双つの意見
「兄上! 速攻しよう!」
ウィリィディリマリス・ウルブスからガル川沿いに北上すること一日。アルレンの集落で落ち合ったアグニッシモが、いきなり吼えた。
「準備を整えるのが先。どうせ、テルマディニの防備は固められているって」
「そればっかりじゃん!」
反対したのはスペランツァであり、アグニッシモも他の人よりも遠慮なく噛みついている。
威勢の良いアグニッシモと、慎重な姿勢を崩さないスペランツァ。
戦えていないことが不満なアグニッシモと、このままが良いと考えているスペランツァ。
この違いは両者の性格だけに留まらない。
二人ほど極端では無いにしろ、現状の先遣隊が抱える温度差だ。
ケラサーノの戦いを始めとする一連の戦いで快勝を収めた者達には勢いと自信がある。逃げ回ることこそ相手が弱っている証として、攻め切るべきだとの考えを持っているのだ。
一方で先にこの地に来ていた者達は大敗北を喫している部隊だ。それでも粘り強く戦ってきた自負と成長した警戒心がある。マルテレスは今でこそ逃げ回っているが、油断ならない敵であるために一歩ずつと考えているのだ。
これをうまくまとめるのも、マシディリの仕事である。
不満を聞き、半島で共に戦った者に対しては「自分と同じ辛い思いをして欲しくないからこそ慎重になっているのだ」と説き、この地で待っていた者に対しては「辛い思いをしてきたからこそ、早く苦しみを取り払いたいと考えているのだ」と説く。君達も相手のことを思っているからだよね? とやさしく誘導するのも忘れない。
そうやって決定的な対立を防いではいるからこそ、テルマディニなどの協力的な集落への略奪を無くせている。
ただし、マシディリの時間は大きく減ってしまった。
野営地の建設やガル川の東、テルマディニ側の港の敷設は問題なく進んでいる。しかし、西側、対岸の整備のための交渉はまだまだ。事前交渉で同意してくれた者達は賛同してくれているが、どうしても反対する者はいる。
無論、全員を賛同させるつもりは無い。そんな時間も無ければ、全員がなんていうのは最初から想定していないのだ。それでも、出来る限り少ない方が良い。
(どうしましょうかね)
動のアグニッシモと、静のスペランツァ。
ウェラテヌスの双子が先鋒同士だからこそ、諍いが余計な方向に行かないで済んでいる。
とは言え、適所適所で他の人にも話を振り、味方を示していくスペランツァとは違い、アグニッシモの場合は感化された者が賛意を示す状態だ。必然的に言葉が厳しくなってくる。
言うほど、安全でいられる時間は無い。
(さて)
流れを決めると、マシディリは覚悟を持って息を吸った。
「スペランツァの言う通り、アルレンの修復を通じて信頼関係を構築しつつ、より大規模な港を持つ街に変えていくのが最重要だ」
まずは、理性的な者達に賛辞を。
「でも、マルテレス様の軍団がこれまでと明らかに違うのは否定できないよ。余計な時間を与えることには恐怖を持っているしね」
次に、勇猛な者達に賛意を。理性的な者達へ、恐怖と言う単語を用いての提示を。
「地元部族からの協力を得るためにも、戦う姿勢を示し、どちらに勢いがあるのかをはっきりと理解させる必要も、もちろん」
この方面では、これ以上の言葉は重ねない。
「アグニッシモの提案通り、攻撃を行おうか」
負けの印象が強いと責めていると取られないためにも、あくまでもアグニッシモを立てる。
「兄上!」
「兄上」
喜びの声はアグニッシモのモノ。
低く諫めるような声は、スペランツァから。
やはり、調和を必要とする場ではスペランツァが抜きんでている。
「と言っても、強攻偵察だよ。八千ほどを率いて、一気にテルマディニに攻め寄せる。相手の抵抗が弱ければそのまま奪い去り、守りを固めているようならばさっと退く。あるいは、放火をしてから、ね。
本隊到着までの私達の目的は、テルマディニの確保。
今回の作戦はそのための好機を逃さないため。落ちているのなら拾うけど、しっかりとした防備が固められているのなら先遣隊だけを蹴散らして、相手の地盤固めを揺らがせる。
必要なのは、極小の戦いであっても『勝った』と言う事実だけ。私達がウィリィディリマリス・ウルブスを実力で奪い取ったと言う噂を確定させること。マルテレス様に対して腰が引けていると思われては、不利益が大きいからね。
威風堂々と行こうか、アグニッシモ。
アグニッシモの隊は、派手に着飾ってくれ」
「りょーかい!」
どん、とアグニッシモが胸を叩く。
「行軍は、一日で駆け抜ける」
アルレンからテルマディニまで四日。
あくまでも、それは輸送隊の行軍速度なら。
「一人当たりが持っていく食糧は五日分。極限まで荷物を減らせば、無茶ではありますが無理ではありません」
アレッシア軍だからこそ、でもある。
「アグニッシモとクーシフォスが騎兵を。
ヴィエレ、スペンレセ、ポタティエが歩兵を。
それから、道案内も兼ねて私が精兵一千と共に向かいます」
スペランツァが眉間に皺を寄せた。
中立を貫いてきたファリチェも、眉を動かしている。
口を開いたのは、フィルノルド。
「でしたら、私の軍団からも何名か推薦しよう。案内できる程度には道を知っている者達ばかりだ」
「助かります」
感謝を告げ、ゆっくりと瞬きをする。
いないよりはいるに越したことは無い。それに、力関係は微妙なのだ。
フィルノルドは元々は別個の軍事命令権保有者。父の指揮下に軍事命令権保有者が入ることにはなったが、そこにフィルノルドの意思は無い。
確かに、命令の上ではマシディリが命令を下せる立場にある。しかし、本質的には微妙なところだ。
加えて、フィルノルドは執政官時代にも『エスピラとフィルノルドの年』では無く、『エスピラとウェラテヌスの年』と陰口を叩かれることにもなっていた。
今回も今回では、思うところも十分にあるだろう。
「テルマディニおよび周辺への交渉はファリチェ様を中心に」
ファリチェも第七軍団軍団長。民会を取りまとめている実力者。第一軍団として従軍経験も長く、功績も数知れず。
格としては、十分にフィルノルドと張り合えるのだ。
「南方諸部族との交渉で功のあるユンバも加えて、ヴィルフェットも通訳として同行してください。それから、テルマディニの改造はティツィアーノ様が陣頭指揮を。父上の弟子であるティツィアーノ様こそが適任でしょう。
フィルノルド様は周辺に残る賊の討滅を。周辺事情に一番詳しいのはフィルノルド様ですから、最も効率的に作戦を遂行できると信じています」
肯定の返事を聞き、すぐに準備を整える。
動き出す部隊は徹底的な休養を。
マシディリやスペンレセなど引継ぎがある者はしっかりと後任に伝えて。
そして、まだ陽が山から出てこない内に強行軍を開始した。




