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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十二章
1294/1590

サンリエリ陣地防衛戦 Ⅱ

 板が外れる。

 現れたのは、四角い堀の数々だ。前後左右が互い違いになっており、道は狭い。しかし、堀は深すぎる訳では無く、両手を通路に着けば登ることも可能だ。


 その狭くなった道を、残された味方が盾だけ持って逃げ出す。敵もどんどん仕寄ってきた。穴が登れる程度の深さしかないと気がつけば、穴に入ることもある。


 北方諸部族は、重装歩兵では無いのだ。


 もちろん、重装歩兵もいるが、半裸の者もいるのである。そう言った軽装の者が穴に入り、乗り越え、どんどんと迫ってきている。鎧に身を包んだものは一人で走るには十分な広さがある道を。そうして、半ばを超え、迫る。


 ただし、残していたアレッシア兵は道を覚えさせた快速自慢だ。


 そう簡単には捕まらない。


 幾ばくかの時を待てば、十分に敵を引き付けることに成功する。

 マシディリは、右手を顔の横に上げた。淡く閉じた指を、開く。


「放て」


 スコルピオの射出音が、一帯に響いた。


 対人兵器。貫通兵器。その貫通力は鎧を着こんだ者ですら二、三人は貫けるほどの高威力だ。鎧も来ていない者が防げるかと言えば、当然ながら不可能である。


 スコルピオの射出の隙間では、投石が行われた。

 少ないながらも手持ちの射出武器で矢を放つ者もいる。こちらも射撃間隔が長いため、主力にはなり得ない。


 それでも、十分だ。

 先頭だけなら、足を止めて対処も出来たかもしれない。しかし、後ろの兵は勢いのまま前に突っ込んでくるのだ。


 これが、全員に堀のことが共有されているのなら良い。

 しかし、まだ堀が見えない者もいる。その者達が掘りのふちに居る者を押し、逃げるべく前に出ようと道を押す者が現れ、後ろからの突き上げはどんどん敵前線へと伝播していく。

 前も前で攻撃を避けようと横に入り、堀から出ようとする者の手を踏みつけた。堀から出ようとする者も上に居る者をどかそうとしたり、盾にしようとしたりする。


 そこに放たれる貫通兵器。


「松明を」


 敵の勢いが止まれば、マシディリは火も穴に投げ込ませた。

 威力としてはほとんど無い。簡単に消える程度の火しか投げ込めていないのだ。


 だが、効果はてきめんである。

 火に慌てた兵が穴から出ようとして、あるいは穴に落ちようとして。どんどんもみくちゃになる。冷静になれば簡単に登れる堀でも、なかなか登れなくなるのだ。


「存分に手柄を立ててください」


 そうして、止まったところに板をかけ、直接攻撃。

 敵が勢いづけばまた引いて、板を外し、あるいは板に火をつけた。


 板にはあらかじめ油を垂らしているのである。完全に燃え上がるほどでは無いが、敵兵をたじろかせるには十分だ。


 そこに、スコルピオの一斉射。


 敵が再び退く。

 この頃には、後ろからの突き上げも止まり始めていた。


 だから、マシディリが前に出る。

 はっきりと大将首の存在を告げ、褒美をぶら下げた。


 アレッシア軍から、各部族の声で囃し立てる。褒美を告げる。腰抜けだと罵る。臆病者だと。敵の父祖も馬鹿にして。

 どうせ捨て石なのだと、嘲笑して。


「ぶっ殺す!」

 とでも言ったのだろうか。


 マシディリでも聞き取れないような声が聞こえ、敵の一部がまた前進を開始した。声が大きな者が吼え、敵軍に伝播していく。


 起こるのは当然、これまでの繰り返し。敵の足が止まるまでの間は、短くなる。


「ボンシキリ族の皆さんの出番ですね」


 マシディリは、盾も持たずに最前列に立った。

 鎧も脱ごうか、と動作で敵に伝える。敵がまた前のめりになった。


 そこへ、ボンシキリ族の首が降り注ぐ。

 投石機に乗せ、ぽんぽんと。アレッシアに敵対的な勢力であった部族の首が。


 無論、敵の中にその首が誰のモノかわかる者などほとんどいないだろう。それでもかまわない。元々が諸部族連合。味方の顔も分からず、降ってくるのだから味方だったのだと思うだけ。


