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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十二章
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ケラサーノの戦い Ⅳ

 敵も退き上手だ。流石は歴戦の将。


 インテケルン隊の横をも狙うようなマシディリの突撃は、しかし、攻撃に関してはさほどの威力を発揮することは無かった。しかもマシディリ隊の攻撃を受けないように移動しているにも関わらずウルティムス隊を押している。自隊を動かしつつ、ウルティムス隊に攻撃のための距離を作らせないようにぴったりとくっついて。


 だが、ウルティムス隊も被害は軽微のようだ。


 転がっている馬や人はほとんど見かけない。下馬している者もおり、鎧をはがされた馬もいるが、彼らは後方。あるいは歩兵に切り替えて連携するための者。


 そして、マシディリも助けには行けない。

 既に地面の揺れが近づいてきているのだ。血と汗と土の濃厚な匂いに混ざり、獣の匂いもどんどん濃くなる気がする。


「やはり」

 マシディリは、意図して自信に満ちた声を張る。


「最強の攻撃を受け止めるには、君達しかいませんね」

 傍にいた者達が口角を上げたのが見えた。


(此処を受け止め、中央の圧で以てこちらから完全に右翼を分断して)

 そこまでやれば、撤退に移れる。


 敵騎兵の戦闘が赤いオーラを槍に纏わせ、派手に動かした。


 マルテレスだ。相変わらず、先頭を走ってきている。総大将であるにも関わらず、変わらない。おかげで敵の士気も高いが。


(好機、ですね)


 討ち取る、絶好の機会だ。

 逃すわけにはいかない。好機は一瞬。すぐに過ぎ去るモノ。

 これを逃すのは、運命の女神の教えに反する。

 乾いた口で、唇を潤した。


「出ます」

 言って、マシディリは兵の間を駆け出す。


 全体を見れば乱戦にあっても、アレッシア兵の隊列は強固だ。まだ戦闘状態に無いのなら、列は整えられている。その中をマシディリは走った。


 剣を腰の鞘に仕舞い、槍は預ける。その状態で前、隊列の外へ。

 敵は変わらずマルテレスが先頭だ。


「手出しは無用です」


 一緒に走ってきていたアルビタに告げ、マシディリは盾の裏から槍の穂先プルムバータを抜いた。


 左手を前に。槍の穂先を持つ右手を後ろへ。人差し指と中指で挟み、肩甲骨を引き絞る。

 右足で二度跳びはね、重心の移動と共に槍の穂先を投げつけた。


 マルテレスの速度は落ちない。赤い光を纏った槍で弾き、壊してきた。


 マシディリに気落ちも何も無い。


 あくまでも誘いだ。

 そして、マルテレスがそれに乗ったのが視線で分かる。あるいは、必要ないと言う意思か。


 いずれにせよ、もう言葉は要らない。


 急速に近づく中、敵も味方も誰も駆け寄る気配も無かった。風が弱く吹き、音が遠のく。聞こえるのはマルテレスの駆る馬の蹄だけ。


 ぐい、とマルテレスの持つ槍が引かれた。

 マシディリも腰を落とし、盾に赤い光を纏わせる。マルテレスの槍もより一層赤を濃くした。

 オーラ同士がぶつかる時は、黒のオーラでない限り多くの量を誇る方が勝つ。


「ぅおらっ!」

「っ」


 マルテレスの気合の入った声に、マシディリも重心を落として答えた。

 激突。マシディリの腕に痛みが走り、全身が押し込まれた。ただし、盾は無事。マルテレスの槍が一方的に砕ける。


「くっ」

 声が漏れ、背中が硬い物に当たる。叩きつけられたはずなのに、思ったより痛みとして返ってこない。


 味方の盾だ。

 ある程度受け止めるように動かしてくれていたらしい。


 対してマルテレスは槍を放した後に馬を返し、距離を取りながら武器を持ち変えている。


「何度でも」

 一つを残し、全ての武器を壊す。

 最後の一つの時は、そのままマルテレスを殺す時だ。


 マシディリは、盾の裏からもう一つ槍の穂先を抜いた。マルテレスの振りむき間際に一つ投げ込む。今度は弾くと言うよりも剣による防御に徹したようだ。味方との距離の問題だろうか。


