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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十二章
1302/1592

虚報

 襲撃場所は本陣から離れた場所。正確に言うと、平野を分断するために設けた簡易的な堀と逆茂木の排除のために敵兵が現れたのである。数は少数。三十人規模の小隊が十七カ所に。その全てで受け持ちの十人隊長を中心に奮戦し、その間に軽装騎兵が到着。数で勝っていけば、敵兵もこだわらずに退いて行った。


 特にアグニッシモを向かわせた近場は、交戦することなく去っていったと言う。


(演出、もあるでしょうね)


 自分達が有利である、と。

 戦う姿勢を、マルテレスが味方の諸部族に見せたのだ。


 兵の報告を聞く限りでは、敵の腰に食糧等の物資はほとんどなかったらしい。長期戦は不可能だろう。敵陣からも大軍で出てくる気配は無い。


 元より、追い返されることを想定した攻撃だ。

 むしろ突破できたとしても、後方で長く活動することは困難である。


「こちらからの攻撃は中止しましょうか?」

「いえ。予定通りに行いましょう」


 確認に来たアビィティロに堂々と返し、マシディリは定刻通りにマンティンディへ指示を打ち上げた。


 井戸の近くにマシディリ側の兵が現れる。


 それだけで十分なのだ。


 マシディリは二万五千。マルテレスは三万五千。

 兵だけでこれだけの人数を留め続けるには、どちらも大量の水が必要になってくる。予め用意するのは現実的では無い。基本が陸上輸送になれば、多くを運べるわけが無いのだ。


 ならば、現地調達となる。

 川か、井戸か。

 同時に、敵を干上がらせ、弱らせるには水源を使わせないようにすれば良い。


 そして、北方諸部族との融和を考え、自陣に入れておきたいマルテレスは井戸に死体を投げ込む等の行為はできないのだ。この平野にも住んでいる北方諸部族はいる。彼らを敵に回せば、彼らの仲間は去るだろう。不和を撒くための種としてマシディリに利用されかねない行動でもあるのだ。


 一方で、マシディリにそんな制限はない。


 北方諸部族に対して融和を取るに越したことは無いが、父が永世独裁官になった時に甘やかしたのだ。それでも反抗するのなら、次は当然厳しくなる。舐めた相手は大勢が見ている前で徹底的に叩き潰す。それも、アレッシアでは良くある話。


 尤も、井戸を使えなくはしないが。


 だが、マルテレス側は水源の解放のために兵を送り、調査のために時間をかけなければならなくなる。たまに数を増やせば、マルテレス側も応じたがほどほどで撤退した。


(なるほど)

 マルテレス側も、本格的な会戦はまだしたくないらしい。

 恐らく、イエネーオスが帰還してから、との目論見だろう。


 トリアンカリエリは、物資の輸送を考えなければ時間稼ぎが必要なほどの距離では無い。だが、イエネーオスはトリアンカリエリの慰撫も行わなければならないし、どうせならと荷駄隊の受け入れ準備等もある可能性が高いのだ。


 それを裏付けるかのように、マルテレス側からの攻撃は翌日も行われる。やはりと言うか、荷物は少ない。兵を出せばすぐに退いて行った。


(あくまでも戦う姿勢)


 そして、それだけで十分と言うことは、予想よりも諸部族の心を掴んでいると見た方が良さそうだ。同時に、マシディリを強敵として平兵士までもが認めていると言うことにもなる。


 より、マルテレスの指示が通りやすくなったとも言えるだろう。

 無論、欠点もあるのだが。



「クルムクシュからの捕虜が、クルトーネの陣に到着しました」


 後方で陣作成と余剰物資の徴収に当たっていたアスバクからの伝令が、姿勢を正す。


「そのまま連れてきてください」


 あとは、どう展開するか。

 幾つかの計画の内、実行するモノを決めると、マシディリは今日の攻撃予定を取りやめた。


 捕虜が到着したのは翌日。捕虜を隔離し、耳をすませば聞こえる距離でクルムクシュの戦況を聞く。同時に、父が率いる本隊が来ていないかも訊ねた。


 無論、情報を多く持っているのはマシディリの方である。

 伝令の返答もあいまいなモノになるしかない。そこに、此処にいる兵だけで戦う覚悟はできている、とマシディリはたたみかける。何を当然のことを、と言わんばかりの顔を無理矢理狭い物置に押し込めたような表情を伝令が浮かべた。


(それで良い)


