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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十二章
1295/1589

切っ先の戦い Ⅰ

 居心地が悪そうに、ヴィルフェットが鎧の下の衣服を引っ張った。


 誰も彼もが汚れまみれだ。臭いも酷い。

 周りはそのような状態なのだが、ヴィルフェットが気にしてしまうのもまた無理はなかった。


 強制的に陣の一部に組み込んだ集落の小屋。そこに呼んだのは軍団長であるティツィアーノとファリチェ。マシディリが第三軍団を離れれば代理で軍団長となるアビィティロ。


 その中にぽつんと一人、軍団長補佐であるヴィルフェット。

 アグニッシモすらいないのだ。気後れしない方が難しい。


「クルムクシュから捕虜を連れてこようと思います」

 されど、マシディリはいつも通りの調子で切り出した。

 パピルス紙を取り出し、居れば持ってくる名簿です、と四人に見せる。


「意図をお聞きしてもよろしいでしょうか」

 ファリチェの目は、質問の時はマシディリを向いており、終わる間際に紙にも落とされていた。


「捕虜の目的は敵の挑発です。あくまでも現在地以西での会戦が望ましいですからね。

 名簿の意図は、家族や特に仲の良い戦友が目の前の軍団に居る可能性の高い者達を選抜しました。降伏とクルムクシュ救援を呼びかけさせるつもりではありますが、多分こちらの用意した言葉は言わないと思いますので。せめて、もう一つの策ぐらいは通しやすい人達にしようかな、と」


 何時の間に、とファリチェとアビィティロが言う。

 ただし、アビィティロの声には非難の色も混ざっていた。休め、と言うことだろう。あるいは、誰かに任せろ、と言う意味か。


「挑発、と言うことは、しばらくはこの陣に籠るおつもりで?」

 ティツィアーノの隻眼がマシディリへとやってきた。


「数こそが相手の利点です。今日の戦いでは、インテケルン様こそ前に出ましたが、マルテレス様とイエネーオス様の軍団は十分に休んでいました。一方で、こちらは第三軍団が比較的休養をとれただけ。疲労は溜まる一方です」


 アグニッシモなどは、ご飯をかきこむとすぐに倒れ込んで寝てしまったのだ。

 あまりの豪快さに、良く知らない人から不安な噂も出たほどである。一目見ようと来る者までいた。


「占いをさせ、籠り続けるのが吉と言う結果に最も近いモノを喧伝しようと思います。

 ただ、そうなればマルテレス様も退くかもしれません。クルムクシュの防衛と半島に閉じ込めることを考えれば、追わないのが正しいでしょう。しかし、ルカッチャーノ様が後方にいるとなると見捨てるわけにはいきません」


 即ち、追わざるを得ない。

 それは陣を捨てると言うこと。幾らアレッシア軍であっても、広大な範囲にすぐさま強力な陣を構築することはできないのだ。


 つまり、マルテレス側としてはマシディリ達を今の陣から引きずり出せれば、攻撃がしやすくなる。マシディリとしては決着の時まで陣に籠っておきたい。しかし、陣に籠るのは相手に行動の主導権を渡すこと。


