂しておりました」


 リャトリーチがはっきりと言い切る。


 流石の情報収集能力だ。

 マルテレスやイエネーオスには顔が知られている中で集めて来た、ほぼ確実な情報。だからこそ口にしたのだと、表情で理解できる。


「陣を張る場所は、カレルノミュレゾン」

「カレルノミュレゾン」


 ファリチェとヴィルフェットが広げた地図に、人差し指を乗せる。

 マルテレス側の増援が入っていた集落とテルマディニの丁度中間くらいにある集落だ。距離を考えれば、先手の一撃で集合前に攻めることもできる。


(いえ)

 増援に来ていた七千はカレルノミュレゾンの守備兵か。


 何より厄介なのは、マシディリのいる東方からはカレルノミュレゾンを無視してテルマディニを襲う経路は無いことだ。北回りも不可能。軍団の行く道では無いし、行けば補給路を無防備に晒すことになる。


 南は確かに道としてあるし、攻め口も選択を持てはするが、無しだ。

 南へ行く道を採ったところで、カレルノミュレゾンからは襲撃が間に合ってしまう。何より、南に回ればやはり池と湖があいまいに連なっているのだ。


(さて)

 速攻か。

 オプティマとの連絡をより密にするか。


 前者だとして、もしも敗北した場合の逃げ込み先がやや心許ない。

 後者であれば、より作戦漏洩の危険性は高まるばかりか、マルテレスに主導権を握られることにもなる。


「野戦で迎え撃つ以外、選択肢は無いな」

 フィルノルドが鉄のような声を出した。


「完全に破壊されたシャガルナクに、相手が完全に熟知した集落。壁も無く、たまに足は取られるだろうが騎兵の強みが存分に活かせる戦場。

 守るならシャガルナク以東に引かねばならないが、折角取った地をただで明け渡すのは納得しないのでは無いか?」


 後半はファリチェに対して問うているようだ。


「恥ずかしながら。第七軍団は、一番功績を欲しているとも言えますので」

 ファリチェが表情をほとんど変えずに返す。


「焦れているのはこちらも同じだ。敗軍のように見られているのではとは誰もが思っている」

 フィルノルドの目は、ティツィアーノに。

 隻眼が睨むようにフィルノルドを見たが、口を開く際には地図へと眼球が動いている。


「軍団内部の温度差が一番あるのは再編第四軍団です。特に、先に救援に向かった部隊の者達が功を立てる場を望んでいる」


 ティツィアーノの言葉に合わせ、トクティソスが頭を下げた。


 トクティソスも救援に行った側だ。他に、コクウィウム・ディアクロス、ケーラン・タルキウス、ミラブルム・タルキウスも救援に行っている。特にタルキウスの二名は武勇に覚えがあるため、機会を望む気持ちは強いはずだ。


「勝ち過ぎたことこそが、マルテレスの苦境に繋がっているとエスピラ様は仰せだった」

 フィルノルドが地図に手を伸ばす。


「両ウルブスをソルプレーサ様とイーシグニスが拠点に改造しているが、此処まではまた距離がある。効率の良い輸送にするには、整備が足りていない。こちらの受け取り準備もテルマディニに用意するのでは少し遅いかもしれん。


 野戦しかない、と言ったのは、迎え撃つ準備が必要だからだ。

 廃墟と化したシャガルナクでも、エスピラ様であれば三日もあれば十分な防御陣地をこしらえる。


 マルテレスが偏重するとしても、一万五千くらいと見積もるのなら、こちらも一万五千。マシディリ様は第七軍団を用いてシャガルナクの整備と防御陣地の形成を行うのはどうだ?


 私は同程度の兵数でも完敗したが、敵軍の構成は大きく変わった。精鋭も三分の一以下になっていれば、インテケルンもいない。時間稼ぎは出来る。即座に戦いになるとも限らない。負けたとて、後ろにある防御陣地を攻めるのであれば時間がかかる。その間にオプティマ様による攻略も可能だ」


 マルテレスにとって嫌な手であることには、違いが無い。


 野戦と攻城戦では装備が違うのだ。持ってきているかも知れないが、練度が下がればそれだけ換装の隙も大きくなる。何より、シャガルナクからテルマディニまで、今のマルテレスの軍団で一日で間に合うとは思えない。人をたどり着かせることは可能だが、軍団としては大分脱落が出てくるだろう。


(ですが)

