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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十三章
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家門 Ⅰ

「以上、全ての動議への元老院の対応になります」


 ポルビリ・セルクラウスの宣言の後に、少しだけ肩の力が抜けた者達がいた。

 発議を行った者の一部である。自身の提案がおおよそ通ったこと、対応が決まったことに安堵したのであろう。

 その結果が、ポルビリを始めとする者達の机に散らばっている膨大な資料である。


 甲高い木槌の音が鳴った。

 鳴らしたのは、アルモニア。議長が立ち上がり、閉会のための宣言を始める。その間もポルビリら背筋を伸ばしつつも資料に目をやっていた。


(不満は無さそうだ)


 ポルビリ・セルクラウス。

 ティミド・セルクラウスの息子であり、タイリー・セルクラウスから続く男系は最早ティミド系列しかない。


 そう考えると、エスピラは自分自身がとんだ恩知らずに思えてきた。


 エスピラの祖父がタイリーの師匠であり、タイリーに目をかけ、育てたのである。タイリーはその恩として全てを失ったウェラテヌスを助け、エスピラの後ろ盾であり続けた。

 だが、今やそのセルクラウスはエスピラの子であるスペランツァが当主。乗っ取ったようなモノ。


(まあ、見方か)


 閉会と同時にやってくる者達に対応しながら、思考を改める。


 結局のところ、タイリーがエスピラに良くしたのは『建国五門と婚姻関係を結ぶため』だ。建国五門と繋がれたことで、タイリーもアレッシアの第一人者としての地位を盤石に出来たのである。


 それに、スペランツァはメルアの子。つまるところ、タイリーの孫。当主になるのは普通の話だ。

 特にタイリーは最初の妻であるアプロウォーネを愛していた。アプロウォーネとの子に、その子孫にセルクラウスを継いで欲しいと思っていたのである。


 ならば、これはタイリーの意思を正しく継いでいるとも言えるはずだ。


 ティミドはパーヴィアとの子。メルアはアプロウォーネとの子。しかも、エスピラとしてはあまり心地良くは無いが、メルアは母の面影を最も色濃く受け継いでいたらしい。


 タイリーが居ても、と押し通すことは出来る。

 タヴォラドの遺言を思えば、エスピラの意思では無いとも理解されよう。


(トリンクイタ様を、いや)


 現時点でどうこうはできない。

 スペランツァが当主なら、とトリンクイタが自身の息子を推してくることは考えられるが、だからと言って現時点では何も動きが無いのだ。


 それに、そのためのポルビリである。


 エスピラが直接見出したのではなく、アルモニアが引き立て、自身の秘書のような役割を任せての今だ。エスピラによる直接的な関係では無いのも、上下があって良い。それに、スペランツァが任されるであろう役割とアルモニアの役割も被ることが多くなるだろう。


 ならば、これが最善か。


(戦功。外に出す時に)

 いやいや。スペランツァと一緒にポルビリを外に出すのは、不味いか。


 コクウィウムの頭をクイリッタが押さえているとはいえ、トリンクイタは曲者だ。アスピデアウスとの今後もある。パラティゾやティツィアーノらは大丈夫なのだが、サジェッツァは元気そのもので、土壌も取り換えた訳では無い。大岩で圧し潰しているだけ。ならば、その岩がいなくなってしまえば。


「苦労をかけるなあ」

 小さな呟きが、風にさらわれる。

 遠くにいるマシディリにも、ウェラテヌス邸にいるべルティーナにも届きはしない。


 ただし。

 目の前に来た、サジェッツァには聞こえた可能性は捨てきれない。


 エスピラは、極々わずかにペリースに覆われた左半身を前に出した。


「わざわざ。議場の外で話すことかい?」


 正確には外では無い。中庭だ。

 少々の人ごみを避けるため、足を運んだ場所である。当然、人はほとんど来ない。


「外交的な決着が可能だと思っているのか?」

 サジェッツァが言う。


 シニストラがエスピラの前に出た。

 珍しい行動だ。だが、エスピラも止めはしない。サジェッツァとの間にシニストラを置いたまま、口を開く。


「外交、か」

 マルテレス相手に。


「外交だ」

 揚げ足取りのような行動であったのだが、サジェッツァは関係ないと言わんばかりに真っすぐに踏み倒してきた。眼光も強い。一歩も動いていないが、圧はしっかりと続いている。