 これが、最前線にいた者か前からあった者かの区別などつかない。つくはずも無い。


 巻き起こるのは恐怖と恐慌だ。すぐ消えるような火元でも、小さな煙でも、矢の無い射出音でも。面白いように敵が崩れていく。列など無い。同族であっても自分が助かろうとする状況で、元々が違う部族であればどう思うのか。


「殺し合え」


 ようやく、投石機に石を乗せて射出する。

 敵が大きく崩れた。穴を埋めかねない攻撃だが、背を向ける者を増やすには十分。


「アレッシア人は何で来なかったのでしょうね」

 マシディリは、良く通る声で煽った。


「分かっていたからではありませんか?」

 ヴィルフェットも言語を合わせて大声を発する。


「板をかけろ」

 今度は静かに。


 瞬く間に命令が完遂されれば、板の上をパライナ隊が一気に駆け抜ける。多少不安定な足元も、山道を得意とするパライナ隊であるなら他の隊よりも素早く動けるのだ。


 逃げる敵の背に、強大な一撃を。

 敵が陣を出る時には、他の隊も動かしてより強力な攻撃を。


 逃げる兵が秩序を乱せば、次の突撃部隊も思うように動けなくなるのだ。


 ただし、追撃はほどほどにして軍団を退かせる。

 敵の全力を警戒してのことだったが、追加の攻撃は無かった。敵右翼もインテケルンが上手くまとめ、綺麗に撤退していく。


 最大の激戦区は、味方右翼と敵左翼だ。

 スィーパスの下にフィラエ、アゲラーダ、オグルノと固まっていたらしい。


 ただし、こちらもアグニッシモ、ティツィアーノ、ヴィエレと優秀な武官が揃っている。ボダート、スキンティ、スペンレセ、ポタティエ、ユンバ、コパガ、ヒブリットと旧伝令部隊も多く配置しているのだ。


 鼻っ面をへし折るどころか、スィーパス隊の副官のような位置についていた二人を血祭りに上げることにも成功したとの報告が届く。


 と、言っても、マルテレスに勝機が完全に無かったわけでは無い。


 マシディリ達の陣は大分壊されたのだ。

 全軍で攻撃してこられれば、壊滅的な損害を出してしまっただろう。同数程度の被害を、マルテレス軍に強いて。


 マルテレスが攻撃してこなかった理由も、恐らくはこれ。


 対マールバラに於いては、兵力が減ってもサジェッツァが補充してくれていた。

 が、今回はその当てはない。大損害を出せば他部族からの支援も減りかねないのである。


 最大の課題は、マルテレスにはいつエスピラが到着するかが分からないこと。

 マシディリはあくまでも先遣隊。マシディリを超える兵力を有するエスピラが、必ずやってくるのだ。


 確かに戦術で言えばエスピラに対してもマルテレスが圧勝できるだろう。

 だが、一万対四万の状況でもマルテレスが簡単に勝てるほどエスピラも甘くはない。


「陣を直しましょうか」

 それから、とマシディリは捕虜を見る。


「アレッシア人は返してあげましょう。無論、マルテレス様に降伏勧告を行うために、ですがね。それから、盾を地面に叩きつけるように立て、槍も石突から地面に突き刺し、穂先を天に向けて仁王立ちになれば戦場でも投降を認めますよ、とも伝えましょうか」


 それは、エリポス人式の降参の姿勢。

 重装歩兵と言う資源を守るために出来た文化。

 そして、少々の嘲りと蜘蛛の糸。


「何時返しますか?」

 聞いてきたのはアスバク。


「今日にでも」

「今日! です、か」

「ええ。資源が勿体ないですし、敵の資源も減らしたいですからね」


 捕虜だって飯を食うのだ。

 排泄もするし、反抗する可能性もある。


「それから、他部族の者は撫で斬りにしましょう」


 差をつけるため。


 アレッシア人は助かり、他部族は助からない。


 これによって、少しぐらいはマルテレス軍にひびが入るだろうと期待しての暴虐である。

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