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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十二章
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神速の火力と心揺戦術 Ⅰ

 左翼を厚くし、一翼の撃破で以て戦いを決する。


 配置から読み解くのであれば、そう見えるだろう。だが、マルテレスもマシディリが同じ作戦を繰り返してくるとは考えていないはずだ。もちろん、完全に捨てるのでも無く、両方に対応するように思考する。いや、思考するのはインテケルン達の仕事か。


 いずれにせよ、マシディリの作戦は前回と同じ斜線陣では無い。


 当初は左翼に第三軍団を固めるつもりだ。しかし、開戦と同時にマンティンディを中央に移動させる。グロブスは後方へ。


 アピスとパライナがいないため、敵も迂回がしやすくなっているのだ。敵の迂回が発覚した際、陣に残した者達と設備で遅滞戦術を行う。その時間でグロブスが物資を蓄えている本陣を守るために下がるためだ。


 違いとしては、もう少しある。


 まずはウルティムス。こちらは左翼に広く展開し、敵側面を脅かし続ける。


 次に各部隊。手持ち式のスコルピオを発射可能まであと一歩の段階にして荷台に積み、各部隊の後方に配備するのだ。奇襲の意味合いもある。いざとなれば荷台を壁にして敵の攻撃を防ぐことも考えていた。


 が、大前提として、前回よりも配置が遅くなるにも関わらず、先んじなければならないのである。それも、マルテレス側より先に布陣を始めてはマルテレスが戦いに応じないかも知れない。かと言って行動が遅すぎれば整列中を襲われる。誘いが失敗すれば、こちらを無視してアピス達を叩くことを優先するかもしれない。


 全ては、時だ。


 状況を見て、確実に。


 戦いに持ち込まなければならない。


 何よりの運の要素は、敵が並ぶ時間を遠く、トリアンカリエリを襲っているアピスとパライナは分からないと言うこと。


「マシディリ様」


 指の腹を掌底にこすりつけるようにし、指の腹を付けたまま出来る限り上へ。それから手を開き、もう一度。


「もう少し、待ちましょうか」


 声は落ち着いたものを。

 視線はずっと前に。


(これまでと同じような朝を迎えていると言う報告は上がっていますが)


 敵の動きが鈍い。

 いや、後の先を取られると分かっているからこそ、最初の一歩を踏み出すかは自分達が決めると思っているのだろうか。


(でしたら)


 ゆるり、と立ち上がる。

 緋色のペリースが動きに合わせて揺らめいた。


「陣を開け、ゆるゆると整列を始めましょう」

 振り返り、控えている伝令たちに対して堂々とした姿を見せつける。

「いわば挑発行為です。マルテレス様であれば、十分に応える理由になるはずですよ」


 まずは伝令が走る。

 伝令が帰ってきてから、光を打ち上げた。陣の左翼側からだ。マシディリの位置を敵に伝えるためでもある。


(さて)

 どうでるか。


 相手の動向はまだ分からないが、先鋒は緊張感を持ったまま陣の外に出た。


 いつもよりゆっくりと。しかしながら列を乱さずに並んでいく。敵の整列を乱し、味方の整列の時間を稼ぐための軽装歩兵は今日は後ろだ。敵に整列の様子を見せながら、ゆっくりと。閲兵式のように並んでいく。


「敵陣が開きました!」


 物見の兵が大声をあげる。

 すぐに後方で旗が振られた。敵が出てきている合図だ。幾つもの狭い出口から出て来た水が一気に広がるように、やや猥雑に敵が広がっていく。


 合わせて、アレッシア軍の動きも早くなる。

 圧巻の動きだ。整列の様子だけで敵を威圧できる。一つの指示の下に、二万を超える集団が同じ方向を見るのだ。


 アレッシア以外にそれが出来る軍団がどれだけあるのか。

 少なくとも、北方諸部族やプラントゥムには無い。

 そして、敵の整列が終わる前の攻撃の有用性も、変わらない。


「ルカンダニエとクーシフォスに突撃の指示を」


 例え読まれていたとしても。

 いや、読まれていると想定できるからこそ、前回とは違う。


 完全な突破を目指した前回は、攻撃に意識を振っていた。そのため引き込む策に嵌り、二人が戦功を焦らず罪の意識に苛まれなかったからこそ隊を維持し続けられたのだ。


 マルテレス側の作戦も成功しなかったのは、いわば、二人の能力に依るところが大きい。


 だから、今回も先鋒を任せた。

 だから、今回は防御にも意識を寄せる。


 かなりの確率で敵も突撃部隊を出してくると予想して。同じくらい、崩壊も起こりうると想定して。その崩壊に際し、真偽を見極めるだけの猶予を持つために。


「敵も動きました」


 マシディリも馬に跨り、戦局を真っ直ぐに見つめる。


 敵の整列はまだ終わっていない。それでも、敵右翼から騎兵が現れた。広く、分散している。数も多い。普通なら、端と端の連携は難しく、クーシフォス程の経験があれば有利に戦いを進められるだろう。


