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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十二章
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神速の火力と心揺戦術 Ⅱ

 思わず、マシディリの口角が三日月のように上がる。


「見事ですね」


 未練など一切ない一撃離脱。しかも、かなり優勢を確保した上での離脱劇だ。その上、相手最精鋭部隊を戦場に引っ張り出し、拘束することにも成功した。


 いやはや、完敗である。


(そう来なくっちゃ)

 此処だけを、切り取るのなら。


「マシディリ様」

 レグラーレから冷たい声を浴びせられた。


「すみません。つい、楽しくて」


 完璧な離脱劇。

 味方に勝利の印象だけを与え、敵に劣勢を感じさせる攻撃だ。

 だが、被害は大きくない。


「ルカンダニエとクーシフォスは一時撤退を。後方で馬を落ち着かせ、軍団を整えてください」

 この言葉は光として。


「ウルティムスは再度突撃の用意を。しばらくは私がインテケルン様を拘束しますが、途中でアビィティロに代わります。その時に援護を願います」

 次の言葉は伝令が伝えに行く。


(さて)

 秩序良く味方が第三列の隊列の合間を駆け抜け下がっていく。

 第三列は盾を構えたまま、制止した。地面に刺すように盾を垂直にし、並び集うインテケルン隊と相対する。


「四千、となると、アビィティロ様だけでは厳しそうですね」

 マシディリの半身を大盾に隠すように前に出たピラストロが顎を引く。


 アビィティロ隊は千六百。ウルティムスと組めば、可能だ。マルテレスの狙いがマシディリの拘束であるのならば、マシディリが退く方が良いだろう。


 あくまでも、マシディリの拘束が目的なら、であるが。


(即座の突撃)


 インテケルン隊と第三列がぶつかる。

 どちらも精鋭だ。武器も同じ。自然、数が同じならば戦いは拮抗していく。


 ただし、これだけの機動が出来るのはアレッシアが国民皆兵の軍団だからだ。誰が扱っても一定以上の実力を発揮できるようにあらゆることが決まっている。だからこそ、強力な指導者や決まった軍団がいない他部族に対しては無敵に近い。


 現に、今もしっかりとした連携が組めているのはアレッシア人だけであった。

 故に、中央の戦局はマシディリ側の優勢に傾きつつある。それが分からないマルテレスでは無いし、英雄であるが故に劣勢すらも覆せてしまう。


 アビィティロとマシディリの交代の時機。合わせてウルティムスもインテケルン隊への攻勢を強める時。


 それを図っていたかのように、戦場に戻ってきたマルテレス隊が中央左翼側、ポタティエ隊の側面に突き刺さった。


 左翼で中央寄りに居たのはアビィティロ。もちろん、連結点を途切れさせないようにはしていた。だが、どうしても薄くなる。その一瞬を貫かれたのだ。


「第七軍団全軍を投入せよ!」

 マシディリは吼えた。

 すぐに特大のオーラとなり中央に陣取る第七軍団に突撃指示が下る。


「アビィティロに伝令。戦列を此処に構築します。私とアビィティロ、ウルティムスでインテケルン様を押し込み、敵の活動範囲を縮めましょう。敵の盾を、敵の壁とするのです」


 鎚と鉄床。

 皮肉にもその鉄床が味方となった時、言語が通じず出会って数か月の者達ではどうなるのか。


「アグニッシモは右翼に展開。

 クーシフォスはウルティムスの後方、左翼をより遠くへ迂回し、敵の側背を狙って。ルカンダニエは私達の後方待機。インテケルンに意識だけはさせるように」


 ルカンダニエも攻撃的な作戦思考の持ち主だ。監督している部隊も激戦区に行くことが多く、第三軍団に最も攻撃的な思考を伝える時には第一列を任せている者達。


 十分にインテケルンと言う盾を貫くための武器にすることは考えられるだろう。


 無論、マシディリにそのつもりは無い。

 でも、可能性があればインテケルンは部隊に腰を落とさせる。


 敵右翼、インテケルン隊の壊滅は即ち敵全軍が盾を持つ者にとって最大の弱点である右側面を晒すことになるのだから。


 最前線にて暴れる赤のオーラが、どんどん中央へと移動していく。既にポタティエ隊が隊としての形を為していないことも見て取れた。入れ替わりでヴィルフェット隊が前に出てくる。これだけの時間があれば、流石に敵諸部族の整列も終わり、攻撃を仕掛けて来た。


