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遭遇戦的一騎打ち

「通れないわけでは無いか」


 休憩と称して、道案内をしてくれた民に少し豪華な食事を振舞いつつ、エスピラは丘の斜面へ馬を進めた。


 この丘自体がアレッシアが布陣している側からならば登って下に広がる平地に攻撃を仕掛けられるのは分かっていた。同時に、ハフモニ側からならば遠回りする必要があるだろうとも考えていたのである。


 しかし、地元の人なら知っている裏道があった。


 陣を張るだけの物資を運ぶことは出来ないが、戦場と定めた場合に兵を隠すことぐらいはできる。此処を通ってアレッシアの背後に回ることもできるだろう。


「知っていますかね?」


 シニストラが馬を横に並べた。


「そう思った方が良いだろうな。報告を読み解く限り、マールバラは本当にこの半島に来たのが初めてなのかと疑いたくなるほど地形を理解しているようだ」


「それなら、ここは危険すぎませんか?」

 シニストラが声量を落とした。


「だからこそ私たちが偵察する必要がある。敵陣にも近いと言うことは準備も完成している可能性があると言うことだ。そんなところを間抜けな報告で戦場に選んでしまえば待っているのは敗戦だけだ。そうだろう?」


「しかし」

 シニストラが渋面を作った。


 その後ろにいるグライオはエスピラとシニストラとの内緒話だと思っているのか、ついてきている者を絶妙な距離に留めてこちらに近づけてはいない。


「私は君を信用しているんだ、シニストラ。たしかに、私達と兵との間に亀裂を入れる狙いもあって軍団長補佐筆頭と軍団長補佐が同じ偵察に出かけている状況を作られた面もあるはずだ。だが、おかげで私は此処で死ぬことが無くなった。シニストラ、君が居るからな」


「それは、私は必ずやエスピラ様をお守りしますが」


「私もシニストラと共にアレッシアに帰るつもりでいるよ。マシディリも君のことが気に入っていてね。また、遊びに来てはくれないか?」


「お許しいただけるのであれば、いつ何時なんどきでも」


 エスピラは満足気に頷いた。

 それから、頬が緩む。


「そう言えば、クイリッタも君にはなついていたな。従軍期間が終わればクイリッタの教育もそろそろ始める時期だろう。どうだ? マシディリとクイリッタに詩でも教えてくれないか? 剣は、もう少し後だと嬉しいのだがね」


「アレッシア語と、エリポス語。どちらがよろしいでしょうか」


「まずはアレッシア語で頼むよ。私は学んでこなかった分野だからね。良い奴隷が居れば紹介してもらえるとさらに嬉しいのだが」


 緩やかに風が吹いた。

 少し長い風に、髪の毛を遊ばれながらエスピラは目を細める。


「それならば私の師は如何でしょう。既に解放奴隷となっておりますが、アルグレヒトの庇護下にありますし、アルグレヒトの血も混ざっているウェラテヌスの御子となれば断ることは無いと思います」


 ゆっくりとシニストラが馬を進めながら言った。


「シニストラの師か。それは、期待できるな」


 エスピラも馬に揺られながら返す。

 だが、すぐに表情を引き締めた。足音が聞こえる。否。木々が動いている音が聞こえた。


「エスピラ様」

「味方だと嬉しいな」


 言いながらもエスピラは腕で後方に警戒を促した。

 さくり、さくりと同じ間隔で三名が歩き、エスピラとシニストラの前に出る。


 風は冷たく、体から体温を奪っていく。警戒故か心拍数は僅かに上昇し、手は僅かに湿り気を帯びた。


 木々の向こうに、枯れかけの草草の向こうに人影が見える。


 高さはまちまちでは無いが、こちらが高所だとは一発で分かった。そして、その鎧が統一されていないことも。アレッシアで見たことのある鎧と見たことの無い鎧で構成されていることも。


「ハフモニか」


 風に乗ったエスピラの呟きに、兵が腰を落とした。

 カルド島以来の兵も居る。今ハフモニ兵が着ている鎧が、兵の顔なじみから奪った鎧では無いことを祈りつつエスピラは剣を抜いた。


 ハフモニ側も警戒を強めたのか動きを止めている。


 指示を仰ぐように聞かれて、口を開いているのは黒髪黒目の男だ。肌は浅黒く、髪の毛は何かのツタで縛っている。目の下の黒い線が鼻の丘陵から耳まで伸びているように見えなくもない。


(特徴的にはマールバラと一致しているが)


 はたして。


 向こうの兵の数はざっと四十。こちらはエスピラ入れて十名。少し離れた場所にはアレッシアの民と彼らを守るための兵が五名。さらに離れれば味方は増えるが、合図を出せば目の前のハフモニ軍が動くだろう。