 露骨な排除には、思うところがある。

 それが悪意で無かったとしても。


「私も、フィルノルド様と同じ考えは持っています」

 同意したのはティツィアーノ。

 スペランツァもフィルノルドに賛同するだろうと思えば、多数なのはフィルノルドの意見だ。

「オプティマ様の軍団がイフェメラ討伐時の軍団であれば、積極的に賛同したでしょう」


 しかし、風向きが変わる。


「今は違うと」

 フィルノルドがティツィアーノに尋ねる。

 ティツィアーノは行動では一切賛否を示さず、続けた。


「オプティマ様が一万やそれ以下であっても、フィルノルド様の作戦を推しました。ですが、三万であれば違う。三万もの大軍となれば、マルテレスの軍団のようにならず者も多く居るはずだ。監視の目が行き届いているとも言い切れない。


 実際、オピーマ派はカルド島で略奪の制限を掲げながら、大事なところで過ちとなる略奪を防げなかった。


 フィルノルド様の言う通り、今は雪解けの川のように一気に盛り返してきております。その要因の一つはフィルノルド様やスペランツァ様が追い込まれながらも現地部族との関係構築に努めてきたこと。


 ただし、この先は一気に奪われた地であり、関係の構築は不十分では?


 その中でテルマディニに対して、仮にもアレッシア側の軍団が劫掠を働けば、以後の交渉にも支障が出る。復旧のための物資も無限では無い。狼藉の規模によっては、マルテレスの兵が増える。一つずつ潰せればそれでも良いが、マルテレスの前で兵を分散すれば各個撃破されるのが見えているのでは?


 何より、現地住民からの自発的な支援をマルテレスが受けかねない。折角、グライオ様が海路を潰したと言うのに、これでは功を消してしまうことになると思いますが」


 功を焦っている、ようには見えなかった。

 声音は落ち着いているし、話す速度も普通。ややゆっくり。

 一つしか光が無い目も、非常に深いまま。


「テルマディニには我々が先に入るのが一番。次善は我々も入場できる状況であること。最低でも一日と空けずに入る必要があるでしょう。

 ですので、第七軍団も出し、二万五千の兵力で一気に決める方が良いと献策させていただきます」


 ティツィアーノの指が、地図に触れた。


「左翼を私が、右翼にアグニッシモ。その間をフィルノルド様が堅め、後方に第七軍団を配備。ファリチェ様とヴィエレ様は兵を落ち着かせるのも上手いため、最後方にて最後の一線を形成。


 基本的な方針は、マルテレスとは戦わない。

 いる場所を全軍で伝えあい、いない場所で積極攻勢を仕掛けます。


 相手の歪なところは、スィーパスを前線に投入しながらスィーパスを守ろうとする意志が強いとこにある。

 スィーパス・オピーマへの積極攻勢で敵の忠実な兵士を多く討ち取り、全体の質を下げる。可能であれば、イエネーオスまで。


 マルテレスが無類の強さを誇っていても、兵は無限などでは無い。数が増えれば、将官もそれだけ必要になる。その将官にあるいはなり得る者を徹底的に削っていけば、自ずと勝利は見えてくるかと」


 戦場に於ける勝利だけでは無い。

 あるいは、マルテレスを赦したとしても、オピーマ派に以前の力を無くし、以後の反乱を防ぐことも視野に入れているはずだ。


「歪」

 小さく呟き、視線を向けてくるスペランツァは無視する。


「ティツィアーノ様の方針で行きましょう。

 ですが、中途半端は避けたいですね」


「では、第七軍団をそのまま右翼に。フィルノルド様を中央。マシディリ様と精兵は後方に。


 クーシフォス様の成長は目覚ましいモノがあります。


 アグニッシモの部隊で敵の目を引き付け、クーシフォス様とヴィエレ様が一気に打撃を与える。こちらは恐らく来るであろうマルテレスに対して、遅滞戦術を仕掛け、最も経験豊富なフィルノルド様とイフェメラやマールバラ相手にも防戦ではやり合えていたスペランツァ様を残しておくことで決定的な分断は防ぐ。


 これ以上は、我々としても譲れません」



 ため息を、一つ。


 アグニッシモがいれば唸りながらマシディリに同調し、マシディリも共に前に出ることを主張してくれたのだろうが、残念ながらこの場に味方はいない。マシディリが押し通せば、ヴィルフェットやファリチェは同意し、ティツィアーノも潔く引くことでトクティソスも認めてくれるだろう。


 だが、その代わりに微妙な空気を入れてしまうのは割に合わないのだ。


「では、ティツィアーノ様の策を用いましょう」

「すぐに詳細を策定いたします。ヴィルフェット様をお借りしても?」

「ええ。構いませんよ」


 びしり、と背筋が伸びたヴィルフェットに微笑みを向ける。

 緊張した様子の従弟は、いつもより薄くなった唇で、こくり、と頷いた。

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