行きつく先を Ⅱ
「『恐らく、ケラサーノの戦いに於ける快勝に湧いているのはアレッシアの方だ。マシディリは文面から見るに、一切浮足立った様子は無い。だから、不要な心配だとは思うが心配性な父の言葉として聞いてくれ。
勝つことが目的では無い。
勝って、何を為すのかが大事なことだ。
現時点での第一功は、間違いなくケラサーノでマルテレスに痛撃を与えたマシディリであり、従事してくれた者達にある。
だが、今のマルテレスの苦境はマルテレスが勝ち過ぎたことも大きい。
勢いは大事だ。輸送もオピーマの海運があれば事足りると言う算用も間違ってなどはいない。しかし、勢い良く進撃しすぎた結果陸路が疎かになり、グライオによって海上覇権を奪われてからは物資もままならなくなった。敗北を重ねる結果にはなったが、今もこうして軍団を維持しているフィルノルド様の功績も大きい。
マルテレスの目的は何か。
勝つことであれば、なるほど、ケラサーノで戦いに臨んだことは正しかっただろう。
しかし、仮にアレッシアの新たな主になることであれば、戦うべきはケラサーノでは無く、勢いのままインツィーアまで進軍してそこを後背地とするのが良策だっただろう。
プラントゥムを後背地としたいのであれば、勢いに任せて進撃するのではなく、海路でも陸路でも補給路を整え、冬に向けて準備を重ね、来春に攻め込む計画を立てるのが吉だった。
この戦い自体が下策である。
だが、あえて判別するのであれば、勢いのままインツィーアを占領、アレッシアとディファ・マルティーマを両にらみするのが上策。後背地をじっくり固めるのが中策。下策は、現状だ。
マルテレスは全力のマシディリと戦いたがっていた。
それは、私でもわかる。マルテレスは私の親友だ。そこにいる者の誰よりも理解している。
だから、言わせてもらおう。
マルテレスも決着はついたとして満足している。これ以上の攻撃は、マルテレスの満足には繋がらない。
今は、アレッシアの勝利のために何が必要なのかを全軍が考え、動いてくれ。補給の重要性も理解でき、その場にいる全員に素晴らしい功があることも理解できる者達で構成されていると信じているし、そのような者達にこそアレッシアを任せたい。そのような君達の判断だからこそ、私も安心して委ねられる。
出来れば、その結論が本隊を待つことになるのであれば、これ以上の幸いは無い』
以上が、エスピラ様からの伝言になります」
あくまでも、現場の判断を優先する。
エスピラらしい、と言うよりも、エスピラとマシディリだからこその結論だ。
唇をぶるぶると揺らし、口を閉じたのはアグニッシモ。
他の主戦派の者達も、少しばかり頭が下がったか。
「ああ、そうそう。此処からは俺の勝手な意見なんですが」
イーシグニスの雰囲気がまたもや軽薄になる。
アルビタが不器用に口角を上げ、足を引いた。やめろって、とイーシグニスが足を揃えて腰を左に引く。
「グライオ様は多分、呼び戻されると思います。
まず、手筈を整い終わり次第、フィルノルド様とサルトゥーラ様の軍団の内、今すぐ戦闘に従事できない者をアレッシアに帰還させる命令が下るはずです。
それから、クイリッタ様とジャンパオロ様が海路で移動されるので、船が必要ですから。
なので、ウィリィディリマリス・ウルブスの整備はまた別の方に」
「別の方とは?」
ティツィアーノが言葉を鋭くする。
「私も私が監督する部隊と技術者、アレッシアンコンクリートの原料などをたくさん持ってきております。加えまして、ソルプレーサ様を始めとする海賊退治に於いて港の制作を行った方々も先んじて合流する手はずになりました。
今はマシディリ様が準備されつつ、引き継がれるのがよろしいかと愚考した次第にございます」
レグラーレがあからさまに顔をひきつらせた。
「うわー。マシディリ様と態度が違う」
「いや。真面目な場なんだって」
「舐め、た?」
慌てるイーシグニスに、レグラーレに乗るアルビタ。
ピラストロが口元を手で隠しながらパライナの耳元に顔を寄せた。何も言っていないようであるが、ピラストロも同じようにしてパライナに返している。
「ちょっと!」
「地盤固めは優先しましょう」
イーシグニスを無視するように、マシディリは毅然とした声を発した。
イーシグニス以外の全員が再度背筋を伸ばし、足を揃える。
「港湾の整備を急ぎ、カウルレウル・ウルブスからの道も広くします。同時に、ウィリィディリマリス・ウルブスからテルマディニまでの道も整備しましょう。
ですが、これだけの数を養い続けるには小規模なことは否めません。最終的にはテルマディニの攻略も二か月の間に完了させます。
さしあたっては、斥候を増やしシャガルナク占領の好機を狙い続けましょうか」
まずは、シャガルナクの住民の協力度合いを知ること。
完全に敵方なら、殲滅からの好きなように改造することを前提とする。味方ならば手引きしてもらい、占領するだけ。
その後を考えれば、敵対してくれた方がありがたいか。
「イーシグニス」
「はい」
「丁度良いところに来ましたね」
「いや、さっきからいましたけどね」
「不敬」
「ちょいっ!」
話が進まない、と苦笑して、マシディリはイーシグニスを引き離した。
ただし、後ろではアルビタがイーシグニスの尻を蹴る機会を覗っている。
「カウルレウル・ウルブスの整備とウィリィディリマリス・ウルブスの整備を任せます。
同時に、女性を通じてウィリィディリマリス・ウルブスの掌握をお願いしてもよろしいですね?」
声を、少し落とし。
「よろしいですねって。いや、俺はクイリッタ様と違って娼館が好きで、娼婦と仲良き唸るのはそれなりに得意ですけど、別にそこらにいる女性に人気があるかと言えばそうでは無くてですね」
「それにしては、随分詳しかったですね」
「もう二十年近く前の話じゃないですか」
マシディリが母に言われて初めてにして唯一娼館に行った時、色々と語ってきたのが、このイーシグニスである。
「命令です」
「がんばります」
イーシグニスが口をへの字に曲げる。
うへえ、と言うレグラーレの表情に似ているようで、二人の仲の良さを表しているようで。マシディリの頬も、少し緩んだ。
「ウェラテヌスって無茶ぶりが特技なんですか?」
くすり、とマシディリの笑みが深まった。
「父上に何か言われました?」
「いや。色々な想定とその場合に発するべき言葉をたくさん渡されて。ほら。ほら」
声に合わせ、各所に隠していた手紙が出てくる。
「父上らしいですね」
多くの想定と、それ故に完全に読んでいると思われることもある手の数々。
マルテレスとは違った強みだ。
「まあ、マシディリ様にこれ以上の戦闘を望んでいないのは一貫していましたよ。ただ、戦いたいのであれば戦っても良いとも言っていました。マシディリ様から楽しみを奪う気は無い、って。
条件付きですけどね。
何があっても、誰を犠牲にしてもマシディリ様だけは生き残るようにって。
一応、俺が使者なのはそんな人選です」
「気を付けます」
視線を、イーシグニスから切る。
遠くの山では、鳥が列を成していた。昼間からとは珍しい。
「マルテレス様は油断できる相手ではありませんから。
ですが、何もせずに見逃し続けては、賊に襲われている者達からすれば私達も同類としか見えません。私も、攻撃は必要だと思っています」
うぃっす、とイーシグニスが適当な返事をする。
びゅん、と風を切る過剰な威力を持つ蹴りの音がした。