 捕虜への食事は、量はしっかりと確保しているが味は薄め。小麦に大麦を混ぜた粥。寝床として布や藁も用意するが、等級は下げた。


 どちらでも良い。

 捕虜故に扱いが悪いと捉えても、物資が足りていないのだと捉えても。


 どちらでも構わない。


「マルテレス様に降伏を促してきてもらえますか?」

 マシディリは、捕虜に対して綺麗な水を差しだしながら語りかける。


「まもなく父上が此処に到着いたします。合計四万の軍団です。如何にマルテレス様が戦場での勇に優れ、良き目を持っていても、この数を逆転することは不可能でしょう。

 何より、この平野にいるだけで父上は戦わなくて良い。勝てるのですから」


 少々不快にさせるだろうな、と理解して。

 だからこそ、次の言葉にたっぷりと情感を込める。


「私は、父上とマルテレス様に殺し合って欲しくは無いのです」


 此処にいる捕虜に、一人でも多く、一つでも多くの気持ちが届くように、と。

 そう見えるように。


「今ならまだ間に合います。イフェメラ様の時のように、マルテレス様に付き従った方々にも軍団従事に近しい手当てを出しましょう。

 ですから、降伏を。

 これ以上アレッシア人の血を流したくはありませんから」


 この場には、強硬な声をあげる捕虜もいる。

 そのため、マシディリはこれ以上の言葉は告げなかった。ただし、あくまでも『この場では』。


 先の反応を観察し、可能性がありそうな者にはささやきを追加する。


 徹底抗戦を訴える者も居るだろう。

 戦うつもりで来ている者の意見を降伏へと持っていくのは厳しいだろう。

 私の頼みを断り、決死の覚悟で訴えて英雄へとならんとする者もいるはずだ。


 そうやって、不安を煽り。


「私の意見は変わりません。

 盾を地面に叩きつけるように立て、槍も石突から地面に突き刺し、穂先を天に向けて仁王立ちになれば戦場でも投降を認めます。

 公には言えずとも、覚えておいてくだされば一つでも流れる血が減るかもしれませんから」


 サンリエリ陣地防衛戦での捕虜にも伝えた言葉を、あくまでもやさしく投げかける。


 その後も、何とも言い難い厚遇もどきと聞こえるか聞こえないかの位置での本隊の位置を探るような会話を続けた。


 捕虜による投降の呼びかけは、昼に。

 この日も朝に互いに水源を狙うような動きで牽制し合っている。


 左右に一本ずつ川があるのだ。左の川はマシディリ達の方が遠い。だが、右はマルテレスの方が遠い。そして、どちらも上流側はマシディリ。


 マルテレスが水汲みを行っているのも把握している。

 陣地内にはまだ水があることも。だが、危険を犯してでも取りに行っているのを、周囲はどう見るか。


 そんな話も、当然捕虜にして。


 マシディリは、敵意が無いと言わんばかりにゆるゆると軍団を進めた。先頭は捕虜。武装は全て解除済み。後ろの騎兵達の槍で脅しながら進ませるような形だ。


 三時間かけ敵陣の前に来ると、マシディリは伝令兵を四人、敵陣の前へと放った。四人とも槍の先に布をつけ、ひらりひらりと風になびかせている。


 戦闘では無い。

 その意図は、しっかりと通じたようだ。マルテレス側の者達が、柵の傍へと集まってくる。


「クルムクシュにいた包囲兵より、話がある! 味方を思う心があるのならご清聴されよ!」


 その中で、四人の伝令兵が大きな声を出した。

 同じことを何度も叫びながらぐるぐると回り、十分に伝わったと判断すると戻ってくる。


「クルムクシュは落ちた。父上がもうじきやってくる。だから、降伏するように、と」


 最後の確認のようにマシディリは唇を動かさずに囁き、捕虜を前に出した。


 一歩、二歩、と捕虜たちが歩いていく。


 二十人の捕虜だ。

 その中で一番前に出たのは、四十代半ばの体格の良い男。


「マルテレス様」


 男の視線が、前に来ていたマルテレスへと向いたようだ。

 マルテレスの表情は、苦渋に満ちている。眉毛が真ん中に寄り、眉は高く。口は堅く結ばれ、拳も柵を握りしめるように。


 捕虜の頭が、上がる。



「クルムクシュ包囲軍はまだ負けておりません!


 エスピラ・ウェラテヌスもまだまだやってきません。


 今こそ好機! マシディリ・ウェラテヌスを討ち取り、世界にその名を轟かせ、最強の戦術家としてマルテレス様の名を刻む時です!」



 男が勝利宣言をするかのように叫ぶ。


 込み上がる笑みを、マシディリはひたすら鉄仮面の下に隠し続けた。

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