表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十二章
1306/1590

師弟決戦 Ⅰ

 刻限が来れば、敵の動きを気にせずに整列を始める。

 軽装騎兵や軽装歩兵は出さない。堂々と。全軍がただ並ぶ。敵陣が開いても、反応を示さず、ただじっと待った。


 兵達は、無言。

 百人隊長が自身の監督する者達にかける声だけが軍団から届く。


 敵を良く観察しろ。整列が遅い。軍団として優れているのは俺達だ。

 必ず、勝てる。

 マルテレスとマシディリ様の力に差はない。差を産むのは、兵力と、何よりも俺らの実力だ。敵兵士と俺らの力の差こそが兵力を埋める最後の一押しになる。


 そのようなことを言って、二百六十名の百人隊長が最後の鼓舞を行った。


「敵軍の準備が整いました」

 厳かな報告を受け、マシディリは目を閉じる。


(既に火種を失った。見失った。大事な火種だったのに。数多の炎の中に見失った。

 されど火種は微笑んだ。太陽のもたらした影をも照らす、愛しい炎の僅かに先で。消えてった)


 息を吸う。

 指の冷えはもう無い。

 燃え滾り燃やし尽くすような熱と、驚くほどに非情な思考のみがある。


 目を、開いた。

 肘を曲げる。拳は胸の高さに。

 右手を、緩く握る。


「攻撃、開始」


 静かな声は力強い光へと代わり、全軍へ伝えられた。


 クーシフォス隊とルカンダニエ隊が即座に動き出す。一気に敵軍へと迫ったのは軽装騎兵を率いているクーシフォス隊だ。彼らのさらに左翼をウルティムスの重装騎兵が展開し、側面を狙われれば攻撃を加えられるように整えている。


 此処までは、いつも通り。

 確認しながら、マシディリは馬に乗った。

 これは、いつもとは違う。


 同時にマンティンディ隊も移動を開始する。味方の後ろを通り、一気に右翼へ。グロブス隊もマンティンディ隊の後ろについて移動する。


(練度の差)

 圧倒的にあるだろう。


 マルテレスも言語の壁を越えて作戦を伝えられているとは言え、戦場での急激な変化を行うことは厳しい。戦場での一瞬の対応力がマルテレスの最大の武器であっても、だ。


 一方で、戦闘中に部隊を移動し、隊形を変え、連携を整えるなど、この練度の差を無くすようなモノかも知れない。出来るのは練度があってこそだが、弱点にもなり得る行動だ。


(それでも)

 懸けなければ、マルテレスには勝てない。

 討ち取れない。


「インテケルン様、ですね」

 敵右翼、クーシフォスの突撃を止めたのは。

 同時に、ルカンダニエ隊に対する姿勢をも整えている。マルテレスは見えない。


 激突が、全面で繰り広げられた。


「中央、イエネーオス。敵左翼はスィーパス。いつも通りの布陣です」


(柔軟性は無い)

 あるのは、こちらの中央が弱点と見て敵中央の縦深が戦うたびに厚くなっていると言う現実。インテケルン隊四千で騎兵も含めた第三軍団一万一千を防ごうと言う気概。


「アビィティロ隊の一部を左翼へ」


 アビィティロに預けている千六百の内、四百がウルティムス隊に合流するように動く。

 味方右翼、ティツィアーノとスィーパスは見事に互角にやり合っているように見えた。


「右翼の状況は?」

 尋ねれば、狼煙が上がり、イパリオン騎兵仕込みの伝令が駆けてくる。


「敵左翼大将スィーパス。アゲラータとフィラエの経験ある高官に加え、降将の姿も有ります。その数、おおよそ一万と少し」


 現在、右翼で戦っている高官はティツィアーノとボダート、スキエンティ。三人とも、伝令が名を挙げた者達よりも優れている。

 此処に、グロブスとマンティンディ、パライナが最終的に加わるのだ。


「良い戦いを続けて、スィーパスを気持ち良くさせておいてください」

「伝えて参ります」

 伝令がすぐに馬に乗り、戻っていく。


 イーシグニスは、現在従軍していない。だからこそ、イーシグニスによるお手紙攻勢が利くのだ。


 イーシグニスは父に認められてフラシ遠征について行った。そこで内偵を行い、その関係でフィラエやアゲラータ、ヒュントにオグルノといったオピーマ派の高官と面識を持っている。