 此処の攻防が、次の戦いとなるだろう。


「ルカッチャーノ様がおらずとも、戦わなければマシディリ様がマルテレスと通じているなどと言うくだらない噂も流されそうですしね」


 ティツィアーノが詰まらなさそうに言い捨てる。

 事実、一勝一敗だ。しかも被害が大きいのはアレッシア人では無く他部族。言い換えれば捨てても良い人材が捨てられただけ。


「ええ。なので、今一度クルムクシュ救援の必要性を訴えようと思います」


 今は、完全に遮断してしまったが。

 未だに部隊が生きていることを伝えれば、マルテレスは目指さざるを得ないのだ。


「それから、ヴィルフェット。オルニー島にいるニベヌレスの部隊はすぐに動かせるかい?」

「え、あ、はい」


 弾かれたようにヴィルフェットが背筋を伸ばす。

 ですが、と少しだけ肩が下がった。


「海上封鎖のための兵ですので、いなくなるとオルニー島とカルド島による防衛線が弱くなってしまいます」

「大丈夫ですよ。グライオ様がいますから」


 即答。

 マシディリは、何も気にしていないと言う風に続ける。


「では、ニベヌレスの部隊をクルムクシュに差し向けてください。包囲軍の残党を一気に片付けてしまいましょう」


 ファリチェとティツィアーノの眉間に皺が寄る。

 ヴィルフェットも目を上にして、少々首をかしげるように動かしていた。


「決戦に使います」

「残党を、ですか?」

「はい。敗北した兵を、です」


 ただ、問題も多い。

 まずは日数。此処からの移動と兵力を集めることにも時間がかかり、攻略にもさほどかからないと計算しているが、どうなるかはやってみないと分からないのだ。


 故に、必要なのは今の手。

 次善の策を成功させるものとして動かないといけない。


「こちらとしては、三日間ぐらいは完全にマルテレス様を無視したいですね。その間も小競り合い程度は歓迎です。そして、もう一点。戦いの軸を用意します」


 言いながら、地図を引っ張り出す。

 平野の地図だ。大軍を擁しての出入り口は、主に四カ所。マシディリ達の陣取る場所の後方、クルムクシュ寄りに二カ所と、右手側、南に一カ所。そして、マルテレス側の背後にある一カ所だ。


 特に、マルテレスの背後にある場所は大きな集落が発展しており、交通の要としても力を付けた部族が居座っている。当然、マルテレス寄りの部族だ。ボンシキリ族の壊滅に従い、飛躍の好機が巡ってきたと息巻いているらしい。


「トリアンカリエリ。此処を戦火に巻き込みます」

「ケラサーノ以東に戦いの軸が移ってしまいますが」

「劫掠はしますが攻略はしません」

 ティツィアーノの言葉に、マシディリは簡単に返した。


「北方諸部族に檄文を飛ばします。『これは、ドルイドの存続をかけた戦争だ』と。返答は、半島での戦いに決着がついてからでも構いませんとは書いておきますが、ね」


 ドルイド信仰は北方諸部族に強く根付いていた信仰だ。ただし、ドルイドによる情報網の構築が脅威であるとして、エスヴァンネ・アスピデアウスの北方仕置きの際に信仰を禁じられたものでもある。


 これを、再び認めたのがエスピラ。

 そして、今回のマルテレスへの協力はエスピラからの信頼を裏切る行為。


「再びドルイド信仰が禁じられるのか、守るのか。それは君達の態度にかかっている、と。北方諸部族に北方諸部族を退治させるのです」


 そうなれば、裕福なトリアンカリエリは非常に魅力的な土地として映るだろう。

 無論、奪う側にとって、であるが。


「背を向ければ、攻撃を?」

「はい」

「本命は荷駄隊ですか?」

「見抜かれてしまいましたか」


 ティツィアーノ、アビィティロと続いた質問に答えながら、マシディリは小さく笑う。


「トリアンカリエリを不安定にすれば、敵の荷駄隊が使える道はほぼ一つ。此処の安全を確保するためにもマルテレス様は退けません。上手く行けば、こちらは荷駄隊の合流を防げるか、荷駄隊が合流しても兵数に大きな変動なく戦うことができます」


 前者は言うまでもない。

 後者は、トリアンカリエリの防御に人員を割かねばならなくなるからだ。


「山中を使っても、滞在を企図しなければ三日もあれば十分にトリアンカリエリに届きます」


「アピス隊とパライナ隊を使ってこれを突く、と」

「はい」


「防御が少し薄くなりますね」

「クルトーネにも防御陣地の作成を始めます。いざとなれば、撤退しましょう」


 クルトーネは平野の最西部。背後にクルムクシュへの最短距離となる街道を隠すことができるが、もう一本は守り切るのは難しくなる。南へ延びる一本は完全に放棄せざるを得ない場所だ。


 そして、此処を抜かれればクルムクシュはすぐそこ。

 マルテレス軍が半島から出ることも、再びクルムクシュを狙うことも、追加の兵と物資を得ることも容易になってしまう。


 実は、まだ三本とも睨める位置であり陣を張るのに適した場所も途中にあるのだが、如何せん此処とは六キロしか離れていない。臨時で逃げ込むのには良いが、攻め込まれた際に同時に落ちる可能性も高いのだ。


「陣攻めには多大な犠牲が出る。ならば、引きずり出したい」

 ティツィアーノが地図上、マルテレスの陣があるあたりを鞘で小突いた。


「退くか、南へ移動するか。あるいは、全軍で裏を突くか」


 ぐい、と。

 マシディリ達の六キロ後方へと剣が動いた。


 あまりにも補給軽視な動き。

 しかし、マルテレスなら取りかねない大胆な手とも思えてしまった。

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