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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十二章
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ケラサーノの戦い Ⅲ

「大将、じゃなくて、アグニッシモ様からの伝令があったんですけど」


 見慣れた男、アグニッシモの悪友が乗った馬がゆるゆると止まっていく。口調はあまり改まっていないが、きちんと下馬し、兜を脱いで膝を着いた。


「イエネーオスの部隊に突撃させてくれ、との話でしたが、既に指示が出ておりましたね。ってことで、一応伝えたので俺も戦列に戻ろうと思います」


「連絡ありがとうございます。前線に戻るチャーリスに、豊穣の神の加護のあらんことを」


「ありがとうございやす!」

 叫び、馬に飛び乗って男、チャーリスが戻っていった。


 ただし、アグニッシモは伝令を待たない。アスフォス討伐戦以来の紅を基調とした派手な装いが、戦場の中央に飛び出した。


 マルテレス側の人間からすれば、怨敵だろう。

 マルテレスの子供達を最も討ち取り、愛人たちも殺し、幼子も手にかけた悪鬼に思われているかも知れない。


 でも、マシディリはきちんと分かっている。悪行に数えられる行いも、アグニッシモのやさしさ故にであると。凌辱される前に終わらせたのだと。本人の意図とは別に、政治的にも非常に優秀な行いであった。

 アグニッシモのことを悪く言う者は、何も知らないのだと。


 アグニッシモが、全軍の注目を集めながらも馬上で両手を横に広げた。


 いつもの神への祈りだろう。

 それを待つわけも無く敵が近づいてくるが、如何せん距離がある。適当に投げた攻撃は当たる訳が無い。届きもしない。


 そして、アグニッシモが大剣を握りしめた。マシディリが買った剣だ。ぐるん、と不安定な馬上で剣が回り、アグニッシモが駆けだす。


 何度も何度もマシディリの作戦の根幹を支え、戦局を大きく変えて来た攻撃だ。頼もしい弟である。


 その弟が敵の先兵を歯牙にもかけず屠ったのを見て、一つ、マシディリは安堵の息を吐いた。同時に、奥、敵左翼が先ほどよりも前進してきているのも何となく見えてくる。土埃の量と位置で、感覚的に理解したのだ。


「ヴィエレ隊はアグニッシモの援護を。それから、第三軍団よりマンティンディを中央に回します。マンティンディはそこで中央の支えを」


 戦闘中の大規模配置転換。

 この難行を簡単に決断できてしまうのも、この軍団の強みだ。


 マシディリは、唇を舐めた。

「誘いには乗りますが、思い通りにはさせませんよ」


 上がる口角を抑えずに、再び大きく口を開く。


「パライナに下山指示。真正面しか見据えられないスィーパスを脅かすように。それから、ティツィアーノ様の指示の下、ボダートとスキエンティは後退を。全軍としての幅は短く、されど戦闘正面は長いままを維持するように交代しながら斜めに戦列を引いてください。


 無茶は承知です。

 ですが、無理だとは言わせません。


 獅子が狐に負けるなど、何回戦えば起こり得るのでしょうか?」



 オーラによる即座の指示と共に伝令も馬に乗って走り出す。

 その様子を確認しながら、マシディリは第三軍団の方へ向き、先よりも胸を膨らませた。


「ライオ!」


 それは、ディファ・マルティーマを守っていた防御陣地群。その最後の砦集団の要の陣地の名。


 決して攻めている時に使う作戦では無く、むしろ撤退よりの作戦名。防御重視。何より、敢えて今、防御陣地群の名を出したことに第三軍団は思うことがあるはずだ。


 全軍が、あわただしく動き始める。

 マシディリのいる側面を狙おうとしていた敵部隊にも乱れが起きた。攻撃の予定だったのか。何があったのかは分からないが、足は一瞬だけ止まっている。


「ユンバ!」


 マシディリの声に従い、青のオーラ使いが規定回数光を打ち上げた。かく乱後は退いていた軽装騎兵がすぐに出てくる。突撃は、しかし敵の突撃にもよって大きな効果を発揮することはなかった。それでも、敵の列はもう崩れている。集団として残存しているが、集団戦闘としてはアレッシアが有利になるだろう。


 だが、数がそのまま生きている。

 崩れても、逃走兵が出る様子は無かった。


(結局は小手先)


