切っ先の戦い Ⅱ
対陣三日目。
やはりと言うべきか、マルテレス軍は陣を出て来た。もちろん、マシディリは予定通りにこれを無視しようとする。
幾度かの挑発と、陣前に押し寄せる敵軽装兵。マシディリも対人兵器による援護を付けつつ軽装騎兵と軽装歩兵を繰り出し、小競り合いだけは行い、すぐに撤収させた。
「占いでも発表させましょうか」
敵に対して、味方の士気のために。
対陣四日目。
マシディリは、神官に占いの結果を発表させた。無論、関係ないと言わんばかりにアレッシア人以外の者達がいきり立ち、攻撃を開始する。マシディリはこれに対し救援の兵を送り、ただし本格的な対決にならないように気を付けて撤退させた。
一部、陣まで仕寄って来た敵兵はそのまま陣に引き込む。直後にウルティムスの重装騎兵で陣前を固め、中に入った者達は投石機に乗せて送り返した。生きてはいない。肉塊として帰っていっただけである。
対陣五日目。
本日も元気にマルテレス軍が兵を並べる。今日は、完全にマシディリは陣を閉ざした。
挑発を続けていたマルテレス軍も、すっかり陽が昇れば陣に撤退していく。
今日は、何事もない午後を迎えることとなった。
と言っても、兵に簡易的な訓練はさせている。警戒網もしっかりと固めた。同時に、高官を集めて意見の交換も行っていく。
「マルテレス様の軍団は、武器に例えることができます」
マシディリは、マンティンディが作成した武器の小さな模型を手にした。
「まずは、インテケルン様。インテケルン様は盾です」
こと、と盾を手足の無い丸い人形に立てかけた。
「マルテレス様は槍。この二つが最強の組み合わせです。様々な作戦が織り込まれているでしょうが、最も簡易的で根幹となる基本戦術は盾で受け止めて、槍の一撃で貫くこと。例え多少不利な状況であっても、部分的な優勢を築き上げて勝利を掴むことのできる組み合わせでしょう」
息を一つ。
小さな空白の間に、マシディリの横に立っているアビィティロが、槍の模型をつまみ上げた。
「基本的にこちらに槍の最大の一撃を防ぐことは出来ません。盾に関しましても、破壊しようと思えば最強の剣を、アグニッシモ様をぶつけることになるでしょう」
立場上マシディリでは言いにくいことだ。
明確な副官がいれば副官に任せれば良いのだが、今回の戦いではマシディリがエスピラの副官。そのあたりも考慮して、アビィティロが買って出てくれたのである。
「インテケルンの出現は、こちらの手を制限する意味合いもある、か」
ティツィアーノが呟くように補足した。
ヴィルフェットが素直な顔で細かく頷いている。
「全体では負けていても、盾が槍の一突きへの妨害を防ぎ、守っている間に槍で急所を的確に射貫く。簡単に出来ることではありませんし、失敗することの方が圧倒的に多いはずの作戦ですが、マルテレス様の目を以てすればほぼ確実に為せるでしょう」
軍団とは人の群れだ。
完全に思い通りに動くわけでは無い。情報の伝達には差が出てくるし、移動時には隊形が多少なりとも崩れてしまう。どの程度の情報を持っているかによって、指示に対する不満も異なってくるのだ。
マシディリやその下の高官から見れば最善の選択も、一兵卒には愚策に見えることもあるだろう。そして愚策に見えてしまえば、こちらの求めに対して返ってくる行動は酷く緩慢になりかねないのである。
その隙を、マルテレスは見逃さない。
「次にイエネーオス様ですが」
マシディリは話題を変え、小さな剣の模型を手に取る。
「例えるならば剣です。槍ほどの破壊力は持ち合わせていませんが、剣の取り回しの良さが輝く場面はたくさんあります」
現に、アレッシア兵が協力して戦う際は剣を使っている。
エリポスの重装歩兵のように長槍を用いたり、軽装歩兵が投げ槍を使ったり、騎兵も槍が主兵装だが、アレッシア式重装歩兵の主兵装は盾と剣だ。
「スィーパスは投げ槍。殺傷力は低いですが、槍の刺さった盾は重くて使えなくなってしまいます。抜くにも抜きづらいのも、またスィーパスらしいと言えるでしょう」
他は一個一個の投石。
殺傷能力は高く、怖い武器であるが一つしか投げられないのであれば対応は可能。高官が多いからこそ怖いのだ。
「盾と投げ槍が不仲ではありますが、投げ槍が排除されることは無いでしょう」
サジリッオからの報告もそうだが、インテケルンの性格とこれまでの行動を考えての結論だ。
「排除されるなら、インテケルン」
ヴィルフェットが口に右手人差し指の側面を当てる。
「ただ、可能性は低いかと思われます」
アビィティロがヴィルフェットに対して言った。
戦場で仲間割れを引き起こす愚を、スィーパスは第一次フラシ遠征で行っている。それでも、マルテレスもイエネーオスもインテケルンの影響力低下には反対するだろう。