(ですが)

 マシディリは、下唇を噛んだ。


 あくまで遠くから見ているだけ。故に、正確なところは分からない。それでも、やけに敵騎兵の速度が整っている気がした。

 前後左右の者と距離を開けすぎず詰め過ぎず。その集団が、激突に際して再び列となり纏まってくる。


(数も多い)

 ケラサーノの戦いの前から、マシディリは多くの諜報を仕掛けて来た。その結果、マルテレスの持つ最精鋭騎兵は基本三千騎だと把握している。インテケルンは二千が最精鋭。そこに四千まで膨れ上がることもある。


 これが、もしも、マルテレスも数を増やすだけの準精鋭騎兵を持っていたとしたら?


 見慣れた深紅のオーラが戦場に立ち昇った。

 ただの威圧だ。そこまでの有効射程は無い。連絡と同じ。あるいは、演説と。


 前線からも光が打ち上げられる。味方の光だ。


「マルテレス隊。数、想定以上。五千からとみられます!」


 マシディリの傍に控えていた伝令が吼えた。

 見ればわかる、とは返さない。ただ無言で見据え、瞬時に多くを思考し、同じ数だけ決断を下す。


「マンティンディとグロブスは予定通りの行動を。他隊は整列を急いでください。それからヴィエレとポタティエで敵中央を食い破るための動きを」


 マシディリの言葉が次々に光へと変わっていく。


 ルカンダニエ隊は千二百。クーシフォスは千。兵隊の質は、若さは残るがアレッシアの中でも精鋭と言える者達。下士官の実力も高い。


 対して敵は英雄マルテレス・オピーマ。数は五千から。兵隊の質は、恐らくはアレッシアの中でも騎兵としての経験値の高い者達。故郷よりもマルテレスと共にあることを選択した覚悟の決まった兵だ。


「ウルティムスは左翼に展開。側面からルカンダニエとクーシフォス様の援護を」

 重装騎兵九百。補助騎兵五百。これでも、まだ数的劣勢。


「アビィティロは中央寄りへ。第三列が前に出ます」


 第三列。

 それは基本的には軍団最精鋭の重装歩兵から成る列だ。最後尾であり、此処が破られることは全てが破られたことを意味する。


 当然、こんなにも早く投入されることは滅多に無い。


「敵左翼にスィーパス・オピーマを確認!」


 打ち上がった光を、伝令が言葉に戻す。

 心配はしていない。味方右翼はティツィアーノだ。むしろ、最も実力差のある対決とも言える。そこに兵を集中されるのなら、マルテレスとしてもこれ以上は自軍右翼に割きたくはないはず。


(いえ。インテケルン様やイエネーオスは、ですね)


 マルテレスなら、やりかねない。

 ただ、マルテレスなら必要ない。


 既にマルテレスは一当たりでルカンダニエとクーシフォスを怯ませると、彼らの鼻先を通り過ぎてまさに戦闘体勢に入ったウルティムスに先制の一撃を喰らわせているところなのだ。


 神速にして重厚な一撃。

 重装歩兵、軽装騎兵、重装歩兵の連携を取らせない、連結点に向けた的確な一撃も放たれ続けている。


「足は決して止めませんか」


 第三列の前進は決して遅くない。むしろ速い方だ。

 それでも、マルテレスの戦場離脱の方が速い。ルカンダニエ、クーシフォス、ウルティムスによる包囲が完成する前に端を破壊し、砂ぼこりだけを残してとっとと離脱したのだ。


 追いかけようにも、一番近いウルティムスは重装騎兵。マルテレスは軽装騎兵。こちらの軽装騎兵は、最初の一撃で隊列を崩されている。


 何よりも。


「インテケルン隊ですね」


 レグラーレの呟き通り、マルテレスが去るのに合わせてインテケルン・グライエトの率いる重装歩兵四千が壁となり、第三軍団の目の前に現れた。

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