 中央ではアグニッシモが暴れているが、零れ落ちた兵が味方重装歩兵に到達している。マンティンディは、まだ後ろに到着できていない。多分保つが、綱渡りでもある。


「かく乱軽装騎兵は撤退を」

 それによって現れる少しの隙は、誘い水。


「アスバク」

 敵に動きが出る前に、マシディリは護民官出身のアスバク・トントを呼び寄せた。


「先に撤退し、陣に穴を作ってください。形は四角で、前後左右で互い違いになるように彫って置くように。穴の横には通路を。幅は一人では余裕ですが二人は通れないほどで願います。ある程度掘ることができたら、木の板で今は覆っておいてください」


 地面に簡易的に想像図を描きながら伝える。


「かしこまりました」

 と、アスバクが頭を下げた。やや苦戦しながらも馬の頭を下げさせ、奴隷の手を借りて乗り、走り去っていく。


 これだけ広い平野だ。当然、誰も住んでいないなんてことは無い。マシディリにとっては敵対する者が多いのも事実。

 故に、既にある程度形作られた木の板や布が多く集まっているのだ。


「右翼をこじ開けて、ですか」


 戦場に視線を戻せば、敵右翼騎兵が思いっきり斜行し、ルカンダニエの作る戦列の左端を突破していた。しかし、その先にいるのはウルティムスの重装騎兵。


 軽装騎兵に比べて機動力に劣り、重装歩兵に比べて防御力に劣る。だが、今は軽装騎兵側が突撃してきており、投げ槍の無い軽装騎兵に対しては十分な防御力がある兵種だ。


 何より、突撃による破壊力はアレッシアが運用したことがある全兵種の中でも最高級。上手く使えなかった戦象の評価をどこに置くかによっても違ってくるが、ウェラテヌスからの信頼は最上位だ。状況としても向かってくる敵に対して突撃距離は短くて済む。しかも、速度を出すには十分な距離だ。


 一時的な優勢。

 それは、ウルティムスの重装騎兵がより前に出ると言う意味。その分敵に近づいた側面に、新たな軽装騎兵が突撃してきた。


 マシディリの位置からでは数は良く分からない。多分、少数。本当の狙いは、重装歩兵による圧か。


「インテケルン隊です」

 前線からやってきた兵が叫ぶ。

「アレッシア人だけで構成されていると思われます! 見慣れた顔が多いと言っておりました!」


(なるほど)

 アレッシア人騎兵の最精鋭はマルテレスが。

 アレッシア人重装歩兵の最精鋭部隊をインテケルンが。

 数は戦場に広げるが、やはり、右翼に質を揃えて来ていた。


「私も前進し、アビィティロと共に第二列を形成します。グロブスは撤退支援準備を。ユンバは中央へ。それから、第七軍団を率いるファリチェ様に中央の圧を強めるように伝えてください」


 言いつつも、放つオーラは撤退準備の指示。

 同時に、第三列のマシディリが監督する部隊が石突を地面から抜き、走る準備を整えた。


 クーシフォス隊とルカンダニエ隊は敵を正面にして固定された状態。左翼から狙っていったウルティムスはインテケルンによって押し返された。


 此処に、間隙が生じる。


 ウルティムス隊の目の前を通過し、アビィティロ隊の側面を脅かすこともでき、マシディリのいる部隊まで到達することだってできる。そうせずとも、横からアレッシア軍を破壊していく片翼包囲の形にすることだって。


 敵からの赤色のオーラが打ち上がった。

 此処だけは変えていない。味方の士気を上げるために。あるいは、今回は敵も知っているからこそ戦意をくじくためか。


 マルテレス率いる最精鋭騎兵部隊の突撃合図だ。


(どちらかと言えば)

 マシディリはもう様子を確認することもできない味方右翼に目をやる。


 このオーラによって、こちらの敗色を左翼よりも濃厚にかぎ取ってやいないか、と。その不安をティツィアーノへの信頼によって押し殺して。


「重装歩兵の鉄壁の前に、騎兵は有効な破壊手段を持ちません! 騎兵が歩兵を破壊できるのは、偏に恐怖によって隊列が乱れ、隙が生じるから。


 我らに恐怖は無い!

 君達が私を信じ、私に命を捧げ、アレッシアのための英霊とならんことを!」


 騒がしい戦場にも響くように、朗々とした声を。


「突撃!」

 それから、特大の赤の光をマシディリ自ら打ち上げた。

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