 このまま、互いにゆっくりと距離を取って離れるのなら問題は無いが。


 思いむなしく、ハフモニ側から一人の騎兵が近づいてきた。


 手には槍。細い槍。馬にももう一本括りつけてあり、鎧は立派な小札鎧。しっかりと磨かれたうえで景色に擬態できるようにとも受け取れる装飾が施されている。アレッシアの鎧では無い。


「エスピラ・ウェラテヌスとお見受けする。一騎打ちを申し込みたい」


 拙いエリポス語で、騎兵が叫んだ。

 頭上で槍を回し、自分の後ろの兵に対して横にした状態で突きつける。


 介入するな、と言う意味であり、北方諸部族が良くやる動作の一つだ。


「お許しいただけるなら、私が行きましょうか」


 グライオが小さな声で聞いてきた。

 シニストラがグライオを睨む。


「ペリースを羽織り、左手に手袋をしているアレッシア人など私くらいなものだ」


 エスピラは二人に言うと、ゆっくりと馬を進めた。

 遅れて、盾を構えた状態の五人の兵が前進する音が聞こえる。ハフモニ側も騎兵の後に続いて盾を構えてゆっくりと進み始めた。


「その前に、貴殿の名前を聞きたい。ああ、無理してエリポス語で話さなくて良いぞ」


 エスピラは流暢なハフモニ語で返した。

 騎兵の目がやや大きくなる。

 後ろの黒髪黒目の男は僅かな変化は遠すぎて分からないが、遠目からは動いた気配が微塵も無かった。


「ベルべレ・ターゴー。覚えなくて良いぞ。すぐに意味が無くなる」


 騎兵、ベルベレが挑発的に笑った。


「物覚えは良い方でね」


 そして、同時に馬の腹を蹴った。

 馬が駆け出す。景色が後ろに流れる。風が音を置き去り、あっという間に距離が詰まった。


 エスピラが剣を持ち上げる。ベルベレの手の槍は突撃体制。横に抱えている。投げる体勢では無い。もう投げられない。


「悪いね」


 言って、エスピラは剣を投げた。投擲した。

 ワンテンポも遅れることなくベルベレが剣の軌道上から頭を外す。ベルベレに浮かぶは驚愕と侮蔑の表情。しかし、剣は当たらない。


(当てるつもりも無かったが)


 エスピラは馬から跳び立った。狙いはベルベレ。鐙の無い馬上で体勢をすぐに整えられたのは流石だが、それ以上、槍をエスピラに向けることは出来ていない。


 エスピラはその槍をひっつかむと、ベルベレの腕も掴んで一緒に落下した。

 ボキ、と言う音がエスピラの耳にも届く。ベルベレの腕が変な方向に曲がった。一瞬の苦悶の表情の後、ベルベレがエスピラを跳ねて起き上がる。膝裏に足。


 寝っ転がった状態で、エスピラは両足でベルベレの足を挟んで体を捻った。ベルベレが顔から地面に倒れる。そこで素早く頭を押さえ、短剣で右耳を切り取った。


 最後に切り取った右耳をベルベレの眼前の地面にナイフで突き立てる。


「おおお!」


 一騎打ちは終わったと言うのに雄叫びを上げて突っ込んできたハフモニ兵に、投げ槍が刺さった。


 槍の刃の付け根が曲がり、抜けにくくなる。直後に剣。シニストラがハフモニ兵の首を突き刺した。


「勝負は決した!」


 シニストラがエリポス語で叫んだが、ハフモニ兵は退かずに突進してくる。遅れて、アレッシア兵も盾を構えて腰を落とした。剣を弾き、槍を跳ね、隙間からシニストラやグライオが攻めてかかる。


 シニストラの白のオーラが味方を癒し、グライオの赤のオーラが相手の盾を破壊して守りをまず無くしていく。敵にもオーラを使える者が居るが、発見次第まずはそこを狙う。ハフモニも失うわけにはいかないからオーラ使いを下がらせ、時にエサとしてこちらを囲むように動く。


 エスピラはベルベレを抑えながら兵の名前を叫び、引き時を伝え続けた。


 押し込み過ぎぬよう、突出せぬよう。


 両側を別の兵が守り、仲間同士で守り、左端をグライオ、右端をレコリウスに任せて崩れぬように。


 傷はすぐに治り、青のオーラで心も持ちこたえられる。だが、壊れた盾や刃が欠けてきた武器は直らない。そして多勢に無勢。


 エスピラはウーツ鋼の剣をも抜いた。


(折角の捕虜だが、殺してしまうか)


 迷い、ベルベレの左アキレス腱を切断する。

 ハフモニの攻撃の苛烈さが増した。


 徐々にアレッシア兵が下がってくる。輪が小さくなる。回復が間に合わなくなる。


 その時、地鳴りが聞こえてきた。


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