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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十二章
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神速の火力と心揺戦術 Ⅲ

 身を守りながら、盾でただただ敵にぶつかっていく。怯み、倒れた敵こそ獲物だ。そうでないのなら、ひたすらに体当たりを繰り返す。傷を負い過ぎれば近くにいる白のオーラ使いの下へ。浅い傷なら放置。額などの血が出やすい場所なら、むしろ血化粧として塗りたくり、狂気的な声を発した。


 もちろん、第三軍団と第七軍団の一部だけである。

 全員では無い。

 それでも、敵が思う恐怖は計り知れないだろう。


 敵から光が打ち上がった。

 恐怖を払しょくするためか、青い光もあちこちで見受けられる。


 いや、命令を聞かせるためでもあったのか。

 言語の壁はあるが、単純な命令は通るようだ。あるいは、似た言語の者だけで固めていたからか。少し遠いマシディリには分からない。分からないが、中央にアレッシア人では無い騎兵が現れた。


 馬の巨体からくる人間より早い突進は脅威である。さほど距離が無くとも、精神的な圧はすさまじい。逃げ出したくなるのも頷けるほどだ。


 だが、マシディリはこれこそが神の恵み、最善の機だと下唇を舐めた。


 既に手持ち式のスコルピオの再装填も完了している。

 狙いは敵騎兵。あれだけの巨体だ。大勢で狙えば、確実に当たっていく。特に狙いやすい馬を狙うのだから、全部外す方が難しいのだ。


 そうして馬が倒れれば、一気に巨体による恐怖は敵へと跳ね返る。

 大きな馬が地響きを立てて倒れ、即死しないから暴れてしまう。暴れれば味方を巻き込む。あるいは、敵味方問わず近づきにくくなる。


 全員を倒す必要は無い。

 印象付ければ十分。


 次は、一番怯んでいる敵に、狙いを済ませて攻撃を。

 その際、狙うのは盾の無い敵だ。鎧を纏っていないのならなお良い。


 殺せずとも、痛みを与え、傷口を狙って攻撃を激化させる。

 その指示は、マシディリから高官へ。高官から百人隊長へ。百人隊長から十人隊長へ。十人隊長から平兵士へ。しっかりと伝わっている。


 ただ、少し時間がかかってしまったようだ。

 敵方のオーラの後、逃げ出し、もとい後退する敵が現れる。


「追撃、をっ」

 しかし、味方左翼、第三軍団の目の前に陣取るのはインテケルン。ウルティムスら騎兵を追うのは諦めたらしく、マシディリ、アビィティロ、ルカンダニエをけん制してこちらを向き続けている。


 一方の中央も敵の混乱に乗じて攻撃を仕掛けられてはいるが、左右が詰まっているためか中々追い続けることは出来ていない。敵中央の踏みとどまる者達も味方によって邪魔され、上手く整列が取れていないが、思うような追撃はできないだろう。


 ならば、と遠くを見る。

 愛弟の紅い光は、しかし前進をあまりできていない。


(私か)

 恐らく、最も少ない兵で踏みとどまられているのは、マシディリの受け持つ左翼だ。

 同様に最も多くの敵兵に阻まれているのは右翼だろう。


「カニウェナティクス、ムステイラ、クニレプルス、カニスルプス!」

 これも、ディファ・マルティーマにあった防御陣地群の名前。

 敢えて陣の弱い場所を見せ、敵を誘い込み、一気に多方向より殴り殺すことに重きを置いた四つの陣地の名前だ。


 即ちそれは、敵を誘い込むための動きを取るための命令。

 だが敵もさるもの。勇者インテケルン。


 マシディリの動きに対し、一気に後退して距離を取ることを選んできた。もちろん、マシディリも追撃の指示を飛ばすしかない。しかし、すぐでは無い。これは集団だ。短期間で何度も簡単に命令を変更できるわけが無いのである。度重なる矛盾する命令は、混乱を生むだけ。混乱は集団を弱くする。


 その状態こそ、インテケルンの餌だ。


(性急すぎましたね)

 自責と後悔。悪手を引いたことによる自身への苛立ち。

 はっきりとそれらが自覚できるほどに渦巻いていると言うのに、マシディリの口角は上がってしまった。


 不適切だ。

 分かっているからこそ、マシディリも今回は口元に手を当てて隠す。


 マルテレスは殺さなければならない。


 葛藤はある。マルテレスは気の好い人だ。師匠でもあり、幼い時は馬の乗り方を教えてもらい、正式な初陣もマルテレスの下で果たしている。大好きな人だと間違いなく言える好漢だ。