 何を突けば良いのかも。


 そして、イーシグニスがマシディリと親しいことは相手も知っているからこそ、時をかければ戦わないといけないと思っているインテケルンとの間に差が生じる。元々、インテケルンを嫌うフィラエとアゲラータならば、余計に。


 マシディリは、頭の中の地図で敵左翼に小さな壁を置いた。


「ヴィルフェットに。時が来た、と」

「はっ」


 オーラは打ち上げない。

 走って、ヴィルフェットの下へと伝えに行くのだ。


(此処から)


「気を引き締めろ!」


 マシディリは吼えた。

 その声、その態度、その表情は控えていた伝令がすぐに伝えに動く。


 遅れて、軍団から気勢が上がった。敵中央前列がやや怯む。もちろん、押し込むように指示を出した。


 ただし、ほどほどに。

 それでも十分であり、イエネーオスが軍団を前に出した。縦深の厚い敵の新手が、どんどんと圧力として逃げようとする敵方さえも押し潰すように第七軍団へと迫ってくる。


(まだ、イエネーオスは奥に残ったままですね)


 即ち、敵が伸びたと言うことでもある。

 マシディリは、すぐに軽装騎兵と軽装歩兵、ヒブリット、コパガ、ユンバに指示を出した。

 兵数と兵種の関係でイエネーオスが来れば彼らでも厳しいだろう。だが、残る高官、オグルノやヒュント程度では十分に規律を保ったまま撤退が可能である。


「三万八千」

 それは、推測される敵総数。

 これまでに減った数と陣に残る兵が減らされる数。

 増えた分は荷駄隊の合流によるモノ。


 一万と少し、のため、一万二千を敵左翼と仮定する。敵右翼にはインテケルンの四千と予備の千。対抗騎兵として二千。マルテレスの下に四千と考える。


 中央には、一万六千か。

 あるいは、二倍までならあり得る。


(問題はありませんね)

 思いながら、マシディリは中央へと目をやった。


 徐々に後退して行っている。

 味方左翼も、勢いはもう止められた形だ。

 敵兵は、まだ増える。

 ヴィルフェットの隊が、周りよりも凹みだした。


「アビィティロ」

「はい」

「頼みます」

「お任せを」


 言い残し、マシディリは中央へと馬を走らせた。緋色のペリースも風を切って翻る。


 当然、敵にも見えたはずだ。

 マシディリの到着により、味方は気勢を上げて踏みとどまろうと言う姿勢を見せるが、敵も今だと言わんばかりに押し続けてくる。ヴィエレは攻撃的な人物ではあるが、軍団長であるファリチェは軍事に秀でているとは言い難い人だ。軍団維持のための調整や作戦理解、交渉など幅広く才がある人間である。


 故に、中央が徐々に後退を始めるのは自然なこと。

 中央に合わせ、隙間が生じないように両翼が下がるなり広がるなりするのも自然な流れ。

 押している部分に対し、略奪が出来ずに鬱憤も溜まっている兵が殺到し、手柄を求めるのも当然な心理。


 先に、マルテレス中央に間隙が出来た。

 突撃したい前衛と、慎重な後衛との意識の差が、物理的に顕現したのである。


「ヒブリット、コパガ、ユンバに伝令。網を投げろ」


 少し複雑な形で青い光が投げられる。

 軽装騎兵と軽装歩兵が、ヴィルフェット達を縫うようにして前線へと浸透していった。即座に敵を追い抜き、時に抑え、間隙をついて分断を図る。


 撤退か。

 いいや。此処で、撤退の指示は出せるわけが無い。言語の壁があるのならなおさら。


 即ち、中央の本隊とも言うべきイエネーオスが動き出す。

 これまではマシディリ側がゆるゆると後退する形だったが、遂にマルテレス軍全体が戦線を押し上げる形になったのだ。


 ヒブリット、コパガ、ユンバの隊はあっという間に蹴散らされ、すぐに撤退する。

 撤退の際に生じた混乱が、さらに中央の後退を進めた。

 敵は、より懐に入り込んでくる。


 そして、現場の意識があればこそ兵力を中央に投じざるを得ない。スィーパスとティツィアーノの実力差、インテケルンと第三軍団の拮抗を思えば、やらざるを得ない。


 最大の手札を残しながらならばと言う考えも、どこかで湧いて。


 マシディリは、味方右翼に目をやった。

 少し遅れて、退却指示に混ざりティツィアーノから準備万端との連絡が飛んでくる。


「アピス。出番ですよ」

 マシディリは、自ら赤い光を打ち上げた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