何より。
「諸部族連合の色が強く、言語の壁があるはずなのにマルテレス様は作戦的後退の指示を軍団に通せていましたからね。インテケルン様の功績が濃いと考えるのが自然でしょう」
軍団の構成には、インテケルンは欠かせない。
「最重要はインテケルン」
「依然、マルテレス様かと思われます」
ティツィアーノの発言をアビィティロが訂正する。
二人の視線は数舜だけぶつかったが、以後に口は開かなかった。
「マルテレスならともかく、広い戦場でインテケルンの位置まで特定するのは困難では? アグニッシモ様を自由に動かそうにも、この数ではかなり厳しいと思われますが」
ボダートがとげとげしく言う。
グロブスがボダートを睨みつけた。ウルティムスは目を閉じている。マンティンディは、両手のひらを下に向け、グロブスを見ながら二度上下に動かしていた。
「ボダートの言う通り、インテケルン様を打ち砕くのは至難の業でしょう」
マシディリは、努めてやわらかい声を出した。顔はボダートを見ているが、声の方向は第三軍団および第七軍団に所属する伝令部隊出身者を意識する。
「ですが、拘束することは可能です。
こちらの基本配置は変えません。右翼は再編第四軍団。中央は第七軍団。左翼に第三軍団。各場でのインテケルン様の拘束担当はティツィアーノ様、ファリチェ様、アビィティロ。ただし、アビィティロには中央寄りに位置してもらい、受け持てそうならば中央に現れた場合もアビィティロが拘束してください」
攻撃寄りの性格をしているルカンダニエとアピスでは出し抜かれる危険もそれなりにある。だが、ウルティムスを含む他の第三軍団の高官ならインテケルンを拘束できる可能性が高いのだ。
何より、第七軍団の誰で抑えるのかと言うのも問題である。
ファリチェは万事に対して有能であるが、特段戦に優れている訳では無い。最も武官として優れているヴィエレも攻撃寄りの性格。ヴィルフェットは経験が不足しており、出来ないとは言えないが不安は拭えない。スペンレセは可能性を感じているが、どうか。ポタティエは、攻撃に回す方が良いはずだ。
パライナに関しては、現在は作戦行動中である。
「俺ならやれるってのなら、俺が行った方が良くない?」
アグニッシモがあっけらかんと言った。
本人に他の人を見下す気持ちは無い。それは、アグニッシモに近い者ほど良く分かっている。
「アグニッシモは、どちらかと言えば勝利を掴む決め手にしたいからね。あるいは、マルテレス様がみている穴を先んじて塞ぐために動いて欲しいかな。これも、アグニッシモにしかできないから」
『しか』と言うのは言い過ぎだ。
でも、叱ることも多い愛弟に対してはたまにはおだてておきたい。尤も、『たまに』と言うとクイリッタが驚愕の表情と共に詰めてくるような空気を出すのだが。
「あくまでも、インテケルン様を拘束した上でマルテレス様の突撃を誘い、横を突くのが作戦です」
マシディリは、置いてある槍の模型の柄を指の腹で押した。
「突撃カ所に選ばれてしまった部隊は防御に徹してください。青のオーラも幾らでも使って構いません。ひたすらに耐え、その間に多方面から殴りつける。無論、大乱戦になることが予想されますので、各高官は百人隊長および百人副隊長としっかりと確認を行っておいてください。余裕があれば、十人隊長一人一人とも打ち合わせをするように」
誰が欠けた場合、どのように補うのか。連携をどう変えるのか。何を狙いとするのか。
そこを明確に共有しておいて欲しいのだ。
「明日、久しぶりに陣を出ます。今夜は松明を少なくし、早朝は炊事の煙を多くしましょう。
敵後方、トリアンカリエリをアピスとパライナが襲撃しますので、これに合わせて決戦の誘いをかけます。
乗ってこなくても構いません。
乗ってくれば最高。
マルテレス様にとってトリアンカリエリを襲っている部隊がこちらから出ているのか、ルカッチャーノ様か判断できませんから。きっと、イエネーオス様を送り込むと思います。敵の数的有利は変わりませんが、こちらの攻撃は通りやすくなります。
これが、もしもインテケルン様ならば寄り攻撃的に変えましょう。スィーパスならば、向こうで討ち取る策を授けてあります。
戦闘は基本通り。
敵の槍先に気を付け、懐に入って胴を狙い、胴が無理なら足を狙い、連携して一人を討ち取る。
先ほどまでは相手ばかり武器に例えていましたが、私達に関してはそれぞれが盾と剣です。必ずや、各隊と連携し、討ち取りましょう」
机上の地図がより詳細なモノへと張り替えられる。
マシディリは、石を取り出すと明日の配置を伝え始めた。




