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ウェラテヌス隆盛記  作者: 浅羽 信幸
第三十二章
1288/1590

ケラサーノの戦い Ⅰ

「アピス様から報告です」


 早朝。サンヌスの者がマシディリに駆け寄ってきた。

 アピスが事前に集めた兵の一人である。ほとんどをパライナの部隊に振り分けたが、一部はアピスが伝令かつ自身の親衛隊的な立ち位置で軍団に組み込んだのだ。


 もちろん、その分訓練は徹底的に行い、第三軍団内部における法も他の者より厳しく制定されている。


「未だ、山中に敵影見えず。痕跡も無く、山を越えた迂回を始めた様子はありません」


「報告、ご苦労さまです」

 労いの言葉をかけ、マシディリは手ずから水を与えた。


(さて)

 右翼の山に配置したパライナからも同様の報告が上がっている。


 北方諸部族の中には山中に精通し、こちらよりも地の利がある敵がいる可能性は高い。だが、サンヌスも山の民。そうそう簡単に山中の迂回を見逃すことは無いはずだ。


 流石に、山を迂回するのには時間がかかる。今動いていないのなら、少なくとも午前中には間に合わないだろう。


 マシディリは、平野の中で最も狭い場所に布陣しているのだ。こちらに露見しないように背後を取るのなら、山道を行く必要がある。騎兵が主軸でもあるマルテレスが採るとは考えにくいが、まったく考慮しないとも思えないのだ。


 ただし、狭い、と言っても二十キロ以上はある。

 山を通らずとも横を通過して側背を脅かせるとは考えていてもおかしな話では無い。


 何せ、マシディリ達も全てを塞ぐことは出来ず、堀を張り巡らし、乱杭を適度に配置し、逆茂木を並べただけの時間稼ぎの防御しか無い場所もあるのだ。時間稼ぎにはなるが対応はされるだろう。マルテレス側としては数的優位を活かし、犠牲を覚悟で詰めることもできるはずだ。


 マルテレスの性格上、犠牲の少ない作戦を選ぶと思ってしまう者もいるだろう。


 しかし、違うのだ。


 マールバラと言う化け物が相手だったとはいえ、マルテレスは何度も軍団兵を補充するほどに敵味方ともに損害の大きな戦いを繰り返している。


 本人の素の性格とは別に、戦場では犠牲の大きな決断も下せてしまう人間だ。


(惜しいですね)

 それでも、父の命とは天秤にかけるまでも無い。


「聖なる鶏を」


 朝食には蜂蜜を付け、いつもより多めに振舞った。

 硬いパンも二枚支給している。神官には早くからどのような吉兆が出たかを話して回らせた。


 マシディリは、随分とよれた一通の手紙を手に取る。


 今朝、まだ陽も暗い内に届いた物だ。差出人はサジリッオ。内容はプラントゥムについて。

 曰く、オピーマとの庇護者被庇護者関係にウェラテヌスが強引に口を出してきた、と言う風に捉えている現地部族もいるとのこと。

 だから、思ったよりもアレッシア的な軍団である可能性もある、と注意を促してきている。


 ただ、これは精神性の話。

 北方諸部族などを加えたばかりなのに全軍に混ぜ込めば、行軍や隊形に影響をもたらすのは避けられない。打ち崩した際に、敵が離散しにくくなっただけのことだ。


 そして、マルテレスを失っても集団が存続する可能性が高くなったことでもある。

 が、頭が変わるのなら問題は無い。父を下げる方策ももっともっと増えてくる。



「ついにこの日が来ました」


 故に、マシディリは予定通りに演説を開始する。



「相手は英雄マルテレス・オピーマ。多くの方が一度は憧れた存在でしょう。いえ。今も憧れは変わらず、尊敬している方も少なからずいると思います。


 だからこそ、まさに今が好機なのです!

 今がまさに英雄を超える時。直接対決で上回れば、何よりの証拠となります。


 敵の方が数が多い。それが、どうかしましたか?

 全体の質で言えば、こちらが圧倒的に上。この兵力差でやっと互角。


 面白いではありませんか。

 誰にも文句を言わせず、雌雄を決せられる。どちらが有利で、どちらが不利と言う訳でも無い。


 今こそ、我らがマルテレス・オピーマを超え、アレッシア最強の勇者となるのです!


