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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十二章
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踏みしめるモノは

「宣言は、本当でしょうか」

 頭を痛そうにしながらティツィアーノが言った。


 小屋に集まった高官の内、半分近くがティツィアーノと似た表情をしている。武闘派のヴィエレですら唇を内側に巻き込んでいた。


「包囲殲滅ですか?」

 その中で、からんとマシディリは聞き返した。


 全く以て危機感の無い表情である。気負いも無い。兄上の言うことなら、とばかりに思考を放棄しているアグニッシモと揃って『この兄弟は』と思われてもいるのだろうか。


「包囲殲滅です」

 ティツィアーノが声を低くする。

 そもそも、と低いまま声量が上がった。


「包囲殲滅を完成させるには卓越した戦場を見る目に加え、周辺の土地全てを己の掌に把握する能力が前提条件です。マールバラの策が面白いように嵌ったのは、マールバラがこれらの力を持ち合わせていたから。そして、勇敢こそを美徳とするアレッシア人の気質と、どのような者でもそれなりに力を発揮できるアレッシアの軍事体制を知っていたからこそ。


 前者に関しては、マールバラと違って我らは既知の土地で戦っております。敵も良く知る者達。初見の土地を掌に収める神の如き所業は必要も敵を調べ上げる必要もありませんが、敵はマルテレス・オピーマ。数は劣勢。


 無理だと断言することは控えさせていただきますが、無茶であるとは進言させていただきます」



「ですが、マールバラはお爺様をも絡めとりました。お爺様は、当時のアレッシアで最高の軍事指揮官だったと多くの方から聞いています」



「タイリー様は兵数劣勢で挑まれておりますし、何よりマールバラがどのような者かもわかっていなかった頃の話。マールバラの得意戦術が割れてからもマールバラは何度も成功させてきましたが、マルテレスには一度も成功しなかった。


 加えて、現状、我らは質に勝るが兵数に劣っております。それも、包囲殲滅を完成させる機動力に必要な騎兵の数も劣っている。


 そして、マシディリ様は既に兵数劣勢で包囲殲滅を完成させた実績をお持ちです。

 警戒されないはずがありません。難易度は、跳ね上がっているでしょう」



 ティツィアーノの言葉に、ファリチェが神妙に頷いた。クーシフォスも眉間に深い皺を刻んでいる。ヴィルフェットは、何かをずっと思考しているようだ。アビィティロはティツィアーノを静観している。グロブスも背筋を伸ばしたまま不動。マンティンディは「言われてんねえ」とでも台詞を付けられそうに半笑いを浮かべていた。


「だからこそ、敵兵の動きを予測しやすくなっている、とも言えますよ」


 一点を見つめたままのアピス、中央の地図を見つめながら目を動かしているルカンダニエを視界の隅に収めつつ、マシディリはやわらかく言う。


 次の瞬間には、表情を引き締めて。


「先の戦いで、こちらが両翼を前進させれば敵は退きました。包囲殲滅を警戒していた、それも早い段階で頭にあったと思われます。


 なるほど。ティツィアーノ様の言う通り、私はマルハイマナ戦争で兵力劣勢の中で包囲殲滅を完成させました。そのことは、心に深く刻まれているようです。


 マルテレス様の兵達にも。私達にも。


 一度でも成功すれば、それを為せる者として記憶に残ります。人生でただ一度の成功でも。出来る者としてみなされる。


 故に、敵の行動は制限されます。


 マルテレス様の恐ろしいところは戦場でこちらの急所を見つけ、的確にとらえてくるところ。野放しにしていれば不利になるのはこちら。しかし、備えることが容易になれば、十分に勝機は見いだせます」



 マシディリは、机に置いていた枝を手に取った。

 枯れ枝だ。何の変哲もない枝である。


「陣攻めに際し、相手は十分に逆茂木の印象を持っています。前に出れば、咄嗟の判断として壁や陣だと誤解せざるを得ません。


 手持ちのスコルピオが視覚的にも最大の威力を発揮する機会を狙い、十分に印象付けてきました。音が聞こえれば、足が止まるでしょう。


 土地を観察する時間は十分にありました。迷彩となる布を作成してあります。マールバラの時のように無いと考えがちな窪みに兵を隠すことは警戒され、十分に知り尽くされてはいるでしょうが、此処で出てくれば漏れだと判断するのが普通です」


 そして、と言いながら、一息つく。

 枝は既に机に置いた。

 伸ばした背筋と張った背筋で、肘を曲げた右手を頭の横に持ってくる。


「捕虜が言いました。クルムクシュ包囲軍はまだ負けていない、と。

 ならば、逃げ込んでくる敗残兵はクルムクシュ包囲軍では無く、この場にいる軍のいずれか。仮に、これが相手にとっての味方右翼から流れてくれば、どうなりますか?