「首輪をつけてでも連れ戻せ!」


 そんな怒声は、後ろから。

 アビィティロの声だ。


 失礼します、と口々に言った兵が、マシディリを掴み引き戻そうとする。

「放せ!」

「わらえない、冗談」

 マシディリの怒声は、アルビタによって消される。

 全ての責は私が取る! とのアビィティロの叫び声が近づいてきた。


「アビィティロ」

「総大将がその場の流れで一騎討ちをするモノではありません」

「しかし!」


 ぐい、と鎧の首元を掴まれ、強引に内側へと引っ張られる。敵騎兵の影が大きくなった。重装歩兵と騎兵が激突する。


「マルテレス様が死ねば、敵はどうなりますか?」

 アビィティロの唾がかかった。

 それほどまでの至近距離だ。


「こちらも同じこと。マシディリ様にもしもがあれば、持ちこたえることは出来ません。エスピラ様の嘆きも想像以上でしょう。その状態で、マルテレス様と戦えと?」


「アビィティロ! 今は、好機だ。此処で全てを終わらせられる好機なのです!」

「ええ。そうでしょう。同時にこちらが終わる可能性が高いかとも思います」

「アビィティロ」


「マシディリ様は、先ほどまでどのように考えておられましたか? 私には、今回の戦いは敗戦であると受け止め、より多くの情報を得てから撤退しようと考えているのだと映りましたが、違いますか?


 撤退はそうでしょう。


 その時に総大将である貴方が怪我でもしていたらどうなります? それが大怪我であったのなら?


 その場合は計画的な撤退でも無く、ただの敗戦です。そもそも全軍の作戦を乱すような真似を総大将がするなど言語道断。好機も何もありません。少なくとも、アレッシアの神が見出した好機などでは断じてありません。


 より勝ちの確率を高くするには、マシディリ様が不用意に前に出てはならないはずです。マシディリ様の盾がマルテレス様の槍を破壊した。それだけで十分。


 違いますか?」



 マシディリは、下唇を噛みしめた。


 言う通りだ。知っている。だからこそ拳も硬くなる。盾を握る手が、持ち手を破壊してしまわんばかりに力が籠ってしまうのも、仕方が無い。


「言う、通りです」

「では、作戦の指揮を」


 乱雑に手を放され、後ろに押し返された。

 アビィティロは前を向いたまま。自身の盾を手に、身なりを少しだけ整えている。


「アビィティロ」

「第三軍団は貴方の指示を待っています」

 アビィティロは振り返らない。


「貴方の傍に立つと決めた時点で嫌われる覚悟はできています。いえ。覚悟無くして、貴方の傍に立つことなどできませんよ」


 最も、勘違いしている者もいるようですが、とアビィティロが声を落とした。顔も僅かに動く。

 見ているのは、味方右翼だろうか。ならば想像しているのはボダートとスキエンティだろう。


「前列は、味方を守る盾を」

 顔を戻しながら、声も戻す。


「後列は槍の穂先や投石にて援護を」

 雄々しい声が周囲から発せられる。


「右足を前に出せ!」

 アビィティロが叫んだ。全軍が一糸乱れぬ動きで右足を前に出す。


「それでは守りにくいだろう。左足も出せ」

 そして、左足も前へ。

 騎兵を前に、重装歩兵の戦列が前進した。


「一歩ずつ、敵を押し返す!」


「攻撃に転じる必要はありません。声で威圧し、敵の武器の破壊を。人では無く馬にも恐怖を。盾が壊れた者はすぐさま交代してください!」


 マシディリも吼えた。

 中央での喊声も大きくなる。

 突出している左翼とほぼ並ぶような形だ。左翼が押し返され始めているのもあるが、中央が押し始めたのもあるだろう。


 膠着すれば、騎兵では無く重装歩兵を使いたいモノ。しかし、インテケルン隊はほとんどやってこない。ウルティムスだ。今度はウルティムスの重装騎兵がインテケルン隊を拘束している。


(戦局は、互角)

 敵の士気は予想以上。

 ならば、時間と共に数で押し負ける。


「ルカンダニエとクーシフォス様に撤退命令を」


 本格的な撤退指示を打ち上げた。


 ルカンダニエとクーシフォスの返事の光と共に、中央から赤い光が左翼側へと差してくる。

 アグニッシモの援助だ。アグニッシモ隊が攻撃方向を変え、二人の撤退援助へと移っている。


 今は、ルカンダニエとクーシフォスが敵に囲まれつつある状態だ。しかし、撤退が進めばマルテレスが敵に囲まれる形となる。


(此処が、戦機)


「網を持て!」

 マシディリの指示に、後方から網が送られてきた。ウルティムス隊からは弓騎兵が現れる。


 同時に、右手側、アビィティロ隊へと敵の新手が詰めかけて来た。

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