 さあ、笑え!


 この瞬間を楽しもうではありませんか。英雄を超える時に、笑顔でいようではありませんか。祝福を下さった神々と加護を下さった父祖と共に、笑い合おうではありませんか。


 敵は英雄マルテレス・オピーマ。

 相手にとって不足なし。


 英雄を超えるのは今。

 我らこそが新しい英雄となる。


 私と、君達で!」



 人差し指を伸ばした右手を前に出し、自信を漲らせて上に持っていく。



「アレッシアに、栄光を!」

「祖国に、永遠の繁栄を!」



 臓腑を揺らし、足元を崩さんばかりの地鳴りが返ってきた。

 喊声は響き渡り、六キロほど先のマルテレスの陣にも届いただろう。澄み渡った空も、声によって雲がどかされたようにも思えてしまう。


 神々すら祝福している快晴。会戦日和。まさに今日戦えと言っているような天候だ。気温も朝であるからこそ肌寒さも感じるが、戦い始めれば問題ない。昼にはむしろ暑くなってしまうだろうか。


 どこまでも。どこまでも。どこまでも見渡すことができて、この広い平野全て見えそうなほど。


(好条件は、どちらの味方でしょうか)


 マルテレスのことは良く知っている。

 父とは違い、細かい作戦は立てない人だ。ただし、父とは違い戦場の細かな戦機を見出し、取りに行く人物でもある。


 元々、戦場とは半分も想定通りに行けば天才と言えるようなモノ。ならば、マルテレスの考え方の方が相応しいとも言える。


 それでも。


「敵軍が陣を出始めました」


 伝令が鋭い声を出した。

 マシディリは閉じていた目を開け、立ち上がる。


「全軍、戦闘準備」


 静かな声はアルビタによるオーラへと変換されて全軍に伝わる。


 当然、野戦だ。

 マシディリの軍も陣から出て、整列を始める。

 が、その前に、軽装騎兵が飛び出した。

 馬の後ろには木の束を付け、走り回ることで砂ぼこりが常よりもたつようにしてある。


 かく乱だ。

 軽装歩兵が担うことが多く、投槍がアレッシアの主流であるが、今回は騎兵による目くらまし。後から出た軽装騎兵は一人が火元を持ち、三人が代わる代わる火をもらい、玉につけ、そこかしこに投げ込んだ。葦の玉では無い。ただ煙が出やすい調合を施しただけの玉だ。


 それでも、マルテレスとインテケルン、イエネーオスまでは確実に知っている。葦の毒玉をマシディリが使うことを知っている。だからこそ、躊躇うのだ。


 そして、戦場に立ち込める煙を隠れ蓑にポタティエの率いる歩兵が投石具を持って突入していく。

 遠距離攻撃だ。整列をしようとする敵に対し、攻撃を加え、隊列を乱そうと言うありきたりな攻撃である。


 同時に、これこそがアレッシアの強み。

 ポタティエも、軽装騎兵を率いて飛び出したユンバも、フィラエやアゲラーダ、オグルノ、ヒュントと言ったマルテレス軍の高官と同格以上の能力を有している。少なくとも、マシディリとエスピラはそう評しているのだ。


 マルテレス軍の方が第一次および第二次フラシ遠征で高官の経験を積んでいるが、戦場の経験自体はこちらも豊富。生存率の高さからくる連携はこちらが上。


 大事な利点は、もう一点。

 隊列形成の速さだ。


 妨害など無くとも、混ざりっけ無しのマシディリ軍の方が速い。また、人数の少ない方が速いのも忘れてはならない事実。


 故に、マルテレスは先に布陣を開始せざるを得なかったのだ。

 それでも、先に布陣が終わるのはマシディリ達。


「さて」


 けぶる戦場でも、先兵の行動でまだ敵隊列が揃っていないのがマシディリにも伝わってきた。


「攻撃を、始めましょうか」


 わざわざ敵の整列が終わるのを待つ必要は無い。

 マシディリの鉄の意思が、マシディリの放つ赤のオーラとしてクーシフォスとルカンダニエに届けられた。

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