 大抵の場合、最精鋭を固めているはずの右翼からやってくれば」


 ゆる、と手を下ろす。

 止めたのは目の高さ。少しだけ前に出して。


「敵の恐怖は跳ね上がるでしょう。そこに壁を見れば、音を聞けば、威勢の良い光があれば。集団の動きは統率が取れなくなります。逃げやすい方に逃げる。あるいは、無謀な突破か」


 後半に行くにつれ、感情を殺し、ぽとぽとと落とすようにだけ。


 それから、落とした感情を拾い上げた。

 勢い良く右手を横に広げる。


「此処に呼んだ者は、スィーパスやイエネーオス様。いえ、インテケルン様に対してもそん色のない、ともすれば上回る者達だけ。実力者のみを集めました。


 兵の質はこちらが上。数は相手。ならば互角。

 戦場と言う大局を決めるたった一滴(ひとしずく)、最後の一滴(いってき)は、根性となりましょう。


 士気を上げろ!


 ノハ平原の戦いのような真似をした者は、二度とアレッシアの地を踏めると思うな!


 これは、追加の軍令だ。二度とアレッシアを踏ませない。半島になど戻さない」



 轟々とした烈火から、天を突く不動の山へ。


「ヴィルフェット。初めてで厳しいかもしれないが、例外は無い。

 必ず押しとどめろ。

 全部隊、マルテレス様が来た時以外で戦列の崩壊は許さない。

 死んでも逃がすな。殺してでも捕らえておけ。

 マルテレス・オピーマの突撃以外で崩れることは許さない」


 視線を、第三軍団へと向けた。

 気合は既に十分のようだ。全員が唇を引き締め、眼光を強くしている。



「ルカンダニエ、クーシフォス様。突撃はいつも通り二人から。

 アピス。クルムクシュからやってくる敗残兵を前に立たせ、中央へとの突撃をかましてください。


 グロブスは盾。手勢だけで敵を押しとどめ、誘導する壁となってください。

 アビィティロ、マンティンディは私と共に集団を機動します。崩れそうな部位を素早く支え、時にはマルテレス様の突撃に対して攻勢に出るのが役目。


 他の軍団は、全て金床。荷駄車、逆茂木、板、葦の煙玉、手持ち式の対人兵器。何でも使って押しとどめてください。物資は、使いつくして構いません。


 アグニッシモ、ウルティムス。

 鎚は二人だけ。必ず息の根を止めろ」


「はいっ!」

『は』と『あ』の中間のような発音で、アグニッシモが元気に叫んだ。


 次いで、細かい配置を定めていく。

 これまでの戦いとは違い、敵軍全体を目標にしたような作戦だ。配置やその後の動き、備えるべきことは多く変わってくる。


 これに、一日。

 ついでに軍全体としてクルトーネへと撤退するような準備を偽装する。決戦の誘いを断るための口実の一つだ。


 そうして、包囲殲滅に向けた作戦を完全に練り上げた。


「さて」


 小屋には、マシディリとレグラーレ、アルビタだけ。

 薄暗さの中で、反乱を起こしたマンフクスの者達を逆さ吊りにして股を潰すと言う方法で処刑した報告を閉じる。


(申し訳ありません)

 命を賭してマンフクスを守ろうとしたレジエントに、父と弟が断行したマンフクスの断絶を一度だけ謝り。


「レグラーレ。密かにアビィティロ、ティツィアーノ、ファリチェ、ヴィルフェット、それからアグニッシモを呼び戻してきてください」


 此処からが、本当の軍議。

 作戦にはマンティンディやウルティムスも必要だが、他の人との兼ね合いもある。


 マシディリは、相変わらずと言うにはやや家族に関する話が減った父からの手紙を閉じた。


「間違っていたとしても、私は、死体で積み上げた山を登り切ります」


 母にも、伝えるように。

 マシディリは、独り、こぼした。

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