「不可能だと思うか?」

「質問をしているのは私だ」

「先に質問をしたのは私だったと思うけどねえ」

「返答になっていたと思うが」

「確かに」


 口角のみをあげ、エスピラは二度三度と頷いた。

 口角は維持したまま、ペリースを持ち上げるように左手を少し広げる。正中線がサジェッツァに見えるようになった。


「安心しろ、サジェッツァ。出陣は変わらないよ。マルテレスはやってこない。やってこない可能性の方が高い」

「何故だ」

「私を信じているから」


 ぐ、とサジェッツァの眉間に皺が寄る。

 能面が崩れるなんて珍しいこともあるものだ、とエスピラは笑みの質を変えた。


「まあ、揺さぶることに意味があるだけだよ。弁明のためにやってくれば、それはそれで私としては嬉しいことだ。来なくても、兵の中には一つの選択肢が生まれる。


 メルカトルとヘステイラを差し出せば、自分達は助かるのでは無いか、とね。


 ケラサーノの大敗でマルテレスは多くの兵を失った。数で補填できるモノじゃない。その数すらも補填できていないから荒くれ者を積極的に入れているのだろうけど、結果的に規律を落としてしまった。真面目な者が損をする構図にもなっているしね」


 それらを、一挙に解決する手段はある。

 あるいは、進行中かもしれない。その場合は、元老院からの勧告など黙殺されるだろう。


「エスピラの戦い方か」


「そうだね。そして、戦場ではサジェッツァ的と言うかも知れないよ。

 マルテレスとは直接やり合わない。徹底的に決戦を避け、マルテレスのいない場所を叩く。プラントゥムが後背地ならプラントゥムを。他の場所を作れば他の場所を。マルテレス以外の者とは決戦を行うが、マルテレスとは戦わない。


 サジェッツァには、不満かな?」


「私は支援を怠らない」

 くすり、とエスピラは笑った。

 サジェッツァの重心がやや前に出てくる。


「アスピデアウス派と呼ばれる者達では戦いにならない。そうである以上、エスピラに頼るしかない。支援をするのは当然だ。物資も搔き集める。第二次ハフモニ戦争の時以上に、個人の力量で物事が動くようになっている以上、支援も潤沢に行える計算だ」


「素晴らしいねえ」

「私の理想としていたアレッシアでは無いがな」

「だが、現状では私の理想としていたアレッシアの方が適していないかい?」


「将来のことを言っている、エスピラ」

「将来のことをいっているつもりだよ、サジェッツァ」


 まだ、私の理想の世界じゃない。

 そう言って、エスピラは両の肘から先を広げた。


「世界を望むか」

「メルアを守るために存在する全てを私の理想通りにしたい、とは思っていたが、そうだな。言う通りだ。メルアがいない以上、何のためだろうな。

 まあ、子供達のためであり、孫のためであるのだが」


「エスピラ」

「支援の恩なら私で返させてもらおう。お前の最も望むモノと引き換えにな」

「元老院は、私物じゃない」

「だからこうして私は元老院に従っているじゃないか」


 無言で視線が交差する。

 出入り口、高所に位置するのはエスピラ。低いところにいるのはサジェッツァ。しかし、絶対的な高低差では無く、一歩で並べられる程度の差だ。


「ラエテルと遊ぶのは良いが、外戚だからと言ってウェラテヌスに介入するなよ、サジェッツァ。昔ならいざしらず、今はウェラテヌスがアレッシア第一の家門だ。次代を含めてな」


 目を見開き、瞬きをせずに威圧する。

 サジェッツァの表情は、能面のままだ。そのまま不自然に皺が出来るように口が開く。



「べルティーナは元気か?」



 たった一言。


 エスピラにとっては基本的に脈絡のない一言を。

 あるとすれば、それは、おぞましい方向に。


 エスピラの目が、これ以上ないほどに大きくなった。

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