 でも、どちらかしか選べないのなら、父を選ぶ。そのことに後悔はない。


 葛藤と懺悔、身を削られ心をえぐられる思いとは別に、今、この瞬間が楽しいと思ってしまう自分もいる。


 自身の指示で仲間が死んでいる。命を懸けている。苦戦している者もいる。敵も死ぬ。それも大勢。

 そんな場所で笑うべきでは無いのだが、これほどの強敵とまた戦えるとは思っても居なかった。マールバラを討った時、どこか、無味乾燥な戦場が続くのではと懸念すら覚えていたのである。


 それが、違う。

 全く違う。


 思ったようにならないどころか、見抜かれてもいて、少しの誤りを完全なる判断の誤りへと変えてくる者と相対している。


 その事実に、心が躍らないわけが無かった。


「攻撃を控えましょう」

 傍にいながら少し前に出ていたレグラーレとピラストロが振り返ってくる。顎を引いていた二人は、マシディリを見るなりそれぞれの反応をした。


 レグラーレは、ぐでんと肩を落とし、口も半開きにして、呆れたように。

 ピラストロはぎこちなく口角を上げ、盾を構えて再び前へと向き直っている。


「主攻は右翼。スィーパスとインテケルンで差を付けます。あまり攻撃を受けなかったインテケルンと、大損害を被ったスィーパス。どちらの物語が流行るのか、楽しみですね」


 インテケルンが内通しているだとか、手を抜いていると言われるのか。

 スィーパスがインテケルンに比べて非常に能力に劣っている、マルテレスの後継者として相応しくないと言われるのか。


 いずれにせよ、マルテレスの目論見の一部を突き崩すことは出来るはず。


「ああ。ウルティムスとクーシフォスは追撃をしっかりと行うように」


 今は、追撃戦だ。

 しかし、マルテレス側も余力十分。最初の戦いとは逆の状況。


「マールバラは一見誰も隠せなさそうな平野に兵を隠していました。十分に警戒を続けましょう。囲われることの無いように。焦りは禁物です」


 左翼と中央の足を遅めさせる。同時に、右翼へは猛攻の指示を出し続けた。

 マルテレス側の動きは、撤退。ずっと続いている。押されている左翼に合わせるように、全軍が下がっていっている。


「マシディリ様!」

「見えているよ」


 撤退に焦る諸部族と殿を務めるアレッシア兵の間に生じた隙間。弱点とも言える場所に反応したスペンレセ隊の斜め前に、空へと立ち昇る赤い光が現れた。


(本物か、どうか)

 思考しながらも、マシディリは迷いなく第七軍団の第三列に前進を指示した。

 部隊の並びと装い。勢い。恐らくマルテレスで間違いない。対してスペンレセは足を止めさせ、迎え撃った。


 スペンレセ隊の前列が突き崩れる。

 ただ、攻撃後に退く敵騎兵の一部の馬が過剰に暴れた。槍の穂先(プルムバータ)を誰かが投げたのか、あるいは投石か。手持ち式のスコルピオを隠し持っていた可能性もあるし、短剣を投げつけた可能性もある。


(四度の突撃)

 馬上では踏ん張りがきかない。故に、槍の類は衝突の瞬間に手放すのが基本だ。その難易度もあって騎兵が少ないとも言えるが、マルテレスの騎兵は違えないだろう。


 が、流石に突撃のし過ぎだ。

 しかも、味方の弱点から現れ、マシディリ達の欠点を的確に突くような攻撃。時間をかけたものでは無い。その場の判断で現れている。ならば、武器の類は尽きかけのはずだ。


「マルテレス様の突撃はもうありません。勇気をもって、今一度一歩前へ。

 勇敢な姿を見せ、神々の寵愛を、父祖からの褒美を。何より、英雄に立ち向かった新たな英雄として、家族の誇りとなれ!」


 大きく吼え、言葉を伝令が遠方へと運んでいく。


 ケラサーノに於ける二度目の激突。

 相手に比べて損害が少なく、最後まで戦場に残ったのはマシディリ。であるならば、勝者はマシディリだと言えるだろう。


 ただ、目的を達したのはマルテレス。

 トリアンカリエリの救援を成功させ、殿をアレッシア人が務めることで諸部族からの信頼を強くした。


 何より、マシディリの勝利をマルテレス配下の諸部族に知らしめるには、マシディリが偽りでも勢いに乗じた積極的な行動をとらざるを得なくなってしまうような。そんな、街中で無理矢理握らされたような微妙な勝利だったのだから。

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