 次いでヴィエレ隊も後退を始める。穴を塞ぐのは、スペンレセ隊。その最前列を、勢いを止めずにマルテレス隊がかすめ取っていく。


「荷駄を」


 伝令にするまでも無く、ファリチェからも荷駄を前に出すオーラが打ち上がった。

 マシディリは認める合図を打ち上げさせる。


 取り出されるのは手持ち式のスコルピオだ。連射性能など無いに等しい。射程としても逃げていく軽装騎兵を攻撃することは不可能だろう。


 それでも、迫りくる諸部族連合の出鼻をくじくには十分である。

 何より、その印象こそマシディリが求めているモノ。敵の恐ろしい兵器と、連携しての威勢の良さ。それが空元気であっても、嘘をつき通して誠にするだけのこと。


(マルテレス様はそのまま右翼側へ)


 中央を見る。

 イエネーオスはいない。


 敵の誇る最大の攻撃に、味方左翼と中央は勢いを殺された。最初に攻撃を受けた左翼はインテケルンによって拘束され、中央も先陣の交代に伴う多少の乱れが生じている。


 マルテレスの次の狙いは、味方右翼。

 スィーパスは、投げ槍。敵を殺すことはほとんど無いが、当たれば盾の意味を無くすぐらいはできる。


 即ち、マルテレスの狙いは。


「注進!」

 叫んできた兵に、マシディリは右手のひらを向けた。


「イエネーオスが一万に行かない程度の兵を引き連れ、トリアンカリエリに発った、と言う報告ですか?」


 伝令が目を丸くする。

 頬を伝い、顎から落ちる汗も気にせずに丸い口のまま頷いた。


(やはり)

 襲われているトリアンカリエリを助ける。

 マシディリから逃げない。

 マシディリの作戦によりぐらついた軍団内部の信頼を取り戻し、結束させる。


 全てを行う気だ。マルテレスは、この一戦によって。

 いや。この僅かな時間だけで。


「アピスとパライナに撤退の伝令を。急ぎで」


 目を細め、遠くを見る。

 確かに黒い煙が上がっているようにも見えた。トリアンカリエリへの攻撃は始まっているのだろう。だが、敵からすればこれがルカッチャーノの軍団かどうかは分からない。


 だから、ルカッチャーノに勝てるだけの人員を送り込んだ。

 すると、アピスとパライナが欠けていないマシディリ軍とほぼ同数になるのだ。同数でも互角に渡り合えたと言う実績があれば、諸部族にも自信が湧いてくる。自信をただの心の持ちようと侮ることなかれ。これほど厄介な自己暗示も、そうそう無い。


(どうする)


 残念ながら、この一戦でマルテレスの首を挙げることは厳しそうだ。

 ならば、諦める。今だけは、マルテレスを狙わない。


「ルカンダニエ隊前進。ウルティムスと交代し、クーシフォスとウルティムスは左翼を回り、敵の側背を脅かし続けてください。アグニッシモはそのまま右翼も迂回し、最南方をかっ飛ばして敵に攻撃を。騎兵隊は敵陣まで至る勢いで構いません。


 マンティンディとグロブスに伝令。

『信じて、託す』


 全軍、敵に突破されても構いません。ひたすらに圧を。足は常に前に。


 勝利の女神は、勇敢な男がお好みだ!」



 雄雄! と、野郎どもの腹からの声が大地を揺らした。


 さぞかし美しかろうな。いいや、可愛い少女のような見た目だ。違う、筋肉質高身長な美女だ。

 そんな不敬とも取れる昂った声がそこかしこで野太く通る。


 そして、最前列が盾にオーラを纏わせ、ひとまず体当たりをかました。


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